クラッシュカレーの旅

第9回 なぜ、なぜ、 と考える前に叩け!/千葉・四街道・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / May 21, 2025

つい先日、オーケストラのコンサートを鑑賞するためにサントリーホールへ行った。演奏を始める前、勢ぞろいした演奏家たちが音合わせを始める。まずコンサートマスターのバイオリニストがピアノで「ラ」の鍵盤をたたいた。すると、オーボエが「ラ」の音を出す。そこから弦楽器をはじめ、すべての演奏家が各楽器を鳴らし始めた。

指揮者の解説によると、演奏前のチューニングは「ラ」の音でやる、というのが相場のようだ。

なぜ、「ラ」なんだろう? 「ド」や「ミ」や「ソ」じゃダメなの?

悪い癖で、僕は些細なことでもすぐに疑問を持ち、理由を知りたくなってしまう。

そういえば、あるときから、自分の作るカレーが結果論的であることに嫌気がさし始めた。この材料を使った結果、こうなった。あの作り方をした結果、ああなった。そこに意思が希薄に感じられたからだ。なぜ、その材料を選ぶのか、なぜその作り方をするのか。大事なのはそっちの方じゃないのか、と。

だいたいこういうことをウジウジ考えること自体、面倒臭い行為なのであって、こういう人間は煙たがられるのがオチなのだが、我慢できないのだから仕方ない。あの辺りから結果論的カレーではなく、動機論的カレーを意識して作るようになった。得意の「なぜ?」、「なんのために?」というやつである。

白いカレーを作りたい。

千葉・四街道に向かう車を運転しながら、僕はそう考えた。「ザ・ハーブズメン」というハーブ料理を作るシェフ集団の会合で、クラッシュカレーを作りにいったときのことだ。会合と言っても四街道の畑にメンバーが集まり、ハーブや野菜を収穫して料理し、雑談をしながら食べ、帰るだけの集まりである。いい機会なので、僕は試作の場にさせてもらっている。

現在制作中のクラッシュカレー本では、風味ごとに仕上がりの色を分けて提案するスタイルを取っている。メインはレッドチリをベースにした赤いクラッシュカレーとハーブをベースにした緑色のクラッシュカレー。そのほかにターメリックをベースにした黄色いクラッシュカレーとカレー粉をベースにした茶色いクラッシュカレーを準備している。そこに白いクラッシュカレーを仲間入りさせようと思っていたのだ。

冬だったこともあって、白っぽい野菜の印象が強く、この試作はうまくいきそうな気がしていた。

おいしそうなリーキ(西洋ネギ)とカリフラワーを収穫する。香り玉(ペースト)に色のつくものは使えない。いつものにんにくとしょうが、レモングラスは白いからもってこい。そこにパクチーの根っことリーキの根っこを加えることにした。どちらも真っ白である。

持参した自慢の石臼はタイのアンシラー産で、石が白いのが特徴だからうってつけである。テンションが上がり、いつもより叩く手が強まったせいか、調子よく素材は潰れていく。フレッシュな香りが立ち上った。できあがった香り玉は、見事に石臼と同じ色をしている。

豚肉とリーキのホワイトクラッシュカレー

【材料】
・塩漬け豚ばら肉
・香り玉(レモングラス、にんにく、しょうが、パクチーの根、リーキの根、コリアンダーシード、クミンシード、ホワイトペッパーホール、塩)
・塩辛
・リーキ
・カリフラワー
・ココナッツミルク
・生のフェンネルシード

【作り方】
1. 鍋に豚肉を皮面から入れて焼き、しっかり脂分を出して表面全体に焼き色をつける。

2. 香り玉を加えて炒める。

3. 塩辛を加えて炒める。

4. 適量の水を加えて煮立て、リーキとカリフラワーを加えてふたをして煮込む。

5. ふたを開けてココナッツミルクとフェンネルシードを加えてさっと煮る。

結果、ホワイトクラッシュカレーは穏やかでおいしい味わいに仕上がった。

動機論的カレーに導かれた結果、必然的に過程論的カレーが重要となってくる。過程論。そんな言葉はおそらく存在しないのだけれど、「なぜ?」、「なんのために?」に連なって「どうやって?」を考えながら作ることである。結果は最後についてくる。

どうしてもカレーとそういう向き合い方になってしまう。

ちなみにチューニングに使う「ラ」の音について調べてみた。古代ギリシャの弦楽器で出せる一番低い音に「A」とつけた。それが今の「ラ」音だったことから、この音を基準とするようになったそうだ。なるほど。なるほど、だけど、だからなんなんだ?

「ねえ、この話、まだ続くの? 長い?」

そんな声が聞こえてきそうだから、結論を。白いクラッシュカレーを作りたい。それなら白い素材を叩け! なぜ、なぜ、言ってないで叩け! 考える前に叩け! おいしくできるから。考えを巡らせることよりも大事なことはある、と学んだ四街道・石臼叩き旅であった。

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