クラッシュカレーの旅 第11回

可愛い石臼には一人旅をさせよ/福島・いわき・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Jul 16, 2025

車のトランクに石臼を乗せたのは、意外にも初めてのことだった。

福島県いわき市へ高速道路を走らせる。東京を離れた場所でクラッシュカレーを作る機会は本当に増えた。増えたというよりも増やしているということなのかもしれない。

どこかへ行くことが決まると、現地の人に「石臼はありますか?」と尋ねる。「持っています」とか「準備しておきます」などと調子よくいくときばかりではない。「探したんですが、見つかりません」というときはこちらで手配することになる。

たいていはプチプチシートでグルグル巻きにし、段ボール箱に入れて発送するのだが、稀に持参することがある。これまで電車に乗ったり新幹線に乗ったりしてきた石臼が、今回は車に乗っている。送るよりも携えていく方が、なんだか一緒に旅をしているようで喜ばしい。

いわきで開催する「カレーの学校」のひとコマでクッキングデモンストレーションをした。鶏肉を使って基本的なクラッシュカレーを作る。いつものように焼酎に漬け込んで辛味を抜いた唐辛子を石臼で叩き、その後、次々と新しいアイテムを加えては叩く。

途中、僕が石臼の前から離れる。見ている人が交互に石臼の前に立ち、思い思いに叩いた。テーブルの周りをぐるりと囲んだ20名以上が叩いては右にズレ、また叩いては右にズレる。まもなく輪は一周し、僕が石臼の前に戻ったときには赤い香り玉ができあがっていた。

石臼を叩くときに下に敷いている丸形のマットは、タイのチェンマイで作られているものだ。僕が「石臼、石臼」と騒いでいるのを聞いた友人が入手し、プレゼントしてくれた。僕の可愛い石臼にざぶとんができたから、石臼と共に旅をさせている。

鍋にココナッツミルクを熱して油分を分離させ、香り玉を加えて炒めていく。のだが、今回は、ココナッツ油が分離しやすいココナッツミルクではなかったため、ミルクが白い状態から赤の香り玉を入れて溶かし混ぜ、一緒に加熱する方法を取った。

鶏肉を加えて煮込むとココナッツミルクの油分、鶏肉の脂分に香り玉の香りと色が抽出され、うっすらと浮かび上がってくる。これが石臼を叩いた効果のひとつだ。きれいなオレンジ色の油がいい香りを伴って鍋中に現れると、「おつかれさま」と石臼を労いたい気持ちになる。

会場にいるみんながクラッシュカレーを食べ始めると、僕は石臼を洗う。布巾でふかなくても水気を切ってしばらく置いておけば乾いていく。ポツンとテーブルに取り残された石臼を見てまた愛着が湧くのだ。

最近、また別の友人が石臼専用の袋を作ってプレゼントしてくれた。入れてみるとピッタリサイズ。これで今まで以上に持ち歩く機会は増えるだろう。袋を閉じてしまえば、まさか中に重たい石臼が入っているとは誰も思うまい。

自分は石臼に対して「ちょっと過保護かもしれないな」と思うこともある。特に自前の石臼はタイのアンシラーという町で購入したもので、海底に眠る岩が原料となっている。タイ最高級と呼ばれる石臼で、希少価値も高く、かなり高価なものだ。

いつかアンシラーの石臼が欲しい、とか、一度使ってみたい、という人が周りに増えているのも無理はない。自慢じゃないけれど、知る人ぞ知る、みんなが恋焦がれるアンシラーの石臼を僕は持っている。だったら、後生大事に抱え込むだけでなく、興味のある人に使ってもらえばいいんじゃないだろうか。

そんなことを考え始めたら、かの有名なことわざが頭に浮かんだ。

かわいい子には旅をさせよ。

そして、いいアイデアを閃いたのだ。そうだ、石臼に一人旅をさせよう。いままでずっと傍に置いていた石臼を使いたい人の元へ送る。使った人はまた次の人へと送る。僕は動かず、石臼が動く。全国各地へ。名付けて「クラッシュカレー 石臼の旅」である。

希望に胸を躍らせて石臼を車のトランクに入れ、僕はいわきを出た。高速道路を走らせながら、石臼の旅に思いを馳せる。早いうちに企画を整理し、発表したい。予期せぬ気づきをいただけた福島・いわき・石臼叩き旅であった。

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