
クラッシュカレーの旅
第9回 なぜ、なぜ、 と考える前に叩け!/千葉・四街道・石臼・叩き旅
つい先日、オーケストラのコンサートを鑑賞するためにサントリーホールへ行った。演奏を始める前、勢ぞろいした演奏家たちが音合わせを始める。まずコンサートマスターのバイオリニストがピアノで「ラ」の鍵盤をたたいた。すると、オーボエが「ラ」の音を出す。そこから弦楽器をはじめ、すべての演奏家が各楽器を鳴らし始めた。
指揮者の解説によると、演奏前のチューニングは「ラ」の音でやる、というのが相場のようだ。
なぜ、「ラ」なんだろう? 「ド」や「ミ」や「ソ」じゃダメなの?
悪い癖で、僕は些細なことでもすぐに疑問を持ち、理由を知りたくなってしまう。
そういえば、あるときから、自分の作るカレーが結果論的であることに嫌気がさし始めた。この材料を使った結果、こうなった。あの作り方をした結果、ああなった。そこに意思が希薄に感じられたからだ。なぜ、その材料を選ぶのか、なぜその作り方をするのか。大事なのはそっちの方じゃないのか、と。
だいたいこういうことをウジウジ考えること自体、面倒臭い行為なのであって、こういう人間は煙たがられるのがオチなのだが、我慢できないのだから仕方ない。あの辺りから結果論的カレーではなく、動機論的カレーを意識して作るようになった。得意の「なぜ?」、「なんのために?」というやつである。
白いカレーを作りたい。
千葉・四街道に向かう車を運転しながら、僕はそう考えた。「ザ・ハーブズメン」というハーブ料理を作るシェフ集団の会合で、クラッシュカレーを作りにいったときのことだ。会合と言っても四街道の畑にメンバーが集まり、ハーブや野菜を収穫して料理し、雑談をしながら食べ、帰るだけの集まりである。いい機会なので、僕は試作の場にさせてもらっている。
現在制作中のクラッシュカレー本では、風味ごとに仕上がりの色を分けて提案するスタイルを取っている。メインはレッドチリをベースにした赤いクラッシュカレーとハーブをベースにした緑色のクラッシュカレー。そのほかにターメリックをベースにした黄色いクラッシュカレーとカレー粉をベースにした茶色いクラッシュカレーを準備している。そこに白いクラッシュカレーを仲間入りさせようと思っていたのだ。
冬だったこともあって、白っぽい野菜の印象が強く、この試作はうまくいきそうな気がしていた。
おいしそうなリーキ(西洋ネギ)とカリフラワーを収穫する。香り玉(ペースト)に色のつくものは使えない。いつものにんにくとしょうが、レモングラスは白いからもってこい。そこにパクチーの根っことリーキの根っこを加えることにした。どちらも真っ白である。
持参した自慢の石臼はタイのアンシラー産で、石が白いのが特徴だからうってつけである。テンションが上がり、いつもより叩く手が強まったせいか、調子よく素材は潰れていく。フレッシュな香りが立ち上った。できあがった香り玉は、見事に石臼と同じ色をしている。
豚肉とリーキのホワイトクラッシュカレー
【材料】
・塩漬け豚ばら肉
・香り玉(レモングラス、にんにく、しょうが、パクチーの根、リーキの根、コリアンダーシード、クミンシード、ホワイトペッパーホール、塩)
・塩辛
・リーキ
・カリフラワー
・ココナッツミルク
・生のフェンネルシード
【作り方】
1. 鍋に豚肉を皮面から入れて焼き、しっかり脂分を出して表面全体に焼き色をつける。
2. 香り玉を加えて炒める。
3. 塩辛を加えて炒める。
4. 適量の水を加えて煮立て、リーキとカリフラワーを加えてふたをして煮込む。
5. ふたを開けてココナッツミルクとフェンネルシードを加えてさっと煮る。
結果、ホワイトクラッシュカレーは穏やかでおいしい味わいに仕上がった。
動機論的カレーに導かれた結果、必然的に過程論的カレーが重要となってくる。過程論。そんな言葉はおそらく存在しないのだけれど、「なぜ?」、「なんのために?」に連なって「どうやって?」を考えながら作ることである。結果は最後についてくる。
どうしてもカレーとそういう向き合い方になってしまう。
ちなみにチューニングに使う「ラ」の音について調べてみた。古代ギリシャの弦楽器で出せる一番低い音に「A」とつけた。それが今の「ラ」音だったことから、この音を基準とするようになったそうだ。なるほど。なるほど、だけど、だからなんなんだ?
「ねえ、この話、まだ続くの? 長い?」
そんな声が聞こえてきそうだから、結論を。白いクラッシュカレーを作りたい。それなら白い素材を叩け! なぜ、なぜ、言ってないで叩け! 考える前に叩け! おいしくできるから。考えを巡らせることよりも大事なことはある、と学んだ四街道・石臼叩き旅であった。
- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/