
連載「おい神保(おいしんぼ)」 ~サラリーマンランチ紀行~
第6回 流されて[共栄堂]
神保町…曰く、古本の街。
曰く、カレー激戦区。
曰く、喫茶店の聖地。
曰く、中華街(チャイナタウン)。
そんな様々な異名を持つ食と活字のシャングリラ、神保町。
とりわけ昼飯については全国津々浦々比較しても頭一つ抜けた選択肢の多さにより、界隈のサラリーマン達の心と胃袋を満たしており、停滞を続ける日本のGDPに対して、神田一帯、午後のGDPは上昇の一途を辿っているとか、いないとか…。
そんな神保町で勤続10年となる筆者の昼食雑記が、この「おい神保」である。
神保町のようなランチ天国であると、お昼時はどこも行列で入店出来ないことも多い。1軒目、2軒目とフラれる頃には、お昼休みも残り30分を切り、焦って意図せずチェーン店に入ったり、コンビニで済ませてしまったりする現象が発生する。
これを「難民」という。「難民」になってしまったら最後、お昼休みという貴重な安息の時間を不本意に過ごしてしまったことで、午後の業務が手につかなくなるのは想像に難くないだろう。
企業戦士たるもの昼飯で英気を養い、そのエネルギーは午後の血肉に変えたいモノ。一食たりとも無駄にしたくないハズだ…。
そんな時は神保町の[スマトラカレー 共栄堂](以下、共栄堂)に駆け込もう。ココは数多の昼食難民を救ってきた最後の砦。行列地獄から脱する昼飯ビザを発行してくれる杉原千畝のようなカレーの名店だ。
[共栄堂]も大人気店であり、お昼時は行列が出来る店だが、平日の「難民時間」は比較的スムーズに入れることが多い。何故ならこの店はカレーの提供スピードが神保町イチ早いからだ。
席に通されるとそこには水とスプーン、そしてコーンスープが既にセッティングされており、「ポークカレー」とコールすれば、瞬く間にソースポッドとライスが机上に配膳されているのだ。注文後、1分もかかっていないと思う。
中には、注文せずとも着席と同時にポークカレーが提供される実力者もおり、周囲から羨望の眼差しを集めている。そんな[共栄堂]。早食いの筆者であれば注文から退店まで10分を超えることはない。
筆者はこの摂理を知っている為、お昼時、店に入れず12時45分になっても焦ったことはないのだ。そして[共栄堂]の「スマトラカレー」は味もピカイチだ。
カレーのメニューはハヤシライスも含めて6種類。
1番安い「ポークカレー」が1200円から、最も高級な「タンカレー」は1950円となっている。しがないサラリーマンの筆者がお世話になるのは、「ポークカレー」であり、ハレの日には奮発して1600円の「エビカレー」を食べる事にしている。タンカレーを食べた経験はまだ無い。
[共栄堂]のカレーはチャコール色でコクがあり、ほんのりビターテイストなのが特徴だ。唯一無二のココだけの味わいでなんとも表現しがたいが、平たくいうとクセになる味。もしかしたら人を選ぶかもしれない。筆者は世界一らっきょうが合うカレーだと思っている。
硬めに炊かれた甘いコシヒカリにほんのり辛くてビターなカレーソース…。
コレに大量のらっきょうを合わせる。
効率的にらっきょうを皿上に乗せる為、ライスが配膳されたら、コップ水に浸して濡らしたスプーンをライスに押し付けて窪みを発生させ、らっきょうポケットを作っている。
甘辛塩苦のポークカレーにらっきょうの酸が加わり、五味が調和した素晴らしい味わいのモノになるのだ。
最近ではより、らっきょうの純度を求める過激な思想になってきており、注文時に肉抜き=具無しをオーダーすることもある。通常より提供に時間がかかる為「難民」時には難しい。しかし、具が無い影響で、よりシャープでクリアに研ぎ澄まされたカレーソースになる。肉というノイズが取り除かれたらっきょうだけの咀嚼音が、体内を反響する感覚は、潮騒が静かに響く夜の浜辺のようである。時間がある時はぜひ試してほしい。
- Office worker
山口航平 / Kohei Yamaguchi
主に神保町で昼飯を気ままに楽しむ会社員。年間約200回の昼飯中に思ったことなどを自由に綴る。趣味はナポリタンを作ること。時々ナポリタン屋としてポップアップも。
IG @ykk05017