連載「コペンハーゲンの隣から」#5

快晴の日は、港の食堂へ


Nagi KitamuraNagi Kitamura  / May 6, 2026

“コペンハーゲンの隣”、スウェーデン・マルメでは、4月に入ってからさらに日が長くなり、夜の8時すぎに日が沈むようになりました。
日差しが降り注ぐ中、バーやレストランがひしめく通りには、春らしいスタイルの若者が行き交います。長い冬を耐え抜いたことを、街のみんなで讃え合うような、そんなエネルギーに満ちています。こんな日は、足取り軽くちょっと遠くへ出かけたくなります。

冬の間からこんな暖かい季節が来たら行こうと、静かに楽しみにしていたお店がありました。

見上げれば真っ青な空が広がる月曜日のお昼。ちょっと遠くに出かけるにはぴったりな陽気。冬の間お世話になった手袋とマフラーをほっぽって、身軽になった体で飛び出すように家を出ました。

都市を抜け、港の方へ

目的の場所は、マルメの中心地をずっと越えた先にあります。人通りの多いマルメ中央駅のエリアを抜け、電車の線路沿いを進んでいくと、景色がだんだんと無機質な雰囲気に変わっていきます。

気がついたら、一面の工業地帯に囲まれています。マルメはかつて造船業で栄えた街でもあったため、海沿いのこのエリアには、大型クレーンや広い道路にその名残が残っています。

コンクリートの橋を上り、倉庫や工場を横目に通り過ぎ、住宅・オフィス地区へと変わりつつある再開発エリアをひたすら歩きます。人影はほとんどなく、本当にこんな場所に店があるのかと少しドキドキしてしまうほどの静けさです。

30分ほど歩いたところで、倉庫が並ぶ角から何人かの人の姿が見えてきました。きっともうすぐだ、と直感しました。その先には殺風景な景色の中に、ポツンと人が集まる一角がありました。

マルメの人々の胃袋を支える食堂

場所は港湾エリアの Nyhamnen(ニューハムネン)。  オフィスや倉庫が並ぶ港の先端に[Saltimporten Canteen]はあります。  “Saltimporten”(サルティンポルテン)という店名は、かつて塩の輸入拠点だったことから、その名を引き継いでいます。

着いたのはちょうど12時。お店に入る前に、ひとまず辿り着いた達成感に、ふうと息をつきます。

目立つ看板もなく、人の気配がなければすっと見過ごしてしまいそうです。
暖かい外の席はすでに埋まっていて、たった今お店の前に車を停めて訪れる人の姿もありました。

[Saltimporten Canteen]の営業日は、月曜日から金曜日の5日間のみ。一日の営業時間も11時から14時までたったの3時間しか開いていません。そして、ランチは一日2種類のみ。
その営業スタイルを、2012年に開店した当初から10年以上経った今でも続けています。
そのスタイルを続けられている理由は何なのだろう、そう思いながら開けっぱなしの入り口から足を踏み入れました。

入ると日差しの入る店内で、人々がお昼のひとときを過ごしています。白い壁、木の長テーブルにシンプルな照明。とことん装飾を削ぎ落とした、ミニマムな空間です。だけれど、太陽がもたらす光が店内に満ちているせいか、不思議と冷たさは感じません。

周りを見ると、近くで働く人々がそれぞれにお昼休憩を過ごしています。背が高く、がっちりとした体格の人が多く、どこか似た雰囲気の人々が長テーブルに並んで、黙々と食事をしている姿が少し微笑ましく感じられました。

お昼休憩のワーカーズばかりかと思いきや、窓際の席には、赤ちゃんを連れた家族や学生らしき二人組の姿も見られました。中には、昼間からビールを片手に楽しむ人も。いいなあと少し羨ましく思いながら、今日は我慢、とカウンターに向かいます。

目の前には、女性が一人。バゲットを素早く二切れ切り、ナプキンとカトラリーを取り、支払いを済ませ、そのままプレートを受け取っていました。一連の動きがあまりにもスムーズで、きっと毎日のようにお昼を食べに来ているんだろうと想像できました。

気を取り直して、たった今見た流れを思い出しながら、まずはパンを二切れにします。

そのそばにあったメニューには、日替わりの肉または魚のプレートと、週替わりのベジタリアンのプレート。

今日は月曜日…と「MÅNDAG」の欄を見てみると、「Tupp(雄鶏) / Grönärta(グリーンピース) / Rabarber(ルバーブ) / Ramslök(ワイルドガーリック)」と、食材の名前だけが並んでいます。

食材だけで構成された名前のないメニューに、どんな一皿が出てくるのかと頭の中で想像を膨らませるのも楽しいです。

ついでに、今週のメニューは何だろう…とチェックしてみます。火曜日はSmörrebröd(スモーブロー:デンマークのオープンサンド)、水曜日は、Oxtartar(牛肉のタルタル)です。毎日のように通う人たちは、こうして週の初めに今週のメニューをチェックして、それぞれのランチタイムを楽しみにしているのだろうと思います。

ちなみに、今週の木曜日と金曜日はValborg(ヴァルボリ:春の到来を祝うお祭りがある日)とMay day(メーデー:労働者の日)のためお休みです。

そして、ベジタリアンのランチは、「Svamp(きのこ)/ Gochujang (コチュジャン)/ Vårlök(ねぎ) / Jordnöt(ピーナッツ)」。

スウェーデンに来てから気づいたことのひとつは、ほとんどのカフェやレストランにこうしたベジタリアンのオプションがあること。例えば、ファストフード店でもベジタリアンのメニューは特別なものではなく、ごく自然にメニューの中に並んでいます。
私自身はベジタリアンではありませんが、身近なベジタリアンの友人を思うと、そのような環境が当たり前にあることに、ふと安心します。

この一皿も気になりましたが、今日はしっかりお肉を食べたい気分。そう決めて、注文に進みました。

カウンター越しにご機嫌な店員さんに “Tjena!”(シェーナ/ やあ!)と挨拶をされ、 “Dagens lunch?” (今日のランチ?)と聞かれて、子どものように張り切って頷きます。支払いを済ませると、一瞬も待たずにプレートが手渡されました。

今日の一皿は、たっぷりのカーリーレタスで覆われた春らしい爽やかなプレート。

一見、単なるヘルシーなサラダのようです。この下には何があるのだろう。ワクワクしながらナイフとフォークを入れます。

まず現れたのは、ワイルドガーリック(Ramslök)の風味をまとった雄鶏(Tupp)のソテー。旨味がぎゅっと詰まった肉肉しい雄鶏に、ニンニクほどガツンとこない穏やかな香りのオイルが絡まり、食欲がぐんと増していきます。
レモンの酸味を含んだフレッシュなグリーンピース(Grönärta)は、口の中でプチッと弾ける新鮮な食感で、一気に初夏の気配が漂うようです。
さらに食べ進めると、しっかり甘みのあるじゃがいもを潰しきらずに仕上げたマッシュポテト。ほのかに食感が残るじゃがいもが、からっとした一皿に、丸みを与えてくれていました。
そして今が旬のルバーブが、軽やかな酸味を加え、途中途中で全体をきゅっとまとめてくれてます。

店内と同じようにミニマムでシンプルな構成ですが、新鮮さと丁寧さ、そして素材の輪郭をそのまま活かすストイックさが、静かに感じられます。そして、自分だけの味と食感の組み合わせを探りながら食べ進めるうちに、一つのプレートの中に自由さが生まれていく。 そんなふうに感じさせる一皿でした。

だからなのか、最後の一口まで、自由に、けれどどこか緊張感を持って、この一皿に向き合っている自分がいました。

見た目以上にボリュームのあるランチを食べ終え、なぜマルメの人たちは、この少し不便な場所に、車や自転車を使ってわざわざ足を運ぶのだろうと思いました。

日替わりのランチを当たり前のように食べに来る人たちと、それを迎えるスタッフ。友人同士のように手を振り合う光景を何度も目にしました。お客さんの中には、メニューを一目確認することもなく、列に並び、迷いなくお皿を受け取る人の姿もあります。

この光景に、ここにあり続けるお店と訪れる人たちのカジュアルだけれど、確かな信頼関係が現れているような気がしました。

食べたいものがこれ、と決まっていなくても、ここにくれば心のどこかで欲していたものがきっとある。だから、毎日のように限られたお昼の時間を目掛けてでも足を運びたくなるのかもしれません。

マルメの人々の胃袋を支える食堂で過ごしたあと、ここに通う人たちのようになれるかしらと思いながら、また来た道をゆっくり歩いて帰りました。

Saltimporten Canteen
Grimsbygatan 24, 211 20 Malmö, Sweden

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