連載「おい神保(おいじんぼ)」 ~サラリーマンランチ紀行~ #7

秋刀魚の味


Kohei YamaguchiKohei Yamaguchi  / Sep 30, 2025
神保町…曰く、古本の街。
曰く、カレー激戦区。
曰く、喫茶店の聖地。
曰く、中華街(チャイナタウン)。
そんな様々な異名を持つ食と活字のシャングリラ、神保町。
とりわけ昼飯については全国津々浦々比較しても頭一つ抜けた選択肢の多さにより、界隈のサラリーマン達の心と胃袋を満たしており、停滞を続ける日本のGDPに対して、神田一帯、午後のGDPは上昇の一途を辿っているとか、いないとか…。そんな神保町で勤続10年となる筆者の昼食雑記が、この「おい神保」である。

今年も「この季節」がやって来た。

秋、秋刀魚の旬である。近年、秋刀魚は不漁が続いていると言われており「大名は口にせず」とも言われた大衆魚、秋刀魚の価格は高騰し庶民の食べ物ではなくなっていた。

そんな中、今年は大ぶりで脂の乗っている秋刀魚の漁獲量の増加がニュースになっている。筆者は秋刀魚が全魚類の中で最も好きだ。

朗報!吉報!長き不漁を耐えた庶民に届く福音である。

そんな近年稀に見る極上のプロポーションを持った秋刀魚を最高の状態で食べる方法がある。それもごく庶民的に再現性のあるやり方で…

[大戸屋]。

「チキンかあさん煮定食」や「鶏の黒酢あん定食」を生み出した、全国に300店舗以上を構える、大人の給食センター。まさに大衆店である。

暴飲暴食が続いたり、忙しくて栄養があるものを気軽に食べたい時によく利用する。正直、筆者は味そのものというより健康そうなイメージに課金することで安心感を買っている側面が強い。そんな[大戸屋]が「この時期」生秋刀魚専門の名店に化けるのだ。

 「生さんまの炭火焼き定食」。大衆店、[大戸屋]が秋刀魚の旬に、期間限定で展開する至高の定食である。この定食が秋刀魚の定食として至高であるということには3つの理由がある。

1つ目は、生の秋刀魚であるということ。

[大戸屋]の秋刀魚は、港から市場を通さずに産地直送されるシロモノであるが、冷凍物と比べて味が良いのは当たり前。生にこだわりたいポイントとして挙げたいのは、骨の強度である。

日本人たるもの、焼き魚は美しく食したい。焼き魚を美しく食べた後に残るモノ魚の頭部とそこから尻尾まで、折れることなくつながっている背骨である。この状態が、魚の死に様の中で最も高貴であると筆者は思うのだ。

冷凍の秋刀魚の骨は、生に比べてかなり脆くなっている。秋刀魚の骨は、他の魚に比べて細く長いため、冷凍秋刀魚の骨の強度であると、高確率で背骨を折ってしまうのだ。

その点、生秋刀魚の骨は強くしなやかだ。文字通り刀のような魚であるからして、生秋刀魚は秋の海が錬磨し生み出した折れない名刀なのだ。

2つ目は、炭火焼きであるということ。

ホームページに掲げられている「大戸屋のこだわり」の中に「炭火焼き」という項目がある。つまり[大戸屋]は、素材を炭火焼きするということに対し自信を持っている。全国に300店舗以上を展開する同店が、絶対的な自信を持つ炭火焼き。その品質を全店舗一定以上の水準で担保するためには、かなりの設備投資とオペレーション戦略が必要なはずである。

そんな大企業の叡智とカネを振り絞った末に、提供される炭火焼きの品物は熟練の職人が焼いたものと比較しても甲乙つけ難いはずだ。

そして何より、秋刀魚は炭火で焼くのが1番美味い。

遠赤外線効果で身がふっくらしているのは言わずもがな、特筆すべきは肝にある。ほのかな薫香が肝をコーティングし、炭火の高温で燻され余分な生臭さが消えた状態の肝は、柔らかな身の旨さを相乗する極上の調味料となる。

最後に、3つ目はすりたての大根おろしの存在だ。

あまり注目されていないが「大戸屋のこだわり」には、すりたての大根おろしについての言及がある。大戸屋の生さんま定食は2尾付けであり、基本的に2尾の秋刀魚を食べ切らねばならない。

しかも今年の物は脂のノリが良く、大ぶりだ。そんな時に必ず必要になってくるアクセント、大根おろし。しかも[大戸屋]は、椀にこんもりと大量に提供してくれるのだ。コレが非常にありがたい。

他の店では親指大の提供が精々といったところ、ケチケチせずにたっぷりと大根おろしという純白のドレスを秋刀魚に纏わせることが出来るのだ。

そして、なんといっても「すりたて」。

大根おろしには、魚の脂の旨みを引きたてる辛味成分が含まれているのだが、この成分はすりおろした後、8分前後で弱まってくる。これが[大戸屋]がすりたてにこだわる理由。つまり秋刀魚を食う時は、初手におろしと身を組み合わせることで旨さの最大値を取ることが出来る。

ここまで[大戸屋]の生さんま定食の魅力をつらつらと書き連ねてしまい思いのほか長文となってしまった。実は筆者は食べ方にもこだわりがあり、上述した初手、おろし+身の他にもオプションで冷汁をつける理由。

先に身と骨を剥がして食べやすくしてはいけない「疑似恋愛の法則」。

酢橘をかけるタイミングと法則等々…。

言及したいことはたくさんあるのだが、今回は文字数の関係で省略させて頂く。ぜひ、どこかの酒場で会った時に大衆魚、秋刀魚の味や食べ方について、酔っぱらい特有の一方的な問わず語りで熱弁する様を貴方に見てもらいたい。

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