沖田修一監督『モリのいる場所』公開前インタビュー

食べ物とは人と人との距離を近づけるもの


RiCE.pressRiCE.press  / May 15, 2018

食事シーンが印象的な沖田監督の映画術に迫る

5月19日に公開が予定されている『モリのいる場所』は、画家・熊谷守一の晩年を描く “フィクション” である。97歳で亡くなった孤高の天才画家の晩年という話なのに、なぜかユーモラスでほのぼのしている。この物語を作り上げたのはこれまでも『南極料理人』から『モヒカン故郷に帰る』まで印象的な食のシーンを撮ってきた沖田修一監督。『モリのいる場所』は歯が一本もない熊谷守一がぬか漬けや干物などの和朝食を楽しむシーンから始まる。グルメ映画ではないのに、なぜ食べるシーンが魅力的になるのか、監督にインタビューした。

(c) 2017「モリのいる場所」製作委員会

昭和の食卓はどのように再現されたのか

———なぜ熊谷守一の映画を撮ろうと思ったのですか。

沖田修一監督:何年か前に『キツツキと雨』って映画を撮ったときに山崎努さんに撮影場所近くだった熊谷守一記念館に行くことを勧められたんです。そのあと自分で記念館に行って、絵を見たり……でも一番大きかったのは藤森武さんが撮られた『独楽』って写真集があって、その写真集がとてもチャーミングだったんですね。いい写真集で、それで山崎努さんが熊谷守一さんを演ったら映画として面白そうだなと思って、自分で台本を書き始めました。

———じゃあ写真家の存在ありきで配役が決定したんですか。

沖田:映画の中で晩年の熊谷守一さんの家にたくさんの人が訪れるのですが、その中では写真集から影響されたところもあったので、その登場人物の一人が写真家になるのはなんとなく自然な流れでした。

———居心地の良さそうな昭和の家が舞台で、なかでも肉を買いすぎたから人を呼んですき焼きをしようってシーンがすごく印象的だったんです。昔は冷酒はなくて、徳利とビール瓶が並ぶ宴会というのがとても昭和らしかった。ああいったシーンを撮るのにフードスタイリストとはどんな打ち合わせをしたんですか。

沖田:フードスタイリストはいないですね。

———えっ、そうなんですか! あまりにもハマっていたからそういう人がいると思っていました。じゃあ調理も現場の方が。

沖田:いわゆる小道具の人と演出部がみんなで決めてって感じです。美術の範疇で「消えもの」として、装飾持ち道具って呼ばれる人の仕事で。たまにフードスタイリストみたいな人が入る形もありますけど、今回はまあそんなに予算も多くなかったので (苦笑)

———食べ物がどれも印象的で美味しそうだったので、てっきりスタイリストさんがついてるものと思っていました。じゃあこういうシーンが撮りたいという監督の指示で出来上がったものなんですね。

沖田:基本的には文献を調べて行くと、 (熊谷守一の食事は) 朝はごはんに味噌汁に一品あってとか、お昼はパンかうどんかって書いてあって、あとは肉が好きで、近所のお肉屋さんからよくもらうお肉を食べていたっていう話があって、それで映画の中で94歳のおじいちゃんが肉にかぶりつくシーンを撮りたいなって。

———じゃあリサーチありきだったんですね。ところでこれまででも監督の作品には印象的な食事のシーンが多いのですが、それについては意識していらっしゃいますか?

沖田:食事をしながら話をするとか、そういったコミュニケーションのシーンは馴染みがあるので撮りたくなるんですけど……じつはあんまり考えてない(笑) 。日常的にごはんを食べていく、食べ方にこだわりがあるような気がしています。演出の範疇なんですけど、今回は歯が一本もない人のごはんの食べ方で、キャンバス張り器でぐしゃっとやる、咀嚼ですよね。そういう食べ方を映画で見せるのは面白いなと思って。あとは出し方とか……よく知らない人までちょこちょこ上がってくるような家で、いきなりごはん食べるっていうのは昔の日本の風景って感じ。あとは立ってるだけだとちょっとね、っていうときに食べながらとかだと役者もやりやすいっていうのもあります。

———なるほど。今回の『モリのいる場所』では干物とウインナーの朝食などと同時に、すき焼きの宴会っていうシーンがありました。監督の映画を観ていると、ケの食とハレの食が両方入ってくる作品が多いなと思ったんです。たとえば『滝を見に行く』なんてサバイバルしながらもキャンプファイヤーでパーティーみたいになっていたり。日常食と宴会を両方入れるっていうのは……

沖田:そうですね。宴会のシーンなんかはたまにちょこちょこあるんですが、ごはんから発想するってことはあまりないかもしれないですね。映画の中でどういうシーンがあって、そのシーンで食べるとしたらどういうものがいいかって考えて行く。まあでも『滝を見に行く』とかは各々のカバンに何が入ってて、何が食えるかみたいなことを考えて行くのが楽しくて (笑) 。たとえばゆで卵が入ってたアルミホイルに包んだ塩でなんとかしようとか、その辺のものも食えるんじゃないかとか、なんか逞しさみたいなものをテーマにしたものだから、そういう印象でなんでも食うって食事シーンを捉えた。あとはうちの母が昔蛇を食ったことがあるって話を聞いたことがあったので、なんかそういうのいいなと思って (笑)

———監督にとっては食べ物ってコミュニケーションツールですか?

沖田:映画の中ではそういうことが多いかもしれませんね。その人の状況とか心情を表現するための手段の一つってことはもちろんあります。最初に『南極料理人』て映画を撮ったんですけど、それが一番如実に現れていて、人と人が馴染んで行く様子を、たとえば大皿の箸の置き方とか、料理を取っていく順序が変わっていったりとか、そういうふうなことで見せていくっていう感じでした。そういう描き方が好きっていうのはあります。

———たとえば撮影中に俳優さんの食べ方を見ていて「あっ、この人はこういうふうに撮ろう」とか撮影の仕方が変わることはありますか。たとえば大皿への箸の置き方なんかを見て。

沖田:たまたま左利きだったり、そういうところで人となりみたいなものを感じることはあります。キャラクターに合わせてもっとガッツリ行ってよ、みたいなことはあるかもしれないですけど (笑)

———監督にとって誰かと一緒に食卓を囲むってどういうことなんでしょうか。

沖田:うーん……そうやって……大人になりました(笑)

———(笑)それは楽しいことでしたか?

沖田:いまになって思えば、いい時間だったんだろうなって思いますけど、そのときは自分の部屋に閉じこもって「ごはんだよ」ってときだけ降りてきてごはん食う、みたいな。実家では料理が美味しいとも言わず (笑)。でも、いま自分が映画撮ってるときにそのころの体験が反映されることが多いんで、何か染みついたもの、貴重なものなのかなと思います。

———男の子だと会話もせず黙々とって感じになりますか。

沖田:そうだったと思うんですよね。だから『南極料理人』のときに「美味しい」って言葉を使わないっていうのは決めたんですよ。ごはんものの映画みたいに「美味しい」とか言わないで、ただただカロリーを摂取しないと生きていけないって表現にする (笑) 。そこに味はどうの、って表現はなくて。でもなんか、それは自分が中高生だったころの記憶が染みついていてそうなったような気がしました。

———『南極料理人』は作り手の話で『モリのいる場所』でも樹木希林さん (が演じる熊谷夫人の秀子さん) が作り手になるわけですけど、作り手側からしたら、何も感想を言われなくても料理の減り方で美味しいかどうかわかるって思ったんですが。

沖田:そのほうがよっぽど伝わる気もしますよね。

———守一さんも黙々と食べていて。

沖田:今回は「生きる」ってテーマがあったので、食事も「喰らいつく」とか「勢いよく食べる」とかは意識していました。それでカレーうどんは食べられない。新しい食べ物だから (笑) 。京都に行ったときに同じ美味しいカレーうどん屋に行ったら周りは観光で来てる外国人ばっかりで箸が持てなくて、みんなカレーうどん食べるのに苦戦してるみたいな状況を見て、すっごい面白いなと思って(笑) 。それを思い出しながら。でもうどんていうのは熊谷守一さんがよく食べてたところから持って来たんですけど。

———監督の年齢からすると、昭和のあの時代っていうのは……。

沖田:もう生まれる前です。

———じゃあドリフターズを登場人物が話題にするシーンなんかもリサーチですか。実際にドリフの番組を見ていた人間にとっても懐かしい感じに仕上がっていましたが。

沖田:あれはちょうどあの年代を調べてたら、ドリフがすごい人気があった。あの狭い家の中ですごく俗っぽい話をさせたいなと思って、ドリフの話を書いたんですね。外に出ないとわからない話を人づてに聞いているっていうのを入れたかった。

———あの家は守一さんの家だけれども守一さんにとっては外の世界と繋がる場所でもあるってことですね。

沖田:人が来るから本人はどうあれそういうことになっているのかもしれないですね。

———『モリのいる場所』を観たときに『人生フルーツ』と『ゴーギャン』を思い出したんです。もうパラダイスに住んでるんだなと。

沖田:あの庭が守一さんの宇宙なんだと考えていたんですけど……広いっていう意味、あの庭を広く感じているっていう意味なんです。ちょっと移動しただけで世界が変わるから、それで一日見てられるんだと本に書かれていました。あの庭にいろんな面白さが詰まってたんでしょうね。

脚本を書くのは魚釣りに似ている

———ところで写真撮影中に監督するのと脚本を書くのとどちらが楽しいですかと伺ったときに監督とおっしゃったんですが、脚本は辛いですか? 机に向かって集中する感じで?

沖田: (笑) 一人でやることなんで、楽しいけど辛いですよね。魚釣りしてるみたい。今日は釣れなかったな、とか (笑) 。僕はファミレスとか喫茶店でよく脚本を書くんですけど、なんか “釣り場” みたいだなって「この辺今日釣れんじゃねえか?」って。ドトールで書こうと思ったけど「今日はドトールでは書けないような気がする……」って違うとこ行ってみたりだとか (笑) 。監督は、時間も決められてるし、人がいっぱいいてわいわいするんで、結局やっぱりそういうほうが楽しいですよね。

———みんなで何かを作り上げていくってことがですか?

沖田:そうですね。ちゃんと朝起きるし (笑) 始まっちゃえばやるしかないんで、そういう意味では割り切れるんですけどね。脚本はうじうじうじうじ独りで考えてるから。楽しいけど、疲れますよね……。

———一本書くのにどれくらいの時間がかかりますか? たとえば今回の場合だと。

沖田:初稿書き上げたのがなんだかんだ2ヶ月くらいかかったのかな。書いては消して、みたいなことを。オリジナルだと本当に無限なんで。原作ものだと「原作がこうなんだから」って言い訳しながら進めたりするところもありますけど(笑) 。オリジナルだとどこまでも終わらなかったりして、だんだん頭もぼうっとしてきて「昔もっと書けたのにな……」とか「砂糖が足りねえのかな」(笑) とか言いながら。

———ところでコミュニケーションのきっかけに食べ物を使うシーンも多いですよね。『モリのいる場所』では、牛肉余計に買っちゃったから人を呼ぼうかとか、『滝を見に行く』ではおやつをあげてツアー同行者に話しかけたり、『モヒカン故郷に帰る』ではコンビニ弁当買ってきたよと恋人を起こしたり。

沖田:なんか人との距離を近づけるものですかね。でも普段もそうじゃないですか。仲良くなろうと思ったら「じゃあごはんでも食べに行く?」とか「酒飲みに行く?」とか。そこで人の気持ちが知れるっていうのがありますよね。

———そうですね。一緒にごはんを食べたことがある人とそうでない人では仲の良さって違うかもしれない……。今日はありがとうございました。

『モリのいる場所』
孤高の画家、熊谷守一。老年でスケッチ旅行に出られなくなってから30年もの間家から外に出ず、昼は自宅の庭で植物や動物の観察に明け暮れ、夜アトリエにこもって絵を描いていたという。映画で描かれるのは94歳の守一。まだまだ生きて絵を描こうとする老画家の生きようとする意志が食への姿勢からも表されている。

監督:沖田修一 出演:山崎努、樹木希林 (2018年 / 日本・99分) 配給:日活
5月19日 (土) シネスイッチ銀座、ユーロスペース、シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー
(c) 2017「モリのいる場所」製作委員会

CREDIT
文: 遠藤京子 / 写真: 高橋恭司
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