
若手シェフのポップアップはとっても刺激的
京都[祇園 さゝ木]で働く田中涼平さんの創意
夏が早い。年々、そう感じる。ジメジメとした梅雨の暑さには動きが鈍らされるので、ぴーかんの方が気持ちは晴れやかだが、サマージャムみたいに、外出た瞬間に汗がダーッ頭フラーッなんて日が6月から始まるとやや気が遠くなるというもの。
海や山に遊びに繰り出す人にとっては、待ち遠しいシーズンではあるだろう。自身、連れ出されなければ海には足が向かないタイプではあるが、そういえば今年は5月に早くもピーカンの鎌倉に行っていたのだった。
きっかけは、京都特集で取材をさせていただいた料理人・田中涼平さんからのお誘い。彼は現在、京都の名店[祇園 さゝ木]で研鑽を積んでいるが、過去には鎌倉の懐石料理[米倉]に勤めたこともあり、縁あって今回は鎌倉・腰越の和食料理店[
田中さん(左)と、[貴ぶ]のご主人・清水さん。清水さんは[米倉]での先輩とのことで、この日はお酒のサービスと調理サポートを買って出てくれた
さて、席についてまず差し出されたのはヤーコン茶という、見た目はサツマイモに似た植物のお茶。取材の時にも出してくれた、田中さん自身のお気に入りでもある一杯。お腹を温め、血糖値の上昇を穏やかにしてくれるというお茶に、京都での思い出が甦りつつ、“ゆっくりお食事を楽しんでいってくださいね”という田中さんの声が聞こえる気がした。
一品目は空豆。「畑の風景をイメージして、このままお出しします」と立派な空豆のさやを見せてくれる。中には二粒の“豆”が入っていた。一粒はシンプルに塩味の空豆。もう一粒は、桜エビを混ぜ込んで丸めて焼いたもの。爽やかな香りの空豆に、旨みをプラスする海のある土地らしいアレンジ。軽やかにコースが始まった。
空豆の一皿。左が塩味、右が桜エビアレンジ
二皿目は、胡瓜、乳酸発酵させたキャベツ、蒲焼に見立てた干し椎茸を、米粉と青のりの生地でまいたもの。アクセントとして、左から木の芽、クコの実を黒酢につけたもの、自家製青さのり麹。巻き寿司をイメージして、世界中の誰もが食べられるようにヴィーガンにしている
田中涼平さんは、1994年の生まれで今年31歳。兵庫県の南東部、川西市の出身。川西市は地図で見ると、神戸と大阪と京都の中間くらいのところにある。高校卒業後、辻調理師専門学校に進学。料理の勉強をすると、日本の文化に広く興味を持ち、ゆくゆくは京都で「日本料理をベースとした発酵や薬膳などを取り入れ体に寄り添った料理をやりたい」という志が生まれたそうだ。
[祇園 さゝ木]には、2020年に入社。「コロナ禍にもかかわらず引き受けていただいた大将には感謝しています」と口にし、調理技術にとどまらず、人とのコミュニケーションや文化など、大将の佐々木浩さんから日々多くを学んでいる。
京都でも休みの日には、畑の手伝いに行くことも多いと語っていた田中さん。今回鎌倉ポップアップでは、藤沢市の[にこにこ農園]を訪ねて、久しぶりの神奈川の畑の空気を吸い、この日のコースに活かすべき食材を仕入れさせてもらっていた。
三皿目は、三浦半島の佐島のアオリイカ。炭火で焼いた春キャベツ(from にこにこ農園)の上に盛り付けた。そして、大葉オイルが面白かった。鮒寿司を発酵させたものとホエイ、鮎魚醤を混ぜたものだそうで、全体に香ばしさ旨みそして爽やかさが混ざり合い、食感も楽しい一皿だった
次に薬膳スープ。ワンタンの中身は、なんと宮崎産の雉肉。ねぎ、生姜、棗を炊いたスープは絶品と言えた
以前のインタビューの際にも、田中さんは「食べて健康になる料理」を突き詰めていきたいと語っていた。当たり前のように聞こえる言葉だが、発酵や出汁など、日本に当たり前のようにある調理技術を用いることで、身体が喜ぶ料理を作っていきたい、ということだと自分は理解した。その裏付けを得るためにも、この日、田中さんの料理を体験できてよかったと感じている。
さて、ランチコースはこれで折り返しくらいかな、という予想はいい意味で大きく裏切られる。ここからさらにい七品、そしてデザート二品と、怒涛のように料理が続いた。カウンター内の田中さんは、それこそ水を得た魚のように、力の入った料理を次々に繰り出した。料理に限らず、こんなに楽しそうに充実して自分が作ったものを人に提示するというのは、とっても素敵なことだなぁと素朴な感想すら抱いてしまった。
「佐島で生きた鯛を仕入れられたので、ストレートに刺身にしました」と田中さん。天草の「小さな海」という塩はおすすめの逸品だそうで、たしかにこれだけで日本酒が進む旨さ
鰻の白焼き+寝かせ玄米と餅米、八角のタレ、ハトムギ、四川山椒のマイクロハーブ
佐島のスズキの炭火焼き。スズキのアラから取った出汁、ネギと生姜を高温で揚げたものにクコの実をつけて黒酢を混ぜたもの、スズキの鱗を揚げたものがかかっている
宇治で獲れた鹿肉のカツ(大豆・麹・醤油を混ぜて作った醬にネギオイルを合わせたもの、炭火で炙った春菊)
と続き、いよいよクライマック。鯖寿司と鰻寿司(鰻がこんなに食べれるなんて! 鰻以外にも食材がぜいたくすぎる!)が出てくるとのことだが、それがまた豪快。
鯖寿司に炭を押し当てる。こんなに美味しそうに見せつけられたら、お腹いっぱいとは言えない
鯖寿司のシャリは、大葉と胡麻、自家製の海苔の佃煮の混ぜご飯。東京駅で売ってほしいくらい美味しい。
鰻寿司の鰻は皮を炭火でバリバリに焼き上げ、身に穴を開け脂がほどよく抜けた最高の状態。遠慮なくおかわりさせていただいた。
締めはお蕎麦。煮干しのオイルと炒った蕎麦の実がアクセント。最後まで楽しい料理でした。
と、忘れてはいけないデザートは、京都土産の定番・八橋(焼きの方)にアールグレイのムース、酵素林檎。合う。
もう一皿、杏仁のアイスクリームと苺、ブルーベリー、ミントを足付きのグラスに盛り、レモンバームで香り付けしたドライアイスをかける。大満足。
その間にも、知人が仕込んでいるミード酒や、清水さんおすすめの日本酒など、鎌倉にわりと最高な印象を植え付けてくれたランチ会。かなり情報量が多かったけれど(褒)、その勢いは素晴らしいし、やりたいことが泉のごとく湧いてくるような羨むべき料理人さんを間近で感じられて幸せでした。
RiCEでは今後もこうした気鋭の料理人さんのポップアップを体験していけるといいな、と強く感じたので、そうした機会がある場合はメールやインスタのDMでぜひご連絡ください。
田中さん、これからも頑張ってください! ごちそうさまでした。
- Associate Editor of RiCE
舘﨑 芳貴 / Yoshiki Tatezaki
東京出身。大学卒業後、ロンドン留学を経て都内の制作会社勤務。2019年ライスプレス入社。
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