
エディターズノート
「RiCE」第41号「スペシャルティカレー」特集に寄せて
RiCEの第41号は久しぶりにカレーの特集です。とはいえ昨夏の辛いもの特集でもかなりカレーをフィーチャーしていましたし、一昨年夏のタイカレー特集まで含めたら、結局ほぼ毎夏カレーをやっているわけなのですが。
今回は、趣向を変えてスペシャルティカレー。新しくつくった造語なのですが、スペシャルティと聞くとコーヒーを連想する人が多いかと思います。スペシャルティコーヒーといえば、豆の産地や品質、鮮度などにとことん拘り、焙煎の仕方や工程の管理、トレーサビリティやサステナビリティにまで配慮した、特別な風味を持つ一杯のこと。コーヒーの消費量から考えると全体の極々わずかな上澄みでしかないでしょうし、当然それなりの価格帯にもなりますが、やはりその味わいには代え難いものがある。
ではカレーの世界にもスペシャルティの名にふさわしい一皿、その背景となるシーンがあったりするのでしょうか? 残念ながら、今のところ無いと言っていいでしょう。もちろんインドの高級店や一部のハイエンドなレストランにはあるのかもしれませんが、ここ日本においてはごく少数の例外を除いて、スペシャルティカレーは成立してこなかった。
端的な理由は値段です。全国にカレー屋さんは数多ありますが、2,000円以上の値段で成立する一皿はごくわずか。ラーメン同様、カレーは安く食べられるものという固定観念が根強く、店主は原価をあげられない葛藤に苦しんでいます。
カレーに限った話ではなく料理全般に言えることですが、よりおいしく作ろうと思えば「材料」か「作り方」のどちらかをグレードアップするしかありません。日々切磋琢磨を繰り返すプロの料理人にテクニックを云々しても仕方がないですが、素材についてはいくらでも選択肢が広がっているはず。世界的にも、レストランシーンでは素材重視の軽やかな味わいがトレンドとなっているようです。
翻ってそうした流れをカレーにトレースしてみたらどうでしょう。産地や鮮度に拘った極上のスパイスはもちろん、鶏肉などのメイン素材や、玉ねぎやトマトなどの野菜類、にんにくや生姜、塩、果ては水に至るまで。あらゆる材料にバランスを配慮しつつ拘り抜いてみたら、一体どんな風味のカレーが生まれるのか、ワクワクしてきませんか?
もちろんプロではなくアマチュアのカレー愛好家であれば、値段に糸目をつけず自分にとって最上級のカレーを作ることは可能でしょうし、日々楽しまれていることかと思います。ただ失礼ながら、それをもってスペシャルティカレーとは呼びたくない。
そうではなく、名うてのプロのカレー料理人が、原価のリミッターを外して腕によりをかけたとき、一体どこまでカレーはおいしくなりうるのか。その見果てぬ至上の風味に思いを馳せつつ、この特集を通して肉薄してみました。カレーはさらに、もっともっとおいしくなれる。
- RiCE.press Editor in Chief
稲田 浩 / Hiroshi Inada
「RiCE」「RiCE.press」編集長。ライスプレス代表。
ロッキング・オンでの勤続10年を経て、2004年ファッションカルチャー誌「EYESCREAM」を創刊。2016年4月、12周年記念号をもって「EYESCREAM」編集長を退任、ライスプレス株式会社を設立。同年10月にフードカルチャー誌「RiCE」を創刊。2018年1月よりウェブメディア「RiCE.press」をロンチ。