茅乃舎のグループが手がける、 開業300年以上の酒蔵がリニューアル復活
福岡の酒米でつくる新銘柄「宗像」の味
だし商品で有名な[茅乃舎]のほか、博多らしい味作りを大切にした[博多椒房庵]、あごだしシリーズが人気の[くばら]など、いくつものブランドを束ねている[久原本家]グループ。そこに新たなブランドが加わることになった。[福岡 宗像 酒蔵 伊豆本店]である。
伊豆本店は、江戸時代の享保年間(8代将軍吉宗の時代)から続く、300年以上の歴史を持つ酒蔵。しかし先代の第12代当主が亡くなった際、酒造りを引き継ぐ人間がいなくなり、廃業の危機に直面。
これに対し「伝統ある酒蔵を絶やしたくない」と再生に乗り出したのが、同じ福岡の企業、久原本家グループだった。
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お酒を始め、茅乃舎だしなど、久原本家グループの商品も揃えている直売所。
新生・伊豆本店は多くの人が酒蔵や地域を訪れられるように、直売所、醸造蔵、酒蔵BAR、甘味、歴史展示という5つのエリアを備えた複合施設として、2026年1月7日にグランドオープンを迎えた。
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「甘味」では、宗像エリアの素材を使ったジェラートが食べられる。塩ミルク、あまおう、トマトなどがある。写真は塩ミルクとあまおう。お酒入りではないので、子どもや運転手も楽しめる。
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かつて蔵開きの3日間限定でつくられていた酒まんじゅうを「宗像 花酒まんじゅう」としてリニューアル。
かつては酒米「亀の尾」を使用した、その名も「亀の尾」という日本酒で人気を博した。今回のリニューアルで「宗像」という銘柄が3種類と、生まれ変わった「亀の尾」という、計4種類の新しい日本酒を生み出した。
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[亀の尾]はここでしか購入できない限定酒。
再生に向けて新しく迎えた杜氏は、北海道の酒蔵で研鑽を積んでいた若山健一郎さん。当初は生半可な気持ちでは失礼だ、と仕事を受けることをかなり迷ったという。
「自分の酒造りの考え、骨格、芯の部分が、蔵元の方針と合わなかったら難しくなるだろうと思っていました。あるとき、親会社の[久原本家]の工場を見学させてもらったら、玄関に『モノ言わぬモノにモノ言わすモノづくり』と書いてある額が飾ってあったんです。これを見て感動しました。そして、酒造りへの腹が決まり、スイッチが入りました。その後に社長や社員から『結果もほしいが、過程を大事にしてほしい。だから思い切りやってくれ』と言われて心強かったです」
「溶けない」米を乗り越えた
酒造りに対して、若山さんは触ったことのない米の扱いに苦労したという。酒米の農家さんに会って話を聞いたり、自分で食べてみたりしてイメージを高め、それを技術に置き換えていった。「大変ではありましたが、楽しい時間でしたね」という。
扱う米はすべて福岡産なので、一番大きな壁として立ちはだかったのは、暑さによるお米の高温障害対策だ。それはすなわち「米が溶けない」ということ。
「来る前から周囲に言われていたのが『とにかくお米が溶けない』。お酒に味が乗らないから、みんな酵素剤を入れるんだと。でも私は酵素剤は入れたくありませんでした」
「溶ける」というのは、麹の酵素によって米のデンプンがブドウ糖に分解されること。この行程を再構築するために、北海道でこれまで行なってきた蓄積を一度断ち切った。未知のことに挑戦する場合、経験が邪魔をすることもある。若山さんは駆け出しの頃のある光景を思い出した。
「先輩の杜氏たちが『切り返し(素手で米をほぐしかき混ぜる作業)』をすると、手が真っ赤になっていました。米が固くて手に突き刺さるからだと。でも僕は、切り返しでそうなった経験は一度もありません。この話を思い出して、腑に落ちたことがあります。酒づくりにおけるこの50年間は、溶ける米を扱う技術の集積だったんです。しかしそれ以前は、いまほど米を磨いていなかった。それだと溶けないし、麹もつくりにくい。当時の杜氏がどのようにやっていたか、歴史的事実をほどいていきました。洗い、もろみ、仕込み、水など、すべてを組み立て直していくと、まだまだできることがたくさんあったんです」
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槽搾り製法で用いられていた設備を活用した酒蔵BAR。
[宗像 寿限無]の意外性
[亀の尾]は、有名な米。「味はシャープさがあって力強い。呑兵衛が好きそうな味になりました。昔からあるということは、酒好きな人が残していったんだということがわかりますね。これまでの伊豆本店を代表するお酒なので、これを作ることにも意味があります」
[宗像]は夢一献という福岡特有の酒米を使った「純米」、山田錦を使った「特別純米」、寿限無を使った「特別純米」の3種類。
「夢一献は、溶けないなりに味が出て、バランス型です。女性の方や普段あまり日本酒を飲まない方が飲みやすい、華やかな香りでなめらかな味わいです」
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[宗像]という銘柄で、3種類の酒米を使用。今後、磨き違いなども発売を予定している。
おもしろかったのが寿限無だ。山田錦と夢一献をかけ合わせた、福岡オリジナルの酒米である。
「4種類の中で一番の問題児でした。お米の姿からもう違和感しかない。インディカ米とは言わないまでも、すごく細いんです。浸水させたら、割れたりすることもよくあるんですけど、寿限無はパンッと弾けるように粉々になったんです。経験上、そういうお米はお酒に醸してもロクなことがない(笑)」
しかし、予想を裏切る展開をみせる。
「蒸した米を食べてみたら、4本の中で一番感じたことのない甘さが出ていたんです。絞ってみたら、化けました。香りも素直に出て、ちょっとびっくりしたんですよ。あと伊豆本店という場所とすごく相性がいいのかもしれない。ここの水はちょっと特徴があって、特にもろみ後半の酵母が弱る頃に活性する。ちょっと弱いかなと思っても後半引っ張っていく力がある。最初の出会いは最悪だけど、後になればなるほど好きになっていくみたいな。寿限無に出会えて良かったなと思います」
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酒蔵BARでは、昔ながらの建具や梁を眺めながら、4種類の試飲セットも楽しめる。
土地の記憶を継承する
伊豆本店は福岡県宗像市にある。だから「宗像」という商品名に込めた気持ちは大きい。伊豆本店の酒を継承するにあたって大切なことがある。
「宗像市の武丸という土地で酒を醸す意味を、絶対に無視してはいけません。この周囲を少し回ってみると、すぐそこに氏神様がいたり宗像大社の神様がいたり、蔵の裏に森があってそこに祠が7つあります。限られた時間であっても、そうしたことから感じたことを自分に落としていく作業はすごく大切だと思います。これまでと違う味を作ったとしても、土地性をきちんと理解して受け止めた人間が作ればブランドは継承されると思います。伊豆本店自体は変わらないんですよね」
茅乃舎だしの原点[御料理 茅乃舎]とのつながり
実は、久原本家グループの河邉哲司社長の母親の実家が伊豆本店の出身であり、約30年前、河邉社長がこの蔵の茅葺き屋根の葺き替えを見たことが、後に[御料理 茅乃舎]という茅葺き屋根の料理屋を作るきっかけになった。伊豆本店は久原本家の心の原点といえるのだ。
明治26年創業の小さな醤油蔵からはじまった久原本家グループ。「御料理 茅乃舎」は2005年に開業し、2025年、約半年間休業して茅を葺き替えた。西日本最大級といわれる茅葺きは、総量80トン、90平米。福岡市街地から車で30分ほどの久山町の山あいにあり、周囲の自然と馴染み、日本の美しい原風景を見せてくれる。
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茅を葺き替え、美しくやわらかいカーブと光沢を描いている[御料理 茅乃舎]。これも食体験の一部。
実はコースのメイン料理として供されていた「十穀鍋」を食べたお客さんから「家でも同じ味をつくりたい」という声があった。それがいまや全国で人気になった「茅乃舎だし」誕生のきっかけだ。
コースのなかには、必ず「路代おばあちゃんの逸品」という料理がある。長野路代さんは、地元食材を使った加工品づくりに取り組んでいる94歳のおばあちゃん。「御料理 茅乃舎」は長野おばあちゃんを師として、伝統的な料理を受け継いでいる。
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どのコースにもメイン料理として含まれる代表作「十穀鍋」。
伝統と地域をかけ合わせた滋味あふれる料理は、この場所にわざわざ行ってこそ食べる価値があるものだ。
福岡や久山町にルーツをもつ久原本家グループは、そこにある伝統的な食や文化を広げていく役割を担っている。それが今回は日本酒であり、茅葺きだ。その地域だからこそあるものを大切にする気持ちは、全国規模になっても、グローバルになっても変わらない。
伊豆本店
福岡県宗像市武丸1060番地
10:00〜18:00
不定休
0940-32-3001
https://www.kubara.jp/izuhonten/
https://www.instagram.com/izuhonten.munakata/
https://note.com/izu_munakataText by Tomohiro Okusa(文 大草朋宏)