連載「東京農民図鑑」File00_波平雪乃

はじめまして。東京農民です!


今回からスタートする連載企画「東京農民図鑑」。本企画は東京都あきる野市で田畑をしている私、波平雪乃が、東京にいながらにして農ある暮らしを送る「東京農民」をファイリングしていく連載企画です。
生活の土台に文字通り「土」のある彼らの日常では、どんなことが起こっているのか? さまざまなライフスタイルの農民へのインタビューを通して、現代人にとっての食べることや暮らすことの原点をみつめてみる、ニッチでプリミティブな連載になればと思っています。

「東京農民」ってなんだ?

まずはじめに、「東京農民」ってなんなのか、ということをお話ししなければなりませんね。

東京農民とは、私が農の沼にどっぷりとハマってしまったとき、知人に名付けてもらった造語です。まだ私が畑をしはじめたころ、「農業が楽しいんです!」という話をしながらも、どこか「業」という一文字に突っかかる感覚があったり、「農家になるの?」と聞かれても、野菜を売りたいわけではないしなあ…とはっきりした回答ができなかった自分がいました。そんな中、言われてハッとしたのが「雪乃ちゃんがなりたいのは、農家じゃなくて、農民なのかもね」という言葉。ほほ〜なるほど、それかも! 職業にするかどうかの前に、田畑と繋がった暮らしができればいいのだ!と、私の中で勝手に腑に落ちたワードでした。そのときから「東京でさまざまなことをしながら、生活の中で畑や田んぼを楽しんでいる人」という広義の意味で自分のことを「東京農民」と名乗るようになりました。 

農ある暮らし。東京だからこそ多種多様?

そんな違和感から生まれた個人的なワードでしたが、その後いろんな方と出会いお話する中で、東京農民と呼べる人は実は私だけでなくたくさんいるんじゃないか、ということに気づきはじめました。私と同じように東京の田舎の方で田畑を借りている人もそうですし、都心であっても市民農園を借りている場合だったり、庭先の一画だったり、もしかしたらベランダ菜園であっても、農が暮らしと一体にある「農民」的マインドの人もいるかもしれません。
作物を育て、世の中に届けることで対価をもらうプロの「農家」さんとはまた違う、田畑との関わり方。農から一番縁遠いような東京でも、いや、そんな東京だからこそ、まだ何にもカテゴライズされていない、農と人との自由な関わり方があるように思うのです。 

だからこそ、そんな東京農民のことをもっと知ってみたい! と、今回さまざまな方へインタビューしてみることにしました。

その初回として、まずは私のことを自己紹介させていただきたいと思います。思い出すとお伝えしたいことがいっぱいで少し長くなりますが、よろしければ最後までお付き合いください。

東京農民File00_波平雪乃

名前:波平雪乃(30
職業:アルバイト(これから自営業)
住まい:東京都青梅市/愛知県出身
農民暦:あきる野で7年と、青梅で2
通園スタイル:週に3日程度、車で
田畑の広さ:あきる野に1畝(30坪)ほどの自然農*の田畑。青梅に自家製醤油用の大豆畑を少し。
農民タイプ:趣味以上、自給自足未満
好きな野菜:人参
育て方:愛を持ってスパルタ!

*自然農無農薬・無肥料を基本に、耕さず、水をやらず、草や虫を敵としないで作物を育てる、いろんな生命と共生する農のありかたのこと。奈良の川口由一さんが提唱。

まず私のライフスタイルはというと、時間で区切るとこんな感じでしょうか。

①自分用の田んぼと畑のお世話…週3
②「おおば自然農園」の活動…月に1日ほど
③「暮らしの料理」の夫婦活動…週に12
④アルバイト…週34

3年ほど前から東京の山側にある青梅市に住み、肩書きに困るような活動をしながら暮らしている私(笑)。自然豊かなこの地で、尊敬する植木屋さんのもとでアルバイトに入らせてもらいつつ、週3日くらいは畑のことをやる、というのがここ数年のスタイルとなっています。よくどうやって生活してるの? と、聞かれることも多いのですが、自分の中で一番大事なのは自然のことを体で学ぶ時間。なので、その時間を確保できることを第一にしながら、田んぼでは「おおば自然農園」の名でお米作りの会や藁細工ワークショップを主催したり、「暮らしの料理」の屋号で料理人の夫と食のポップアップをしたり。少しずつ自分が農の時間を通して学んだ経験を、人にも伝えられるようになってきています。今はようやく店舗オープンを見据えて開業準備中。引き続き自然から生み出すものづくりに、熱中しているところです。 

左上から時計回りで①、②、③、④の活動風景 

はじまりは、クライアントさんからの田植えのお誘い

私が農に出会ったきっかけは、社会人になったばかりのころ。当時は表参道のデザイン事務所に入社し、都市的なセンスにアジャストできるようにと、キラキラギラギラした目線で日々を過ごしていました。そんな中、自然が好きなお姉さん的存在のクライアントさんとの出会いがあり、プライベートでもお世話になるように。ひょんな話から「今度田植えあるけどくる?」と誘っていただき、それが私の農の沼への入り口でした。 

今思えば、田植えの日はどんより雨。はたから見たら「気持ちよさそう」というより「雨の中どろどろになって大変ね」という状況だったのかもしれませんが、都心で嫌というほど情報を浴びる日々だったからか、ただ目の前のことに没入できる時間や、運動やスポーツともまた違う、手を動かした分だけちょっとずつ進んでいく感覚がこの上なく心地よくて。それも、竹串ほどの小さな苗を一本一本植えることが、「食べる」ことに繋がってるという当たり前のことに衝撃を受け、おもしろくておもしろくて、気づけばその土地に吸い寄せられるように毎月のように通っていました。

最初の2年くらいは、月一回くらいの電車通い。平日は表参道、休日の都合のつく日は「武蔵五日市」にある畑へと、東京を横断する暮らしを楽しんでいました。当時住んでいたのは西武新宿線の「井荻」駅や、中央線の通る「吉祥寺」。電車で片道1時間半くらいでしたが、その距離だってなんのその。ガタンゴトンとゆられながら、だんだんと増えていく緑と青い空に癒され、時には勤務前に始発で1時間だけ作業しに行くほど、すっかり畑の時間は私の一部になっていました。

もともと虫も野菜も嫌いな人間だった私が、それほどまでに畑に惹かれたのはどうしてなんだろう?と振り返ると、きっと自然はいつもブレずに素直だったから。昔から曲がったことは許さないぞ!という性格だったので(笑)、一本筋の通った生き物の世界に、私の生き方のお手本はここにあると、もうこの時には直感で気づいていたように思います。

はじめての田植えデビュー
当時の私。街も畑も行き来できる、ファッションアイテムを模索中。

おじさんのきゅうり1本で、農民ガチコースへ

そんな都会と畑のいいバランスを楽しんでいた当時の私ですが、一つ今につながる決定的だった出来事があります。それは茹る暑さの真夏日のこと。私が通う畑には、貸主であり、普段作物の面倒を見ていてくれている師匠のおじさんがいるのですが、その方が何気なく「食ってみる?」と、黄色がかったきゅうりを差し出してくれました。最初はきゅうりが黄色いなんて不気味だなーと思いながら「昔のきゅうりはね、“黄うり”できゅうり。黄色く熟してから食べていたんだよ。ちょっと皮むいて味噌つけてさ、一杯やるのがいいんだって。酒好きの日置さんもいってたよ」という師匠のためになる話も聞きながらパリッとひとかじり。作業後のぐったりと疲れた体に、きゅうりのみずみずしい水分とフルーツみたいな香りが脳天まで駆け抜けて、思ったのは美味しさより悔しさ。……え?何? このおじさんは(経済的に)働かずして、毎日こんなに体に染みるうまいもんを食べてるのか!! と。(ちなみに師匠の肌は女子高生くらいきめ細かい)

なんでもあると思っていた都心では到底出会えない味があることを知ってしまった私は、その“きゅうりショック”を受け、いろんなことを考えさせられました。
舌ではない、体全身が共鳴するようなおいしさがあること。それは、現代ではなかなかお金では得られないのだということ。そういう野菜を作る人が、どんどん減ってなくなる品種もたくさんあるということ。命のあるものを食べて、自分の命をまかなうということ。種を蒔いて一緒に季節を過ごして、最後は腹の中に入れる、そういう一連のプロセスがあるからこそ生まれる、心からの「いただきます」「ごちそうさま」があるということ。

その次の夏がくる前には「仕事をやめてみる」という決断をすることにしました。その後どうするか?は一旦脇に置いておいて、とにもかくにも、労働と生活が直結する、農という行為を、もっともっと自分の体で味わってみたい!と思ってしまったのです。

 人生を変えたきゅうりの品種は、地域で昔から作られてきた通称「昔きゅうり」

そう一念発起して、アルバイトをしながら(最初は失業手当をもらいながら)農生活に熱中するフェーズへ。最近何してるの?と聞かれると、「生活=生きる活動をしてるかな」と答えていた気がしますが、案外きちんと生活しようと思うとこちらもこちらで1日仕事(笑)。でも、都心に1時間かけて満員電車に揺られて出勤し、手はいつもPCのキーボードの上にあり、0時近くに帰宅してごはんを作って疲れ果てて寝るそういう会社員時代では得られなかったタイプの、疲労感や空腹感はものすごく本能的で、からだによいものでした。1日に太陽が登って沈むまでの空のうつろいだって、何年振りに見届けただろうか。自分の手、感性を使って、糧をダイレクトに得る納得感のある毎日に「生きてる〜〜」とたまらなく幸せでした。畑仕事の合間に食べる釜戸で炊いた自分の米や、畑仕事のあとのビールとお風呂といったら、最高そのもの。

畑で食べる昼ごはんは、自分で育てたお米と自家製梅干し。

愛すべき「ちびつよ」野菜。
畑から学んだ、生命感あふれる姿。

そんなこんなで深まっていく私の畑生活。ものすごく楽しい中にも、やはり壁にぶち当たるときもありました。農民として生きることはきまった。でも、これから私、どうするのがいいんだろう?と。

先にもお伝えしたとおり、私の日々の過ごし方は、一般的にはあまり理解されないもの。農家見習いと言えればいいのですが、そういうわけでもない。自分の暮らしに満足はしているし、選んだ道には全く後悔していないけれど、やっぱり同級生が社会で活躍する姿をみると比べてしまうし、今の自分は理想ばかりで何も人のためになれていないじゃないかと、堂々とできない自分がいるのも事実だったりします。

けれども、そんなとき生き方のヒントをくれるのはやっぱり畑の野菜たち。
私は多様性のある世界が好きなので、雑草と一緒に育てる農法をとっているのですが、にぎやかな景色を楽しめる代わりに、そこで採れる野菜はとってもちびすけ。市場には出せないと言う意味では一般的には失敗になってしまうのかもしれませんが、でも見かけによらず、食べるとものすごく味も香りも強くて、その力強さには毎回サプライズを与えてくれます。そして、そんな小さな体にぎゅっとエネルギーがつまった野菜たちは、人にあげてみると案外かわいい!おいしい!もう一度食べたい!と好評で。彼らのことを私は「ちびつよ」野菜と、愛着を持って呼んでいます。 

私が1番気にかけている、お気に入りのちびつよ人参。

そんな、社会の良し悪しなんて関係なしに、雑草の中で生き抜いたちびつよ野菜たちの、素直な個性と生命感。
私の今後の目標は、農民として人のお役に立つこと。ですが、「ちびつよ」野菜のように他人のものさしに左右されず、ちっちゃくてもたくましく。固い土でもじわじわと根っこを張って道をこじ開けながら、自分の人生を全うしたいなと思います。その結果、引っこ抜いてみたら案外かわいかった!となっていたらラッキーですよね◎

おまけ:野菜だけじゃない、自然素材のものづくり。 

地域でゲットしたアケビのつるで収穫かごを編んだり
米づくりの副産物、稲藁から箒を作ったり
育てた大豆を使って、醤油のための麹を仕込んだり。自然由来のものづくりは飽きません。

以上。長くなりましたが、東京農民・波平雪乃の自己紹介でした。 

畑にどっぷりな暮らし方をしはじめてから、およそ5年目。畑を続けていくと、シェアできることも増えて、「久しぶりに土触って癒された!」とか「人生で大事なものに気づけた!」ともらう感想もさまざまですが、そういう人それぞれの感性が現れるのも農の楽しいところです。

クリエイターにとっては総合芸術でもあり、料理人にとっては長い仕込みでもあり、人事担当の方にとってはさまざまな植物を適材適所に配置する人事そのものなようでもあって。もし同じ種と土地を渡されても、そこで作る景色はきっと三者三様。正解がないからこそ、自分が何をよしとするかという哲学が現れるから、面白いです。畑で出会うそれぞれの哲学を、今後の取材でもみなさんにお伺いできればと思っています。

次回以降は、私の出会ったさまざまなライフスタイルの「東京農民」に取材をしていきます。東京で農する人は、どんな日常を送っているのか。ぜひ一緒にお楽しみいただけたら幸いです!

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