東洋製罐グループ × 辻調理師専門学校

ジビエ缶詰が拓く未来の食とは?


RiCE.pressRiCE.press  / Apr 18, 2026

パカン!という小気味よい音を立てて缶詰の蓋を開けると、爽やかな柑橘の香りが立ち上り、クリアながら肉のコクが溶け込んだソースと鹿肉が現れる。ひと口頬ばると、凝縮された旨みをもつ鹿肉がほろりとほどけ、硬いはずの筋はぷるんとしたゼラチン状となりリッチな食感をもたらす。従来の「臭い・硬い」というジビエに対するネガティブな要素はまったくない。この缶詰の名は、「柑橘香る鹿肉と大豆のコンフィ」。2025年12月に東洋製罐グループホールディングス株式会社が、辻調理師専門学校と(一社)日本ジビエ振興協会と共同で発表した、「+GIBIER(プラスジビエ)プロジェクト」の一環である「長野のジビエ三種缶」のひとつだ。

「すね肉は、もっとも手間を要する部位。丹念な下処理と長時間の煮込みを経て、ようやく一皿の料理になります。それが筋も取らずにカットしてレトルトにするだけで、抜群に柔らかくおいしく仕上がりました。今までの常識が覆され驚きました」と、料理人の視点からレトルト技術の可能性を明かすのは、辻調理師専門学校 東京 西洋料理担当の秋元真一郎教授だ。フランス料理が専門の秋元教授は、2021年から始まった東洋製罐グループと調理師専門学校による、食を通した社会課題解決に向けた共同プロジェクトに当初から参画。それ以前より国のジビエ振興にも携わり、安全で美味しいジビエを広めるために様々な活動をしているジビエのスペシャリストでもある。

右/辻調理師専門学校 東京 調理グループ西洋料理 秋元真一郎教授。ラボ機能を兼ね備えた辻調理師専門学校にて30年教鞭をとる。ジビエをこよなく愛するがゆえに、安全に人々の口に運ばれるよう、国のジビエ振興の一環で料理人向けのセミナー講師を務めるなど、ジビエの利用拡大に奔走してきた。柔軟な発想で共創プロジェクトに取り組み、今回の「+GIBIERプロジェクト」を牽引。左/東洋製罐グループホールディングス株式会社 イノベーション推進室長 三木逸平さん。缶やびん、ペットボトルなど暮らしに欠かせない容器を製造・販売する100年企業の東洋製罐グループにて、2019年にイノベーション推進室を立ち上げる。オープンイノベーションプロジェクトを牽引し、ジビエ缶の他にも、異業種との共創によりワクワクする新規プロダクトを創出している。

画期的なジビエ缶が誕生した背景には、昨今深刻化する鳥獣被害問題が横たわっている。「現在、有害鳥獣として捕獲されるシカやイノシシなどの約9割が廃棄されていますが、食肉利用の際にネックになるのは流通です。その点、レトルト技術を活用すれば常温で長期保存が可能。自治体や処理施設から問い合わせが増えています」とプロジェクト担当の東洋製罐グループホールディングス・イノベーション推進室長の三木逸平さんは、実情を語る。一般的に「レトルト」といえば、カレーやパスタソースなど、プラスチックやアルミ箔のパウチでパッケージされた食品が思い浮かぶ。しかし本来、レトルトとは常温流通のために高温で加圧加熱殺菌する物理的な加工プロセスそのものを指す。その加工プロセスは身近な調理道具にたとえると、「圧力鍋」に近い。「圧力鍋との一番の違いはヘッドスペースの有無です」と三木さん。「たとえば肉を圧力鍋に長時間かけると水分が抜け、肉汁も外に出てしまいがちです。でも、食材を缶やパウチなどの真空包装で密封すると、水分が食材に留まる上に、一度外に出た肉汁が再び肉に戻りやすくなりおいしくなるんです」。レトルト釜という「巨大な圧力鍋」の中で起きる物理現象が、鹿のすね肉を極上の食材に変えたのだ。

レストランクオリティを目指したジビエ缶、「柑橘香る鹿肉と大豆のコンフィ」。長野県産の鹿すね肉に大豆を加え、レモンや山椒がアクセントに。

しかし、おいしさの原理を科学的に解明できていても、レストランクオリティの缶詰を作るのはまた別の話。そもそも、なぜ、この両者がタッグを組んだのか? その出会いは2020年から始まった宇宙食の共同開発プロジェクトだ。食品加工の技術と料理人の技術を掛け合わせることで、お互いの可能性が広がることを実感した両社は、その後、食を通した社会課題解決に向けて歩みを共にし、2024年9月には「+Recipe(プラスレシピ)プロジェクト」を発表した。これは、飲食店が抱えるフードロスと人材不足の課題解決をにらみ、食材別に最適な状態でレトルト加工したものを、「モジュール」(料理の構成要素)として捉える試みだ。通常の業務用食材とは異なり、パーツ毎に組み合わせることを前提にレトルトしているため、料理人は自分流の料理に仕上げるために存分に腕を振るう余地が残されている。

厚労省によるジビエのガイドラインでは「中心部の温度が摂氏 75 度で 1 分間以上又はこれと同等以上の効力を有する方法により、十分加熱して喫食すること」と示されている。安全に美味しくジビエを調理するためのノウハウを学ぶセミナーなども行われている。

この共創は、「今までお互いが交わらずに食に関わっていたのが不思議なくらい」(三木さん)、両者にパラダイムシフトをもたらした。三木さんは従来の「シェフ監修レトルト」と、秋元教授らとの「共創レトルト」には、似て非なる決定的な違いがあると語る。「今までは私たちがシェフの味を“再現”しようとする作業でした。しかし、秋元先生はレトルト技術の利点を理解し、新たな調理技術として使いこなせるようレトルト向けのレシピを開発してくださった。これは全く別物です」

「しょせんレトルト」から「レトルトだからできた」へ。――教え子たちを送り出す立場の秋元教授は「いつかレストランの厨房に、食材の下処理と長期保存を可能にするレトルト釜が置かれたら面白くなりますよ。再びコロナ禍のような事態に見舞われフードロス問題が起きやすい状況に陥ったとしても、レトルトで解決できるかもしれません」と料理界の未来に思いを馳せる。レトルト技術がジビエを、そして料理界のインフラをアップデートする日が近づいている。

「長野のジビエ三種缶」は、他にも「鹿肉とトマトの猟師風煮込み」「鹿肉の清酒煮」の2種類があり、コンフィを合わせて計3種類1セットで、「Makuake」にて販売された。残念ながら販売はすでに終了しているが、今後の再販に期待したい。

Photo by Yuki Nasuno (写真 那須野友IG @yuki_nasuno
Text by Naoko Asai(文 浅井直子)IG @asai_naoko

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