連載「名店のシグナル〜 一段上の食べ歩き論 〜」#4
レンゲを置き、丼を仰げ
体全体で食べることで知るスープの真価
読者のみなさんはラーメンが提供されたら、まず、最初にどうしますか? どこから、どう食べますか?(最近は写真を撮って……という方も多いだろうが)
「二郎」のようなラーメンなら野菜の山から手をつけるかもしれないが(ささやかなベジファースト!)、麺かスープか、どちらから「いく」かで派閥が分かれることだろう。かつて、「スープから飲むことを好まないお客様は当店の利用をご遠慮ください」という店もあったが、その店自身が表明するように、基本的には好みの問題である。もしくは、先の二郎の話のように、ラーメンの種類による、というのも一つの答えだろう。
私はといえば、まず「儀式」として丼に顔を寄せ、香りを十分に楽しむのだが、最初はスープからいただくことが多い。そしてスープを飲む流儀として、ほぼ(100%ではないが)レンゲを使わずに飲む。理由は簡単。そのほうが断然美味しいからだ。
![]()
レンゲは非常に身近で便利な食器ではあるが……
このレンゲを使わずに飲む行為を、本稿の便宜上『仰飲(ぎょういん)』と呼ぶことにしよう。そもそもレンゲは、丼を持つには重すぎたり、飲む加減が難しかったりする人や、スープを完飲するのではなく少しだけ味わいたいという人のために存在する。もしくは作法として、器に口をつけてスープを飲むのは下品だという意見もあるだろう。すべて一理ある。もともとラーメンとは……などと正論を振りかざすつもりもない。だが、美味しいスープこそ、丼ごと持ち上げズズズっとやるほうが圧倒的に美味しい。ぜひ試してほしい、というのが私の意見だ。
私が「最初にラーメンの香りを嗅ぐ」と書いたのは、丼を顔で覆うようにすれば香りが籠もり、鼻腔に充満することでより濃密に味わえるからだ。ラーメンの丼については、また別の機会にたっぷりと語りたいが、その効果を生むために(間口の狭い)切り立った丼を使うような店が多くなったほどである。つまり、スープを丼から直接飲むことで、そのリッチな香りを、スープを啜るたびに堪能できるのである。ラーメン店に入ったときに漂う、あの素材由来の良い香りを独り占めできると言えば、大げさだろうか。
![]()
五感を使ってラーメンを体験する仰飲
また、ラーメンのスープは多層的な旨味や香りで構成されている。それを渾然一体として味わうのがラーメンの醍醐味だ。体全体ですすることで理解できるスープ(ラーメン)の真価、と言ってもいいかもしれない。どんな素材が使われているか、どんな製法かという情報も大切だが、ラーメン体験の本質は、トータルとしての一杯を堪能することにある。
すでに現場を引退されたが、「一条流がんこラーメン総本家」の家元を名乗った創業者・一条安雪さんは、レンゲについて「誰も味噌汁をスプーンやレンゲで飲む人はいないでしょう」と言っていた。自身のラーメンにレンゲを差し提供しながらも、仰飲を推奨していたのである。確かに、家元の複雑怪奇な魅力に溢れるラーメンは、レンゲで味見する程度に飲むより、グビグビっと仰飲するほうが遥かに美味しさを体感できる。この発言には、私も溜飲が下がる思いがした。
![]()
一条流がんこラーメン総本家のラーメン。レンゲはタレを足すときなどに活躍させる
試しに仰飲し、本当に美味しいと感じたなら、その行為と思いを直接店主に伝えてみるといい。多くの店主はきっと、「やっぱりそうですよね!」と相好を崩すに違いない。作り手と食べ手の思いが通じ合うことは実は稀で、それぞれがそれぞれの感じ方をするものだが、この行為は「手段としてのレンゲ」を置くことで、手間ひまかけたスープの真価、すなわち店主の思いを真っ向から受け取っていると言えるのではないか。
ただ、味を阻害するとも言われがちなレンゲについても弁護しておこう。レンゲには多岐にわたる用途がある。ラーメンのスープは多層的だと書いたが、トッピングや薬味から染み出た美味しさがスープに混ざりきる前にひとすくいするには、レンゲは有効だ。また、表面の油が多いときに、それを避けてスープを味わう際にもレンゲは活躍する。その他にも、具を拾ったり、スープをご飯にかけたり、(子供のために)スープを冷ましたりと、様々な活用法がある。ときには、盛り付けの一部として機能することもある(画像参照)。
![]()
海苔が飛ばないように、スープに浸されないように、など工夫されたレンゲの使い方
すなわち、レンゲはラーメン店にとって必須のアイテムであることは間違いない。おっと、大きな声では言えないが、衛生面でお世辞にも「きれい」とはいえない丼だったときや、とても直接飲むには適さない芸術的な?丼なら……確かにレンゲでスープを飲むべきかもしれない。
ここまで読んでくれた熱心な方は、できれば自分の好きな、何度か食べている店で仰飲を試してほしい。そこで感じた違いがあったとしたら、それをまた機会があるごとに楽しんでほしいのだ。道具を捨て、「作法」ではなく、本能に従う「食法」としての仰飲は、すでに知っているラーメンの美味しさをよりさらに美味しいものにしてくれるだろう。私は約束する。

- ラーマン考古学者 / Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
note.com/takashi_w/
instagram.com/acidnabe/<