【特別対談連載】“ライス”と“ライフ”のあわいで。

#2 toe柏倉隆史×表面張力 加藤伊織


RiCE.pressRiCE.press  / Oct 7, 2025

RICE or LIFE?

今年で結成25年を迎えるポストロックバンド「toe」。大きな節目の記念に、10月25日には過去最大規模となる単独公演〈結成25周年記念特別公演 “For You, Someone Like Me”「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る。」〉が東京・両国国技館で開催される。

レーベルに所属せず、メンバー4人それぞれが別の仕事を持ちながらも純粋に音楽を追求してきたtoe。その歩みは、生活のための「ライスワーク」と、人生を賭けた「ライフワーク」の間で揺れながらも、自分のスタイルを貫く食の世界の表現者たちとも重なる。

全3回シリーズの2回目となる対談に登場するのは、toeのドラマー・柏倉隆史さんと、学芸大学のカレー店[表面張力]の店主・加藤伊織さん。実は柏倉さんも趣味でスパイスカレーを作るほどの愛好家。音楽とカレー、異なるようでどこか似通う二つの表現をめぐり、二人が語り合った。

(上)柏倉隆史 /toe ドラマー。DAMAGE、REACHを経て、2000年にtoeを結成。並行して、さまざまなアーティストのサポートミュージシャンとしても活躍。カレーやコーヒー作りにも深い関心を持つ。(下)加藤伊織間借りやイベント、キッチンカーでの出店を経て、2024年に学芸大学に「表面張力」をオープン。インド・ゴア地方の料理を提供し人気を博している。

音楽も料理も日々の積み重ねがそのまま音や味に出る。

ーー 今回が初めて顔を合わせるお二人。まずは対談前にカレーを召し上がっていただきました。加藤さん、今日作っていただいたカレーを教えてください。

加藤 前菜が「いちじくのパコラ」「じゃがいもと新玉ねぎのサブジ」「焼き茄子とエリンギのチャトニ」の3種類。メインが「朝採れゴーヤのビンダルー」と「ポークシャクティカレー」です。

柏倉 めちゃくちゃおいしかったです。ビンダルーはビネガーの甘酸っぱさとゴーヤの苦味がマッチして初めて食べた味わいでした。前菜もレモンをかけるとまた味が変わって楽しめるのもいいですね。作っている様子を拝見していて、日々の探求の積み重ねでこの味が生まれているのが伝わってきました。

加藤 ありがとうございます!大好きなバンドのメンバーの方に、そんな風におっしゃっていただけてうれしいです。ビンダルーに使用しているゴーヤは店前の菜園で育てているものなんですよ。

柏倉 「毎日通える食堂のようなお店にしたい」と話されていましたが、素材の使い方やカレーへの向き合い方はきっと日々悩まれていますよね。僕自身もドラムを叩くときに同じような感覚があって、積み重ねや試行錯誤がそのまま音に表れる。だから、料理と音楽には共通する部分があるなと感じました。加藤さんは、どうしてカレーを始めたんですか?

加藤 南米を旅していた時にペルーのゲストハウスでキッチンをシェアしていたのですが、ある日本人の方が「今日はインドからスパイスをたくさん持ってきたから、カレーを作ろう」と言い出したんです。面白そうだと思って、みんなで料理教室のように作り方を学ぶ会になりました。

カレーは時間差でホールスパイスを入れてテンパリングをしますよね。その香りの変化が何段階もあって、面白いと感じました。「カレーって作っている人が一番楽しめる料理なんだ」と思ったんです。過程を楽しめることが、自分にとって苦にならなかった。そこがカレー作りを始めたきっかけです。自分もギターをやったことはありましたが、練習の過程が苦痛に感じて続きませんでした。カレーはその逆で、プロセス自体が楽しいと思えたんです。

ーー 柏倉さんもカレーを作っているそうですね。今日は本もたくさん持ってきてくださっていますが、作り始めたきっかけは何だったんですか?

柏倉 コロナですべてが止まってしまった時期に「何かややこしいことをやってみたいな」と思ったんです(笑)。時間を潰す方法を探していて、そば打ちもいいけれど……、ふと「スパイスカレーを作ってみよう!」と思いついたんです。

それまで特別スパイスカレーをよく食べていたわけではないのですが、本を買って夜な夜な作るようになりました。その頃は「孤独のカレー」と呼んでいました(笑)。というのも、僕は家族と別に暮らしていて、食べるのは自分だけ。だからおいしいのかまずいのかも分からない。でも、その曖昧さや試行錯誤が面白くて、ひとりで作り続けていましたね。

ーー ミュージシャンなど、クリエイターの方でスパイスカレーにハマる人は多いですよね。スパイスの調合は、ある種の自己表現につながっているのではないかと思います。

柏倉 たしかにミュージシャンでカレーにハマっている人、僕のまわりでも結構いますね。

加藤 そういう面も音楽と共通する部分かなと思って。スパイスを調合する時、僕もちょっと「ダブっぽいな」と思ったりしますし(笑)。

ーー 先ほど柏倉さんもおっしゃっていましたが、カレーは毎日作りながら少しずつ調整しているんですか?

加藤 同じカレーを何度も作って、反復する中で少しずつ変化させていく。昨日とどこが違うのかを試しながら、アップデートしていくのが好きなんです。

柏倉 食べてみて、本当にそうなんだろうなと思いました。何か軸になるものを決めて、その中で少しずつ変えていく感じなんですか?

加藤 そうですね。まず制約をつくって、その中で足したり引いたりしています。たとえばその日の気温や湿度によって「少し酸味を加えたほうがいいかな」とか。自分ではおいしいと思っていても、お客さんはどう感じるか分からない。そんなふうに日々実験しながら、お客さんとのコミュニケーションを重ねている感覚です。

柏倉 ギタリストもそうですよね。つまみをちょっといじったり、エフェクターをひとつかましたりするのって、普段は入れないスパイスを足すような感じで。だからミュージシャンは余計にハマっちゃうんだと思います。昨日より今日のカレーの方がおいしい、今日の音の方がいい──その「なんでだろう?」っていう感じがすごく似てますね。

ドラマーとしての自己表現とドラマーとして生きることの追求。

ーー 加藤さんのカレーは、初めて食べる方から「かなりエッジが効いている」と言われることが多いと伺いました。ご自身が追求したいその“エッジ”と、お客さんのニーズに合わせる部分との間で葛藤はありませんでしたか? それとも、自分の信じる味を貫いてこられたのでしょうか?

加藤 葛藤はありましたね。「ごまかしている」というと語弊がありますが、カレーは嗜好品なので好みが大きく分かれるんです。だから僕は、最初に口にするもの──たとえばお米や前菜には特にこだわっています。

最初にお出しする3つの前菜は、うちに来て最初に口にする料理です。だからこそ「誰が食べてもおいしい」と思えるものを出すようにしています。その上で、カレーは自分がおいしいと思う味を食べてもらう。もちろん前菜も自分でおいしいと思っていますが、西洋の調理法を取り入れているので受け入れやすい味になっているかと思います。だから、前菜は必ず出しているんです。柏倉さんは、toeとして自分たちがやりたい音楽と、お客さんに求められる音楽との間で、葛藤を感じたことはありますか?

柏倉 基本的にtoeでやっていることは、僕にとっては自己表現そのものなんです。メンバーの中で「職業はドラマー」という形なのは僕だけで、最初はとにかく自己表現をしたくてtoeをやっていました。

でもドラマーとして仕事をいただくと、そこに僕の自己表現は必要ない。若い頃は「なぜ自分を認めてもらえないんだろう」とエゴで戦っていましたが、最近はそういう気持ちはなくなり、むしろお客さんや相手に喜んでもらうために自分のできることをやりたい、という考えに変わってきました。

その結果、toeでも「ただの自己表現」ではなく、「来てくれるお客さんにどう喜んでもらえるか」を考えるようになったんです。今はそこで折り合いがついていますが、若い頃はかなり葛藤していましたね。

ーー toeは多くの人に聴かれていて、フジロックに出演したり、野音も埋めるほど人気がありますよね。それだけの支持があるのに、「もっと広げてビジネスにしていこう」という方向に進まなかったのが不思議なんです。

柏倉 やっぱりメンバー全員、そういうビジネス的なやり方は好きじゃなかったんだと思います。純粋にバンドをやりたいという気持ちが強かった。バンドをビジネスとしてやるなら「こういうことをしなきゃいけない」という型がありますよね。たとえばプロモーションの仕方やCDの売り方、アルバムを作ったら全国ツアーに回る、といった流れ。でもtoeは、そういう場所ではなかったんです。

僕自身は「バンドでご飯を食べたい」「生業にしたい」という思いが一番強くて、メンバーにそれを求めたこともありました。でも「それは違うよね」って。だから僕はtoe以外にもバンドをいくつかやっていて、実際にメジャーデビューしたこともありました。ただ今になって思えば、toeを無理にビジネスにしなくてよかったと思っています。結果的に、toeはライフワークのような存在になっていますね。

加藤 toeで叩く時と、サポートで叩く時のスタイルはあまり変わらない印象がありますが、メンタル的にはどうなんでしょうか?

柏倉 サポートの時は、より“ドラマー”に徹している気がします。歌を引き立てることが第一で、ドラムで自分を表現するというよりは、その曲をどうおいしく仕上げるかを考える。料理で言えば、お肉を切る担当や焼く担当のように、自分の役割に徹する感覚です。仕事としてのドラムは、「ドラマーとして生きることの追求」なんだと思います。

ーー これまで本当にたくさんライブをされていますが、毎回新鮮な気持ちで臨んでいるんですか? その都度、緊張感もあるのでしょうか?

柏倉 そうですね。でも年齢を重ねるにつれて、ライブに向かうのがしんどくなってきたというか、怖さを感じるようになりました。若い頃は無敵ではないけれど「なんでもやってやる」と思えていて、成功のイメージしかなかった。でも失敗の経験も積んでいくと、「自分はどこに向かっているんだろう」と迷うことも出てきて。ライブに臨む怖さは若い頃より増していると思います。体が急に動かなくなる自分を知っているからこそ、ライブ前は過ごし方を調整しています。お酒を控えるとか、日々の積み重ねで怖さを少しずつ小さくする作業をしているんです。「今の自分はこういう状況だから、このライブに立ち向かえる」と思えるように、自分を整えている感じですね。若い頃はただ「やりたい!」という気持ちだけでしたが、今は「期待に応えられなかったらどうしよう」といった思いも拾ってしまう。でもその分、一本一本のライブが真剣勝負だと感じています。

ーー 毎回同じことをしているように見えても、実際は全然違うんですね。

柏倉 加藤さんのカレーと同じで、常に構築し続けている感覚です。その時々の手癖のようなものもあるので、「今はこのフレーズ感ならスネアの音を少し変えてみよう」とか、「前回のラインと比べてどうか」を確かめたりしながら、常に“今一番いい”と思えるものにアップデートしています。

加藤 このお店の場合、気温や気候にすごく左右されるんです。寒い日だとカレーがすぐ冷めてしまったり、その日の環境によって味の感じ方も変わります。カウンターの店なので、カレーやBGM、そしてお客さん──すべての条件がぴったりハマると、店全体が“出港”するような感覚になるんです。アナザーディメンションに行っちゃうような(笑)。その頻度をどう高めていくかが課題で、長年続けてパターンを掴んでいくしかないと思っています。まだ2年目なので、パズルのピースが完全には見えていない状態ですね。

柏倉 ライブでも、すべてが“ガチッ”とハマる瞬間があります。演奏も良くて、お客さんのノリも良くて、本当に操られているような感覚になるんです。加藤さんがおっしゃっていたことに近いと思います。でも、逆にわからなくなっちゃうことってないんですか? カレーって何だっけみたいな(笑)。

加藤 あります(笑)。でも僕の場合、現地インドで教わったレシピをベースにしているので、そこからはぶれないようにしています。その“制約”を設けることで自分を守っているという感覚です。「これだけは守る」という基準があれば大丈夫だと思えるんです。

柏倉 僕も毎朝コーヒーを淹れるんですが、毎日飲んでいると「本当においしいのかな」と分からなくなるんです。自分で飲むだけならいいですが、お客さんに出す立場だと「分からない」では済まない。本当に大変だなと思います。

加藤 実店舗になってからは、空間づくりにもこだわるようになりました。カレーそのもの以外の要素でも「おいしい」と感じてもらえるように意識しています。言葉で説明できるのも強みですね。たとえば最初に出した副菜のチャトニは、食材の原型がないので残されてしまうこともあります。でも「何が入っているか」を最初に説明すると、食べておいしいと言ってもらえる確率がぐっと高まるんです。

柏倉 食べる側は、その素材を想像しますもんね。

加藤 なので分かりやすく伝えるようにはしています。ただ、その代わりに店内に張り紙は貼らないようにしているんです。言葉の情報が多いと理解しようとして脳が疲れてしまう。だから五感で感じてもらいたいなと。音楽も実態はないものですよね。

柏倉 空気の振動でしかないですからね。

加藤 それで聴く人の気持ちを変えられるって、すごいことだと思います。

柏倉 そうですね。生き方まで全部出てしまいますから。

加藤 無意識の部分がすべて出てしまう。ということは、その無意識を強化するためのインプットや経験は、普段から意識して吸収されているんですか?

柏倉 部屋にゴミが落ちていた時に、気にならないから放っておくのではなく、ちゃんと拾ってゴミ箱に捨てるとか。本が倒れていたらそのままにせず、元の場所に戻すとか。そういう小さな積み重ねが、結局ドラムに座った時にも表れると思うんです。だから、それができていない時は「今の自分は良くない」と気づいて、きちんと整えるようにしています。そうした積み重ねがすべてにつながっているのかなと。

加藤 自分が見ている世界ぐらいは綺麗であってほしい。自分もそう思ってカレーを作ったら、きっとおいしくなりますね。

柏倉 そうなんですよね。日々のことがすべて出てしまう。野菜を切るにしても、ドラムを一発叩くにしても、同じことだと思います。

加藤 切り離せないし、必ず出てしまう。それが僕にとってのライフワークなんだと思います。快楽というか、「気持ちいい」と思えることのピースを一つひとつ見つけていくような感覚です。

柏倉 まさに、追求であり探求ですね。消化して、吸収して、表現できるようになるまでにはどうしても時間がかかる。一つのフレーズをライブで自然に出せるようになるには、日々の練習が欠かせません。その感覚はすごくよく分かります。

25周年イヤーを締めくくる両国国技館でのライブ

ーー toeはリリースのスパンも長いですよね。新しいものに向かうエネルギーは大変ではないですか?

柏倉 年々、大変になっていきますね。さっきも話しましたが、もう工程が分かってしまっているので、どれだけ大変かも分かっている。アルバムを一枚作るといっても、完成までの流れがすべて見えてしまうんです。「何月に出すなら、この時期までにこれをやらなきゃ」というように。でも25周年という節目を機に動けているので、今年はすごく楽しいですね。

ーー その25周年ライブは、どんなステージにしたいですか?

柏倉 25周年を締めくくるものであり、新しいスタートでもあります。これまでやってきたことのすべてを、その日に出し切りたい。そして70歳になっても、椅子の上から飛び降りられるくらいのフィジカルとメンタルを維持して、ドラマーとして活動を続けていけたらと思っています。

加藤 今日はありがとうございました。25周年ライブ楽しみにしています!

音楽とカレー、一見異なる営みの中に共通する「探求心」と「日々の積み重ね」。toeの25周年イヤーを締めくくるステージと、表面張力の日々の一皿。その先に広がる未来に、二人の言葉が重なって響いていた。

<LIVE>
toe 結成25周年記念特別公演
 “For You, Someone Like Me”
「この世界のどこかに居る、僕に似た君に贈る。」

開催概要
日程:2025年10月25日(土)
会場:東京・両国国技館
開場/開演:16:00開場/17:30開演
チケット:アリーナ指定席 ¥9,800 /枡席・指定席 ¥9,800 /2F指定席¥8,800
特設サイト: https://www.toe.st/25th/

toe公式サイト:https://www.toe.st
IG:@toe_music_official

<SHOP>
表面張力
住所:東京都目黒区鷹番1-3-4
営業時間: 11:30〜15:00(14:30 L.O)、18:00〜21:00(10:30 L.O)
店舗Instagramで営業日要確認
IG: @_hyomen_choryoku

Photo by Shouta Kikuchi(写真 菊地晶太) IG @shouta.kikuchi
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)IG @shingo.ak
Edit by Shunpei Narita(編集 成田峻平)
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