連載「じゃない方のたまご。ラーメンと固茹で玉子の幸福な関係」 #4

半熟味玉の誕生


Takashi WatanabeTakashi Watanabe  / Nov 12, 2025

時代は1992年、葛西に開店した[ちばき屋]によって変わっていく。黄身が半熟の味付け玉子の登場だ。店主、千葉憲二さんは和食出身で転身しラーメン屋となった。千葉さんの功績は、半熟味玉だけではなく、当然美味しいラーメンを世に提供したことなのだが、半熟味玉を象徴とした「トッピングの調理方法見直して美味しくする」という契機をつくったことでもある。

ラーメンは美味しい。スープも麺も素晴らしい。でも、トッピングにもっと職人の仕事を加えられるのではないか?

という疑問は、その後のチャーシューやメンマ、わんたん、薬味に至るディテールの見直しにつながっていったといっても過言ではない。その視点は、他業種(和食)からの転身であった点が大きく、それはラーメン自体が料理化するいくつかあるきっかけのひとつとなっただろう。例えば、この味玉の味付けも、単なるラーメンやチャーシューのタレではなく、専用の漬け汁を用意し、その味付けにもこだわりをみせた。

もう少し深く掘り下げてみたい。

半熟の味玉の半熟具合について。半熟と聞いて、「あのトロトロの黄身が流れ出すような!」と思った方は[ちばき屋]に関しては間違いだ。千葉さんが目指したのは、箸で割っても黄身がスープにすぐに流れ出てしまわない、ねっとりとした舌触りのゼリー状の黄身。これは、黄身自体の濃厚な旨味と食感を独立して味わってもらうための、和食職人らしい緻密な計算に基づいている。スープと混ざり合うのではなく、まず黄身そのものの味を楽しんでほしい、という意図があったと語っている。


[ちばき屋]のラーメン

しかし、その後、味玉は時代に求められるように、千葉さんの目指した繊細な表現から、トロトロばかりが注目される時代へと向かっていく。プリンもオムライスもふわとろがキーワードとなり、飲食店だけではなく、コンビニの商品もそれになぞらえた

ラーメンにおいて、『トロトロの味玉』を提供しはじめたのは1996年に開業し、こちらも大ブームなった[青葉(中野)]である。

青葉の特製中華そば

青葉は画期的な仕掛けを幾つかしたが、そのうちのひとつが特製トッピングの設定で、少しずつ各具が増され、見た目に訴えるメニューを提供したことだ。メニューは基本の中華そばとこの特製だけ(つけめんも同様)食べ手は必然的に特製に目がいく。時代は、ラーメンを(雑誌やテレビなどの)視覚的なメディアが取り上げる時代。より幅広い層に訴えかける手段としての特製は案の定ヒットした。むしろ、[青葉]といえば特製中華そばが基本のスタイルと錯覚するほどに。

そして、半熟の味玉は当然単品のトッピングではなく、特製を頼まないと乗らないものであった。つまり、チャーシューがもっと食べたい人にも味玉は乗ってくるのだ。そして、前述のようにメディアは[青葉]の特製トッピングの写真を掲載し、そこで見栄えを追求した結果、半分に割った状態で乗せ、黄身はトロトロの味玉となった。

東十条の[ひまわり]は固茹でと半熟が半玉ずつ乗る

つまり、半熟の定義は、

①[ちばき屋]が目指した固まった黄身と固まりきらない部分が半々の状態。
その後の視覚的訴求を意識した固まった白身とトロトロの黄身が半々の状態。

と変化していくのだった。そして、トロトロ度合いが半熟味玉の価値とイコールになっていく。千葉さんが目指した料理としての繊細こだわりではなく、ばえ、という価値観の変化によって、徐々にその姿を変えていってしまうことになる。

 

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