連載「2000年生まれの器好きが、器を巡って旅をする 響の日本うつわ見聞録」#4
正解のないものづくりの先に—[江戸木箸 大黒屋] 丸川徳人さんの職人哲学
響の日本うつわ見聞録。それは、2000年生まれの私、井上響が、全国各地で生み出される器の魅力や素晴らしいものづくりについて探求すべく旅をした記録。そこで出会う職人や作家の方々の知られざる哲学の記録。そこから日本が誇るべき器の未来を考えたいと思います!
今回は[江戸木箸 大黒屋]の丸川徳人さんへの取材記録です。東京都墨田区の東向島にある工房及びショップにお伺いしました。私と[大黒屋]の箸との出会いは大学時代。当時アルバイトしていたお店で取り扱いがあり、丸でも四角でもない、八角や五角の箸に衝撃を受けました。多角形の箸ということを意識して他の箸を探してみると、丸・四角・八角までは見つけることができますが、五角や七角の箸には中々出会いません。大学生の時から「いつか詳しくお話を聞いてみたい」と思っていたことが、今回実現しました。[大黒屋]の箸は、その人気と限られた生産量の関係で製造は数ヶ月待ち。器と同様、食事は欠かせない箸。今回の取材では、丸川さんの職人哲学に迫りました!
木の箸を作る、大黒屋とは
墨田区、葛飾区では大正時代ごろから木箸づくりが行われていたそうです。[大黒屋]の創業は昭和62年。創業者は竹田勝彦さんで、「江戸木箸」というブランドは平成11年に商標登録をされたとのこと。今回お話を伺った丸川さんは2代目にあたります。
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[大黒屋] 2代目の丸川徳人さん
大黒屋が作るのは、「木」の箸。他の箸の工芸品には竹箸や塗り箸があります。丸川さんは他の素材の箸と木箸の違いについて、竹箸の特徴はしなりがあって折れづらく、細くできる。塗り箸は軽く丈夫で、華やかに装飾できる、とした上で、木箸は形の変化をつけられることが強みだと言います。一般的によく見られる箸は、丸か四角の箸。[大黒屋]の木箸の特徴の一つは多角形であること。[大黒屋]の工房ショップに行けば、あなたの手に最適な箸を見つけることができるかもしれません!
「靴を買う時、どんなに格好良くても可愛くても、自分の足のサイズに合うものを買いますよね。手の大きさや厚さ、指の長さ、手の感覚に合わせて、ストレスなく心地良く使えるように変形できるのが木箸の強み。自分の手に合った箸を見つけて欲しい」
必要なのは、技術とベルトサンダーだけ?
機械製造では実現が難しく手で作るからこその良さは、1人の技術があれば200〜300種の箸づくりができること。機械の場合、この形のものをつくるにはそれ用の機械を準備しなければならない。つまり設備投資が必要になるところを、技術を持った職人が1人いて、木を削って箸を作るために必要なベルトサンダーさえあれば木箸作りが始められる、と丸川さんは言います。
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このベルトサンダーさえあれば木箸作りを始められると丸川さんは言う
大黒屋では、200〜300種類の箸を作っており、良い箸の選び方は、まさにその数多ある箸を持ち比べてみることだそうです。丸川さんに良い箸とはどんな箸か、と聞くと「値段の高い・低いとは関係なく、自分の手に合ったお箸」とのことです。箸は使うことで箸先がすり減っていきますが、木箸の場合、他の素材と違って修理ができることも強みで、大黒屋の場合1膳1,500円で修理してくださるそうです。
しかし、話を深めるほどに見えてきたのは、単なる技術論を超えた、[江戸木箸 大黒屋]の真の魅力、丸川徳人さんの2つの職人哲学でした。
職人哲学1. 今のものづくりが正解ではない
「今のものづくりが正解ではないと思えるかどうか。常に疑問を投じられるかどうか」
丸川さん曰く、「料理人の方がみじん切りを体で覚えるように、箸作りも体で覚えている」とのこと。つまり、感覚。この感覚(=技術)を身につけようとするには、飽くなき探究心・追求心が必要です。
「20代の頃は漠然と木箸の世界のてっぺんに行きたいって思っていました。24時間箸のことばっかり考えて、泊まり込んで一生懸命作っていました。妻に頼んで自宅の一室を漆部屋にして。本を買ってきて独学で木の種類や漆塗りの勉強もしました。サンプルを作っては家族に使ってもらって…。勉強して鍛錬を重ねると、例えば材木屋さんや、漆塗りの職人さんとお話をする時、専門用語がわかったりして、それが楽しい。この世界に入れたぞ!みたいな、どんどん好きになっていく感じ。もっともっと勉強していくと、今度は市場のことを知りたくなって、そういうのを続けていたら、いつの間にか商売にも繋がっていたんです」
その追求心の先に誕生したのが、七角形の箸作り。よく考えると、正七角形は存在しないじゃありませんか…!
「七角は、図で書けと言われても書けない。作り始めた時はある程度形を作り、ひたすら良いものになるように毎日削って作り続けて、その時の感覚を忘れないくらいに体に覚えさせている」
七角の箸作りはここ3年での挑戦だった、とのこと。丸川さんは職人になって20数年。江戸木箸 大黒屋の進化はまだまだ続きそうです。
職人哲学2. 人付き合いを大切にする
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工房ショップで箸について丁寧に説明する丸川さん
大量生産のものや過度なプロモーションで溢れ、ものの価値の判断が難しい時代。工芸の業界でも販売が伸び悩んでいる事業者が多くある中で、広告宣伝費はほぼかけずとも需要過多で生産が間に合っていないほどだという大黒屋の箸。
丸川さんは「大切なことは、人と人との付き合い。人のために行動するのが幸せだと感じる性格」と言います。「料理屋の大将が来た時、一生懸命[大黒屋]の箸についてお話をすると、箸はもちろんだけど人間性を見てもらえる。大将は私のことを信用してくれる。その大将が別の料理屋を紹介してくれる。自分の商売のためだけではなく、目の前の人を大切にしていれば、結果的に自分たちに返ってくる」
工房の真横にショップがあるのも、直接お客様とお話しすることに価値があると考えているそうで、時にはお客様と1時間、2時間とお話しをしていることもあるんだとか。そうやって人との付き合いを大切にしていると、その人がまた別のお客様を呼んでくれることがあるとのこと。実際私も、何度訪れても丁寧にお話をしてくださることもあり、仲間を連れて[大黒屋]へ訪問しました。
[大黒屋]の創業者の竹田勝彦さんは元々食器問屋の営業マン。 ”作ることだけ考えていれば良い” という価値観ではなく、”作ったら売る”ことを前提にものづくりをする、という点が、創業者の竹田さんから2代目の丸川さんに受け継がれている商売への考え方。[大黒屋]が人気な理由は、この精神にあると言えるでしょう。
最後に
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[大黒屋]の職人2人
今回の取材では丸川さんの職人哲学に迫りました。[大黒屋]のものづくりの原点には、より機能的で持ちやすい箸はどんな箸だろう?という正解や終わりのない問いと、その箸を使う人への思いがありました。一膳の箸を通じて、人と手仕事、人と食の豊かさを繋ぐ——そんな[大黒屋]の姿勢が、今も多くの人を惹きつけてやまない理由なのかもしれません。
実は今回、daruma.comのイベントの1つ、「#東京の伝統文化を知ろう!」の企画の一環で、通常工房見学は受け付けていないとのことですが、特別に大黒屋の工房見学をさせていただきました。改めまして、丸川さん、竹田さん、ありがとうございました!
日本全国に卸先がある大黒屋の箸ですが、最も品揃えが多いのはやはり工房ショップ。200種類を超える箸の中から自分の手に合う箸を見つけたい方は、ぜひお店へ足を運んでみてはいかがでしょうか!
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[江戸木箸 大黒屋]
〒131-0032 東京都墨田区東向島2丁目3-6
東武曳舟駅から徒歩3分
Googleマップ:https://maps.app.goo.gl/YkpwsZfTeVWkRZrV6
Instagram:@edokibashi
HP:https://www.edokibashi-daikokuya.com/
工芸・地域文化・観光の編集者。伝統工芸のコンサルティング会社にてストアマネージャー、インバウンド向けの旅行会社にて営業を経て独立。2000年生まれ。「器、茶、酒、旅。」がテーマの招待制イベント&フリーツアー『響縁』を不定期開催。日本の伝統文化をまなぶ、つながるコミュニティ『daruma.com』発起人。
IG @hibi.kino.ue|@daruma.com_japan