而今禾「今この時をどう生きるか」
小青柑とともに伊勢茶の可能性を広げるお茶づくり
小青柑というお茶を知っているだろうか。
未成熟の青いみかんの果実をくり抜き、その中にプ―アール茶を詰めてつくる中国茶で、
見た目もかわいらしく、柑橘の香りがふわりと広がる。
その“小青柑”を、日本でつくる茶農家がいる。
「伊勢小青柑」と名付けられたそれは、三重県亀山市にある工房[而今禾(Jikonka)]で生まれる。
[Jikonka]とは、衣・食・住を通して暮らしの豊かさと文化をつなげるブランド。1998年にスタートし、東京・世田谷と三重県・関宿にギャラリーと工房、宿泊施設を構える。
そしてその活動の一つとして、伊勢茶の可能性を広げるお茶づくりにも取り組む。
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亀山市の山間部には、全国でもここにしかない、台湾山茶をルーツにもつ樹齢を重ねた紅茶品種が残る。自然栽培で手入れされるこの茶畑で、発酵茶として新しい“伊勢茶“を提案するのが、ギャラリーオーナーでもあり、茶づくりを担う米田恭子さんだ。
三重県は古くから茶の産地であり、紅茶の一大産地としても知られてきた。柑橘類も豊富で、「ゆずは庭先にあるもの」と語られるほど身近な存在。[Jikonka]では、土地の恵みでもある“花ゆず”を小青柑づくりに用いる。
使うのは青ゆず。収穫は9月下旬。
香りがもっとも開き、皮が硬すぎず柔らかすぎず、その一瞬を狙う。
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くり抜きも茶葉を詰める工程も、すべて手作業。
2週間ほどの短い期間にまとめて作るため、大量生産は難しい。
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「作る過程は工芸に近く、一つ一つが作品なんです」と、米田さんは話す。
特に乾燥の工程は毎年改良を重ね、
“今年がいちばん良い”と思えるものに更新し続けている。
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このお茶の淹れ方は簡単だ。丸ごと1つを割りほぐし、熱湯で抽出する。
そして、何煎も楽しめる。
一煎目は、チャーミングなゆずの香りと甘さに、発酵茶特有のほのかな苦みがそっと寄り添う。
二煎目からは、ゆるやかに落ち着いていくゆずの香りに代わって果実感が際立ち、発酵茶そのものもより上品な味わいへと変わっていく。
煎を重ねるごとに、ゆずの風味と発酵茶のバランスは移ろい、それぞれの表情が静かに姿を変えていく。
今年でお茶づくりは11年目。
決して量を追わず“作品としての質”を守ることを大切にしている。
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三重県は急須産地・万古焼の地でもある。
しかし、お茶の楽しみ方が浸透しなければ、茶器も使われない。
だからこそ米田さんは、「淹れるところまで自分たちで提案したい」と語る。
日本人にとってお茶は当たり前にあるものだけれど、集中して腰を据えて味わう習慣はあまりない。だからこそ、[Jikonka]は、「お茶のある時間そのもの」を提案し、その価値をあらためて創造しようとしている。
本来、長いお茶の歴史をもつ三重県には、圧倒的なポテンシャルがある。けれど、伊勢茶の産地であるがゆえに、地元の人たちの間には「お茶はこういうもの」という既存イメージが強い。そのため、新たな視点でお茶を見るという感覚には、なかなか届きづらい。
だからこそ、ゆっくりじっくりとストーリーや歴史を紡ぎながら、
お茶の可能性を見せ、まわりを刺激し、一つのムーブメントを起こしていこうとしている。
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[Jikonka]では流通業者を介さず、生産者と消費者を直接つなぐ形で販売を行う。
消費者の声がダイレクトに届くことで、茶農家も自然と変わらざるを得ない。
その双方向の関係こそ、これからのお茶づくりひいてはモノづくりにおいて象徴的な流れになるのではと考えている。
中国や台湾でのギャラリー出店やお茶会で、米田さんは各地の茶農家を訪れてきた。
中でも、雲南省の古樹茶の茶農家の
「お茶は親であり、先祖であり、先生」
「お茶を作る・淹れることから人生のすべてを学ぶ」
という姿勢には、深い感銘を受けたという。
お茶をただの飲み物ではなく、“存在”として扱う。その哲学は、[Jikonka]が目指すお茶の姿と重なる。
茶農家は、その土地でしか表現できないものを生み出すアーティスト。
そしてその作品でもあるお茶は、丁寧に淹れられ、味わわれることで初めて受け取られ、完成する。
心を込めてつくられた作品は、鑑賞しながら楽しむのが筋だろう。一つのお茶と向き合う時間が実は、自分自身と向き合う時間なのかもしれない。
而今禾(Jikonka)
住所: 三重県亀山市関町中町596
IG: @Jikonka“伊勢小青柑”
自然栽培の茶葉を2年以上熟成させ、青ゆずにそっと詰め込んだ発酵茶。
熱湯を注ぎ30秒ほど抽出すると、柑橘の香りが豊かに広がる。
3個入り ¥2,940
販売先 nokNokノックノック
nokNok IG @nokNokPhoto by taro oota (写真 オオタタロウ) IG @taro_oota
Text by Terra Owen
Edit by Shingo Akuzawa (編集 阿久沢慎吾)