食べ物が環境を修復する―パタゴニアの食ビジネス

なぜ食が重要なのか? パタゴニアが挑む未開の領域『Unbroken Ground』


PromotionPromotion  / Feb 9, 2018

最初に告白しよう。僕は数十年来のパタゴニアユーザーなのだが、キャプリーンもフリースも10年以上同じものを着ているような、ビジネス貢献度の低いユーザーだ。そしてごめんなさい。いつもメールで届くパタゴニアからのお知らせは、主にセールの日時を確認するためにしか開いていない…。

だが2016年10月に届いたメールはひと味違った。試写会のお知らせだった。クリス・マロイの短編映画の上映会を店舗で開催すると書いてある。しかも「環境危機を解決するために、『食』がいかに重要な役割を果たすのか」についての映画だという。最後に「会場にてパタゴニア プロビジョンズ(以下PP)の食品をお試しいただく予定です」とある。え、パタゴニアが食べ物を作っている??そう、僕はそのメールも見落としていたのだった。これは行かねばならない。そして今度からパタゴニアからのDMはきちんと読まねばならない。僕はさっそく上映会の予約を入れた。

ところで、多くの日本人にとってprovisionsという単語の響きから『食料品』を連想することは難しい。PPとは、アウトドア・アパレル企業である米国のパタゴニアが新たに展開する食品事業である。僕らからは多少とっぴな動きに見えるが、実はパタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナードと妻のマリンダは、実は長いこと食に高い関心を持っていた。というのも彼らは、農業が環境危機の有効な解決策の一つになりうると考えてきたからだ。彼らによれば、食品産業は地球温暖化の大きな原因の一つであり、また現在広く食べられている食品の多くが生物多様性を損ない、土壌を劣化させ、気候変動を誘発しているのだという。つまり、古くはクリーンクライミングの提唱に始まり、ペットボトルからの再生フリースやオーガニックコットンへと受け継がれてきた、パタゴニアの高い環境意識から派生した新ビジネスなのだ。

食品は本来、地球の生態系の中で生産されるものだ。なのに現代の食品は、スーパーマーケットチェーンの需給サイクルというもう一つの「生態系」(英語でどちらもecosystemだ)に重きを置いて生産されてきた。パタゴニアが考えているのは、食料生産の軸足を再び地球の生態系の方に戻すことで、今までとは逆に、大地や水や大気を修復したり、野生生物を増やしたりできるのではないかというアイディアである。

▲ 『Unbroken Ground』上映に集まる人々
▲ 『Unbroken Ground (未開の領域)』

この映画『Unbroken Ground』(邦題は『未開の領域』)は、2016年12月22日にYouTubeで公開された。端的に言うと、映画は大変心動かされるものだった。30分に満たない上映時間の中で、PPの商品がヴィジョンと実践を非常に高レベルで融合させたものであることがよく理解できた。映画の内容でとても感心したことがある。僕たちは環境保護を考えるとき、だいたいは現在の失われてしまった自然環境を元に戻すことを考える。だが多くの場合、そのゴールが歴史上のどの時点の自然環境であるかについて、利害関係者が合意に達することはない。ところが現場では、その徒労ともいえる調整に多くの時間をかけている。その間にも環境は悪化しているのに。

だがPPは優れたキーワードを提示している。それは「リジェネレイティブ・アグリカルチャー」すなわち「環境再生型農業」だ。どの時点の自然環境かはおいといて、今失われたことが分かっている自然環境を、農業によって速やかに再生プロセスに誘導しようという発想だ。その具体例として、カーンザ・グレインと呼ばれる多年草を栽培する話が出てくる。

この草は小麦の代替作物として、未来予測で有名なランド研究所が開発した多年生の穀物である。これはウィートグラスという(スムージーに入っている、同名の小麦若葉のことではない)、北米の原っぱに普通に見られる草(学名をThinopyrum intermediumという)から、圃場選抜とかけあわせによって作出されたものだ。一年草である小麦は、年に一回耕作地を耕してまっさらな状態にしなければならないが、その際に風や降雨によって表土(土壌の肥沃性を担保するのは表土の役割だ)が大きく失われる。その上、耕転する時に土中に固定された二酸化炭素を大気中に放出してしまう。これらの欠点をすべて解決したのがカーンザ・グレインだ。多年生だから毎年耕す必要がないし、僕は写真しか見たことがないのだが、この草は土中深くに大変長い根を伸ばし、そこに二酸化炭素を固定する。味わいの面から言えば、まだおいしいパンにはなっていないものの、すでに『Long Root Ale』という名前のクラフトビールに用いられ、好評だという。

もう一つの例は、米国サウスダコタ州でアメリカバイソンの放牧を行い、グレートプレーンズ(ルビ:大平原)肥沃な土壌を復活させようとする畜牛生産者だ。アメリカバイソンの野生個体群はほぼ絶滅し、今は各地で再導入(リワイルディングと呼ばれる)が行われているが、食用という目的も含めリワイルディングをしているのはこの生産者くらいではあるまいか。この映画を観るまで僕は知らなかったが、バイソンは牛と違い、草を根こそぎ食べないのだそうだ。バイソンを彼らの生息地で粗放的に育てるという行為は、失われつつある大平原の土壌を再生するだけでなく、工業化の進んだ畜牛生産の代替手段にもなる。残念ながら検疫の問題で、バイソンを使ったPP商品は日本では展開していないが、アメリカに旅行することがあったらぜひ食べてみたい。

その他にも、ワシントン州のラミ島で行われている伝統的なサケ漁が、環境に対してローインパクトなだけでなく、野生サーモンの資源量増加にどのように関与しているかが描かれていた。このビジネスモデルでは、少なく獲ったサケの価値を最大化して(とはいえコモディティと呼べる価格で)販売することで、サケが遡上する川の環境まで保護することができているのだ。

▲ 乱獲せず環境にも配慮する方法。ファースト・ネーション(先住民)が何千年も続けていた漁法「リーフネット漁」に解決策があった。

僕は経験上、環境意識を声高に主張する食べ物は、そのコンセプトと引き換えに多少の味わいの欠点(と値段の高さ)には目をつぶって食べるものだと思っている。でも今のところ、PP商品はちゃんとおいしい。試食会でつまんだエナジーバーには、僕が苦手な劣化臭(主にドライフルーツに使われている加工油脂が酸化して生成される香り)がなく、近所のインディペンデント系のグローサリーが自家製したかのようなフレッシュさがあった。持続可能な天然資源を伝統漁法で捕獲したというソッカイ・サーモン、つまりベニザケのフィレをレモンペッパー風味に仕上げたパウチは、野外食という枠組みをはるかに超え、常備菜やパーティーメニューの材料として家庭にストックしたくなる味わい。多少おいしすぎるきらいはあるが、災害時の備蓄食料にもなる。カーンザ・グレインを使ったクラフトビールは残念ながら試写会には間に合わなかったそうで後日入手したが、輸入時の温度管理ミスと思われる若干のホップアロマの損失以外にはさしたる欠点は見つからない(これは官能的に批評するレベルにすらないクラフトビールが多い現状を考えると特筆すべきことだ)。商品価格にしても、品質の正当な対価だと僕は思う。実際いくつか購入して普段の食事に使ってみたが、我が家の2歳の息子はソッカイ・サーモンのクリームパスタを大変気に入ったようだ。

▲ 成すべきことをして、この活動を更に高めていけば、サーモンに対する意識が変わる。これが持続可能な漁業だ。

でも僕はPP製品のおいしさに感動しつつも、PPのヴィジョンと日本の農産物との親和性について考えている。思いつくだけでも、たとえば稲作は土壌侵食防止の意味では麦作の比ではないし、多年生の稲というのも実はあったりする(味もいい)。海藻や二枚貝は日本の無給餌養殖の優等生だし、それに南西諸島で粗放栽培されている在来柑橘には、エナジーバーに使えそうなのがすでにいくつかあるじゃないか…。

試写会では、パタゴニア日本支社のPPマネージャーの近藤勝宏さんの知己を得た。彼に僕の思っていることを率直に話してみたら、「今後は日本支社もPP商品の開発に積極的に関わりたいと考えていますよ」と心強い返答が。将来的には日本の素材でできたPP商品も出てくるだろう。また彼を通じて、PPのシニアディレクターであるバーギット・キャメロン氏にも書簡でインタビューさせてもらったが、彼女はPPの未来について、「私たちは今、ムール貝やアサリなどの二枚貝、海藻といった、生態ピラミッドの下位にある生物の可能性に注目しています。それによって、上位にある大型生物の漁獲圧力を低減できますから」と語る。さらに「多年生の代替穀物、たとえば宿根ソバについても調査、開発を行っています」とのこと。おお。これはおそらくシャクチリソバという和名の、カシミール地方原産の宿根ソバのことだろうが、北海道では侵略的外来種としてリストアップされるほど繁茂している。それを使ってもらったら面白いことになりそうだ。

映画の中で、イヴォン・シュイナードは次のように語る。「社会には革命が必要だとずっと信じてきた。革命は上からではなく、下から始まる。そこには小さな農家や漁師がいる。彼らは私たちと同じように『枠組み』を壊す意思を持ち、これまでと違うことをしようとしている。同じ信念を抱く彼らと同じ方向に進めば、驚くほどのことが達成できるだろう」。PPはまだ小さな波だが、すでに多くの人の心に押し寄せている。消費活動に対する社会的、環境的な責任について考え、ライフスタイルを構築する人も着実に増えてきている。それはつまり、生産者だけでなく僕ら消費者もまた、革命家になれるということを示しているのだ。僕も自分のフィールドで食の多様性のリサーチを続けながら、彼らの動きに注目していこうと思う。

CREDIT
Text by Shion Kakizaki

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