
連載「世界の台所から」#4
寒い季節を乗り越える。北欧の保存食文化
6月中旬、夏至を迎える直前のデンマーク・コペンハーゲンに到着。イタリア、スペイン、ポルトガルと南ヨーロッパを巡った後に降り立ったコペンハーゲンは、空気がぐっと涼しく、外を歩くのが心地よかった。
この季節の北欧はとにかく日が長い。21〜22時ごろに日が沈んでも、しばらくはうっすらと明るさが残る。少し夜更かしをして3時を迎えるころには、鳥が鳴き始め、澄んだ空気が広がり、心地よい朝がまたすぐやってくる。
街は日の長さを楽しむ人たちで溢れている。暗くなるまで庭や公園、バルコニーでゆったり過ごしたり、レストランのテラスでお酒を楽しんだりしている。
太陽の光を喜んでいるのは、人間だけではない。植物たちも待ちに待ったとばかりに緑に染まり、花を開き、実をつけ、この季節の太陽の恩恵をしっかりと受けて輝きを放っている。

季節による気候の大きな違いは、北欧の食文化にも影響を与えてきた。春から夏、日照時間が長く暖かいうちに作物を育て、植物や野菜、果実を採取する。そして日照時間が短くなり、寒い冬がやってくると、塩漬け、酢漬け、発酵、燻製など、暖かい季節に仕込んだ保存食を活用する。
もちろん冷蔵・冷凍や流通技術が発達した現在では、かつてほど夏と冬の食料事情に大きな差はない。それでも「採ること」と「保存すること」という二つの営みが、今も北欧の料理の中に色濃く残っているのが面白かった。
そんなことを強く感じたのが、コペンハーゲンで訪れた[Kadeau]だった。
[Kadeau]では一年の料理を「採集する季節」と「保存したものを活かす季節」という2軸で構成している。

シェフの出身であるボーンホルム島の伝統的な方法で調理された燻製サーモン
私が訪れた6月は、まさに採集の季節。太陽を浴びて青々と育った食材や彩り豊かなお花や果実を中心にコースが構成されていた。北欧らしい発酵食品ももちろん登場するが、この時期には、その季節に採れたものを発酵させ、数日〜数週間ほど経ったものなどが使われる。
一方、冬になると、夏の間に発酵させたり、燻製にしたり、さまざまな方法で保存しておいた食材が料理の中心になっていくそうだ。
夏に採れたものを夏だけで終わらせず、時間を加え、冬へと繋いでいく。季節の移り変わりが料理に色濃く映し出され、自然の恵みに感謝する気持ちまで、目の前の一皿から強く伝わってきた。

(左)採取の季節らしい鮮やかなお花を使った一皿 (右)ピクルスにしたマグノリアの花びらで巻いたイカとホワイトアスパラガス
こうした保存文化の名残には、北欧のさまざまな料理で出会うことができた。
たとえばIKEAでもお馴染みの、スウェーデンのミートボール。ミートボールそのものが保存食というわけではないが、必ずと言っていいほど添えられている赤い果実、リンゴンベリーには北欧の保存文化が表れている。リンゴンベリーは夏の終わりから秋にかけて収穫され、砂糖と合わせて保存されてきた。濃厚な肉やクリームソースに甘酸っぱいリンゴンベリーを合わせると、重たいこの料理もペロッといただくことができる。

もう一つ、北ヨーロッパでよく出会ったのがグーズベリー。酸味のある小さな実で、ジャムやコンポートなどにして食べられることが多いそう。さまざまな色があるそうだが、私が出会ったものは淡い緑色のものだった。
私がレストランで出会ったものは、塩漬けや発酵させたものがほとんどでジュワッと弾ける酸味と程よい塩味がとても美味しかった。日本を出て数ヶ月が経ち、梅干しの旨みと酸味を強く求めていた私にとって、グーズベリーの酸味は幸せな酸味だった。
ベルリンの[Otto]では、白身魚に塩漬けのグーズベリー。コペンハーゲンの[Barr]では、ホワイトアスパラガスに乳酸発酵させたグーズベリー。どちらもクリーミーな味付けの料理で、グーズベリーの酸味が料理の味をきゅっと引き締めてくれた。

(左)下には炭火で焼かれたタラゴンというハーブも隠れている (右)上にはトウヒという針葉樹の新芽がかけられている
このように保存食との距離が近い土地では、日本の発酵文化との親和性も高いように感じられた。クラフト酒や、納豆、醤油など、日本で馴染みのある発酵食品づくりに挑戦する人たちにも出会うことができた。
北欧ではなくベルリンでの話になるが、[mimi ferments]では納豆や醤油を仕込む様子を見させてもらった。麹を育て、納豆や醤油を作っている姿はとても印象的で、日本にいるような気分になれた。イタリア出身の職人が「納豆パスタが好きなんだ。」と教えてくれたのもとても嬉しかった。

木桶の代わりに使っているのは、ワインやウイスキーの樽とのこと
同じくベルリンの[Reigen Fermentation]では、千葉の[寺田本家]で学んだイタリア出身のオーナーが酒造りをしていた。彼の実家は北イタリアの米農家。酒造りには、リゾット米として知られるイタリアの品種を使っていた。

[寺田本家]の手拭いとまさかベルリンで出会えるとは
日本に根付き、長い時間をかけて育まれてきた日本酒や納豆といった食文化が海を越え、たどり着いた先の風土を反映し、新しい姿へと変化していく。発酵という世界各地に存在する文化を通して、日本の食文化が海を越えて広がっていることが嬉しかった。彼らは日本の食文化やその歴史を尊重しながら、ただ再現しようとするのではなく、彼らが暮らす土地の風土も同じように大切にしていた。そんな姿がとてもかっこよかった。

(左・中)ベルリン[aerde]の味噌や発酵瓶 (右)[otto]で味見させてもらったソース、右側はヨーロッパの魚醤ガルム
北欧で保存を楽しむ料理にたくさん出会い、滞在中に私も何か発酵させてみようかと思った。とはいえ各地の滞在は一週間ほど。完成するころには次の街に移動してしまうので、今回は諦めることにした。日本に帰ってからヨーロッパの発酵食品に挑戦してみることにする。
代わりにコペンハーゲンで手軽に楽しめるスモーブロー(smørrebrød)を作ってみたので紹介したい。
スモーブローは、薄くカットしたライ麦パンに具材を盛り付ける、いわゆるオープンサンド。ニシンの酢漬け、スモークサーモン、エビなどの北欧らしい魚介に、ディルなどのハーブ、玉ねぎ、卵などを合わせるものが定番。もちろん魚介以外の合わせ方もある。かなり自由度の高い料理だ。
しっとりとしたライ麦パンを使い、具材をたっぷりと乗せるため、手で持つというよりナイフとフォークで一口ずつ食べるのも特徴的。具材が重なった鮮やかな見た目も美しく、なんだか北欧らしい。

3種類のスモーブロー
材料
・ライ麦パン
・スモークサーモン
・エビ
・ゆで卵
・バター、サワークリーム、クリームチーズなど
・ディル
・レモン
・きゅうり
・紫玉ねぎ
・新じゃが

北欧のスーパーでは、大中小さまざまなサイズのパックに入れられた茹でエビが大量に売られている
作り方
パンにバターやサワークリームを塗り、具材を並べる。たったそれだけだ(笑)。作り方として紹介するほどでもないくらい簡単な上、日本でも手に入る食材がほとんどなので、ぜひ試してみてもらいたい。
私が試した組み合わせは、
・サーモン、紫玉ねぎ、きゅうり
・ゆで卵、エビ
・新じゃが
の3種類。全て仕上げにディルをたっぷり散らす。

特に面白かったのは、茹でた新じゃがを乗せただけのシンプルなスモーブロー。
「パンにポテト?」と少し不思議な気持ちで試したのだが、香ばしく酸味のあるライ麦パンとじゃがいもの優しい甘さが重なると、思いのほか力強いコクが生まれる。そこに爽やかなディルが加わることで、きゅっと味が引き締まった。レモンをしっかりと絞るのも重要。
新じゃがはデンマークでも初夏を感じさせる食材の一つ。冬のために食材を保存する北欧の知恵とは対照的に、「今、この短い季節に採れるものを楽しむ」という北欧の夏の一面を感じられる組み合わせだった。
次は酒場で友人と、大きな声で「Skål!(スコール)」と乾杯の言葉を唱えて、アクアビットという現地の蒸留酒を片手に、本場のスモーブローを楽しみたい。

スモーブローにちょうど良いサイズにカットしてもらえた

- Director・Marketer
伊藤 愛 / Ai Ito
1999年生まれ。2026年3月から約半年間、食や文化を軸に海外を巡る旅の途中。現在はヨーロッパを中心に生活中。ライフスタイル・食領域を中心に、フリーランスとしてマーケティングおよびSNSディレクションを手がける。幼少期は東京、福岡、神奈川と親の転勤で拠点が変わり、また両親や祖父母の出身地である富山、岩手、静岡、その近辺の土地にも頻繁に訪れ、多様な土地の食文化に触れてきた経験を原点とする。 IG:@totoito_ai
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