
連載「食べるためのタイ案内」 #5
食の激戦区。中華街〜ヂャルーンクルン通り編
バンコクを拠点に、タイを「食べるため」に歩き続けてきた筆者が、観光ガイドではなく、腹と感覚を頼りにしたバンコクのフード案内。
いつも店にたどり着くまでが長いので、今回はさっそく本題へ。
舞台は、バンコクの中華街・ヤワラーと、そこから南へ続くジャルーンクルン通り周辺。
新しい店が続々とオープンし、いま注目を集めている界隈なので旅行ではぜひ訪れていただきたい。
地図で見るなら、スクンビットがバンコクの右側で、こちらは左側。チャオプラヤー川沿いの、やや下流にあたる。今回は、9店舗を紹介する。
次回は、そのまま川を北へさかのぼった王宮周辺エリアを取り上げたい。
鮮烈なカレーに出会いたいなら、まずこの店は外せない。日本ではまだなかなか出会えない味わいだ。私のタイカレーランキングでは、現時点で文句なしの暫定一位。グリーンカレーですら、我々が知るグリーンカレーとは別物。重層的なハーブの香りが閃光のように鼻腔に放たれ、辛さがワイルドに切れ込む。それでいて着地は上品なコクでまろやか。忙しない味覚が見事に一つとなり、脳内は一気に天国へ…。なんだこの美味しさは、泣かせにきている。

最初の一口で面を食らった。濃縮ハーブカレーに殴られて、第六感が開きそう。タイのトップシェフたちの間でも頻繁に名前が挙がる一軒で、3店舗系列がある。
つまみ系も充実しているが、ここでは何よりカレーを数種頼んでほしい。charm系列の中でも[charmkok]はウォークインでも入りやすく、昼から飲めるので、使い勝手も文句なし。特に好きなのは、発酵由来のキリッとした酸味がクセになる北タイソーセージのカレー。ラストオーダーも23時ごろ(たしか)と遅いので、〆ラーメンのように深夜カレー部門としてプランに組み込むのもなかなか楽しいのである。

📍[ムーガタヘンヘンコラート]
まず、「ムーガタ」を知っているだろうか。タイではほとんど誰もが好き!と頷く人気ぶり(筆者調べ)。いわば、BLACK PINKのLISAのような国民的人気を誇る存在である。では一体どんなものか。焼き肉としゃぶしゃぶの二大スターが一堂に共演する、エンターテイメント性が高い鍋料理だ。

鍋の中央には、ジンギスカン鍋のようにこんもりと盛り上がった鉄板があり、そこで肉を焼く。その周囲をぐるりと囲む溝にはスープが張られ、野菜や魚介を煮る。肉から滴り落ちた脂と旨味を一滴たりとも逃さず、そのまま溝のスープへ流れ落ちる。焼くほどに出汁が育つRGB的なシステム。発想が、太っている。薄々お気付きの方もいるだろうが、ムーガタは、すごく食い意地の強い人の欲望を、最大数値化したメニューだ。大体ムーガタの店は、食べ放題かつ手頃な価格のところが多い。ここは、この店は食べ放題ではなくセット制で、300〜500バーツ(1500円〜2000円)ほど。食べ量にもよるが、前回は4人で500バーツのセットを食べたので、一人当たり500円ほどととてもリーズナブルだった。

屋根のある広い店内は、地元の人々で終始賑わっている。ビールは近所のコンビニで買い込み、持ち込んだものをムーガタとともに。なによりパーティ感が楽しい。ローカルが生んだスーパースターを味わい、次で紹介する高級ホテルのバーまでがセット。半径500m以内で街の振れ幅を一夜にして横断。そんなパッケージ的な遊び方を紹介したい。
[ムーガタヘンヘンコラート]から歩いて5分ほど。ムーガタの煙を衣のようにまとったまま、どローカルから天空へ一気に駆け上がるなら、このハシゴがおすすめだ。高低差ありすぎて耳キーンとなる(ならない)。
[BKK Social Club]は、フォーシーズンズホテル内にあるアジア屈指のカクテルバー。まずはバーに辿り着く前に、ホテル内のトイレへ行ってみてほしい。手を拭くものが紙ではなく、ふかふかのタオル。完全個室。この時点で、先ほどまで野外で煙に燻されていた自分を脱皮し、5つ星ホテルの高級な酸素でしか息しないセレブに成り上がることができる。準備が整ったら、バーへ。『ゴッドファーザー』のマーロン・ブランドが葉巻でも吸っていそうなほのかに薄暗い店内は、クラシックホテルらしい品格が漂う。そんな空気はひんやりと冷たい。

ラテンアメリカをコンセプトにする空間は、南米の陽気な音楽が流れ人々で賑わう。グラスの中のロック氷にでさえ、店名が刻まれ抜かりないおもてなしに拍手。一体この作業、誰が何時間かけてるんだ。正直、日本ではホテルのバーに足を運ぶことはほとんどない。けれど海外へ来ると、こういう高貴な場所で一杯飲む楽しさを覚える。さっきまでサナギだったはずの我が、気持ちだけは蝶になる瞬間だ。

ホテルのバーなら、マンダリンオリエンタルの[The Bamboo Bar]も忘れがたい。雑念がなくなり、過去も先のことも忘れ、人を「今」この瞬間に心酔させるような、空間の力が働く。グランドピアノから流れるのは、『ミッドナイト・イン・パリ』を思わせる、ゆったりとしたジャズ。ぽろんぽろんと雨粒のように落ちる音色。舞台セットのように隅々まで完成されたラグジュアリーな空間に包まれると、背筋が少し伸び、グラスを持つ手つきまで丁寧になる。このバーは、人の仕草や振る舞いさえも変えてしまう。映画『サヨナライツカ』の舞台としても知られるマンダリンオリエンタル。いい匂いがする。そんな地に足を踏み入れたなら、こちらも中山美穂の気にならないわけにはいかない。天国でのひとときは、品格が磨かれたような気分になる。
📍[saat]
眠っていた魂が、一気に叩き起こされる体験だった。しかも甘顔に。
ミシュランのビブグルマンにも選ばれるタイ料理店[Samlor]のデザートを担当されている日本人シェフの星野サキさんが、中心となって立ち上げた[Sàat]は、タイ菓子やタイの食材を軸にしたデザートダイニング。そして、こちらのシグネチャーのパンケーキ「Fluffy pancake & coconut sugar ice」が素晴らしかった。
※以下、ネタバレを含みます。余計な情報を入れずに行きたい方は、まずはぜひとも訪問してていただきたい。

上にのったココナッツ風味のアイスは、塩キャラメルのようなひとつまみの塩気があり、カスタードとフロマージュソースの間のような濃厚なテクスチャー。スプーンですくった後は、アンテロープキャニオンのような滑らかな流線型の地層が現れるほどきめ細かい。美。アイスクリームは、舌の上をするすると滑らかに滑り、甘美な余韻を残す。このアイスだけでも絶品。そこに隠れたクランチの食感が、クリーミーさを単調にさせず、さらに口福度を高める。ここまででも大変有難い食体験なのだが、さらに畳み掛けてくる。
三日月形に折り込まれたパンケーキは、もっちりとした生地で、どら焼きのように断面にいくつもの気泡がみえる。その隙間から、溶ろけるバターのじゅわんとした香りがむふっと広がり、頬張る度にココナッツオイルの軽やかで甘やかな余韻が続く。生地に包まれたカスタードクリーム、その上に散りばめられたキャラメリゼのココナッツが熟したバナナのような完熟した甘みの。さらに、ほのかに香るビターなリキュールの香りで奥深みがある。上のアイス、パンケーキ生地、中のカスタードとフィリング。ひとつの皿の上で緻密に重ねた終着地で、そのバランスは究極となる。プロのなせる緊張関係に魂が蘇る。死んでいたことにも気づいていなかった。
ココナッツという、いわばワントーンのものを、淡くて透明に近い味や香りから、濃く彩度の高い風味までを、地層のように丁寧に積み重ねたその先には、マーク・ロスコの絵画のような、一色が溶けあって、感情に訴えかける一枚絵が完成していた。まさかパンケーキを食べて、アートピースが脳裏に浮かぶとは、感受性も少しは豊かになった証拠だろうか。香りについても言及したい。ココナッツの香りとなると、バックミラーにぶら下がったもみじ形ディフューザー(平成の産物)や、欧米のティーンが振り撒くヴィクトリアシークレット(平成の産物)のトロピカルなボディミストのそれとは違い、青々しい草原に映えた一本の椰子の木のような、清らかな風景が見えた。それほど透明に近い澄んだ香りだった。未知で強烈な美味のビッグバン体験は、脳に新しいシワを刻んだ。
📍[ポー クルア トゥアン]
いまさらにして、最近『Kill Bill』を初鑑賞した影響もあり、タイの味は、『Kill Bill vol.1』である。ルーシー・リューの「ヤッチマイナ!!」の一声で、crazy88の乱舞に斬り刻まれるような画と、力強い味が重なる…。そんな舌も胃腸もボロボロになり、青葉屋の床で野垂れ死にそうになると、帰巣本能が触発され、こちらの店へと向かう。細い路地裏で50年以上続く老舗の蒸しスープ店。滋味深い味に出会うことができる。

ここは、胃を休めるように、雨上がりの雫のようなきらきらした油が水面に浮かぶ。余計な味がしなく、すとんと食材の味を届け、五臓六腑に染みるのである。普段の食事では行き渡らなかった潤いを、乾燥した細胞の隅っこにまで届けてくれる。綺麗なロングトーンのように身体にまっすぐ、すーーっと沁みて、魂が息を吹き返す。こういう味が食べたかった、と毎度思う。久しぶりに再会する安心安堵。さっきまでGOGO夕張に頭を殴られていても、大丈夫。さっきまで高橋一生(実はcrazy88の一味として出演)に、肩を突き刺されても大丈夫。圧倒的回復力で、心では泣いている。こういうタイプと結婚したい。ちなみに、すぐ手前にある屋台[ソムタムジェーヌアン]も通ったら大変人気だったので、次回行ってみたい。

やっぱりタイでは、自分も地元客で賑わう屋台に溶け込んで地平化したい。客が増えればテーブルを運び、営業区画がないかのように路肩へせり出す。この国のそんな平飼いの様子まで眺めていたい。

地下鉄MRTのワットマンコン駅からほど近く。ここでは家族らしき人たちが働き、その中心を恰幅のいい母ちゃんが仕切っている。スタッフにはチャキチャキと指示を飛ばし、客にはその日のおすすめを矢継ぎ早にすすめる。口を動かしつづける母が、店の重心だ。ここでは、きのこ炒め、茄子炒め、ヤムカイダオ(揚げ卵のヤム和え)あたりがおいしかった。一人客でも2〜3品いける。ここまでは完璧。

しかし、残念ながら、再訪した際に少々不発があったことも否めない。(ある日、ジャスミンライスは機内食のようにアルミを思わせる匂いが…なんてこともあるが、そんなことに固執しない方が人生楽)
それでも、この店のローカル人気、路肩感、気前のいいポーション、全体の味つけは好きだ。ハードルを上げすぎたくはないが、ヤワラーで屋台に座る楽しさを味わえる店として推しておきたい。ちなみに、Googleでは「営業中」となっていたのに閉まっていた日もあったので、ご注意を。向かう際は少しだけ運に身を委ねて、この国の母の強さを目撃しに行ってほしい。
📍[Han Pochana]
観光スポット、タラートノーイ近くの小さな食堂。ここは辿り着くまでに少しハードルが高いので、冒険好きに進めたい。まず、一見至って普通のマンション内にあるので、該当するマンションを探し、通用口でインターフォンを押すところから始まる。しかもこのマンション、路地裏なので車は入っていけない。私が行った時は、インターフォンを押しても無反応、本来いるはずの守衛さんもいない。しばらく突っ立っていると住民らしきおばさんが通りがかり、声をかけると「本来はだめなんだからね」といじわるばあさんのような顰めっ面しながらも入れてくれた。あの表情は怖かったが、無事に潜入成功を果たす。

マンションの2階を進むと突然リビングのようなスペースが廊下の奥に現れる。ここは、ご夫婦二人で営んでおり、知らなかったら正直、一生出会うことのないこじんまりとした食堂。店の中央には、哀愁漂うのっぽの古時計。テーブルに座り、メニューを選ぶ。メニューは90バーツほどでほとんど統一価格。おすすめはトムヤムクン。味わいは優しく、実直。

毎日タイの辛さに殴られたくない。そんなときに、駆け込む100番の味である。2皿〜3皿はぺろっといけてしまいそうな小柄なポーション感が、ひとりにはうれしい。二人で行く場合は、4〜5皿ほどでも胃袋は問題ないだろう。ロケーションも、秘境を見つけてしまったようなディガー魂に火をつけてくれる。こういう他に類のみない店があるからこそ、また街の魅力も増す。
📍[sweettime]
ヤワラーの大通り中心にあるスイーツ屋。私が13年ほど前に留学していたときから中華街のど真ん中に鎮座し、2026年も変わらず、チープなピンクの電飾看板と共に在り続ける。ここのココナッツプリンが、とろとろで大好きだ。テイストとしては、OHAYOのジャージー牛乳ミルクのような甘いミルクの恵みをいただける。そこにプルンととろけるココナッツの南国感がおいしいのだ。遅い時間はよく売り切れてしまっているので、通りがかった際は、まず買っておくのがおすすめ。

また、白玉のようなもちもちの生地に胡麻の爆弾(餡)が詰まったブアローイも気に入っている。ココナッツミルクに浮かべるか(YES/NO)→それとも、生姜汁に浮かべるか(YES/NO)→その汁はhotが良いか(YES/NO)→、coldが良いのか(YES/NO)、のような親切な診断チャートはないので、自分でタイプを伝える必要がある。私は、冷たいココナッツミルクは餅が固くなってしまい、本来の歯が喜ぶムチッと感が減ってしまうため、ココナッツミルクhot ver.を推している。昔よりかは値段があがるも、たしか50-60バーツほど。

- editor / writer
野﨑 櫻子 / Sakurako Nozaki
1991年生まれ。雑誌とウェブの制作に携わったのち独立。学生時代に習得したタイ語を武器にバンコクへ赴き、最新グルメからローカル屋台まで練り歩く。日本では良き酒と肴を求めて夜な夜な酒場へと集う日々。IG @rako_noz
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