連載「 ポーランド・ダイアリーズ」#3 

ワルシャワ随一のファインダイニングへ。


Shunpei NaritaShunpei Narita  / Mar 27, 2026

ワルシャワ滞在中、心から素晴らしい時間を過ごすことができたレストランが[Nolita]だ。2012年の開店以降快進撃を続け、13年連続でミシュランガイドに掲載中という押しも押されぬ実力店である。

ポーランドのファインダイニングといっても正直あまりピンとこないけれど、背景を知るとこの国のレストランシーンがいかに特別な地平に立っているかを感じ入るはずだ。



社会主義時代、レストランの殆どは国営であり、画一的メニューの大衆食堂ばかりだった。一部の例外を除いて、食の自由や多様性は長く封じられたまさに“冬の時代”が続いていたが、体制転換後に雪解けがはじまる。

海外からの食材や技術が流入し、それらが街場へとインストールされていく。2004年のEU加盟も大きい。海外での就労ハードルが下がったことで、ポーランドの若手料理人が“世界の厨房へのパスポート”を入手しだした。「海外で修行、帰国してから店を開ける」そんな動きが一気に加速。今回紹介する[Nolita]のシェフ、ヤツェク・グロホヴィナもこの世代にあたる。

経済的な側面も大きいだろう。ポーランドはリーマンショックに端を発する世界金融危機でマイナス成長を免れた唯一のEU加盟国だ。社会主義崩壊後の混乱から最も早く抜け出し、EUの中でも数少ない堅調な経済成長を実現し続けている。中間層の購買力が拡大したことが、洗練された食文化やレストランの台頭を後押ししたのだろう。

以上若干前置きが長くなったが(とはいえこのあたりの歴史を加味するとやはり胸を打つものがある)、海外経験も豊富な同店シェフのグロホヴィナ氏が手掛ける料理はポーランドの伝統や風土へのリスペクトを感じさせつつも、決してそこに固執しない。アジアをはじめ海外のフードカルチャーを柔軟に取り込みリミックス、常にアップデートを重ねていく。その姿勢に「ポーランドの今」がしっかりと詰まっていると感じた。印象的なお皿をダイジェストで紹介していきたい。

まず登場したのがフランス産の牡蠣、それに紫蘇と柚子のソースを合わせたもの。紫蘇は近隣のローカルファームから入手しているという。「4〜10月は近隣のローカルファームが充実していてここから食材をとっています。素晴らしい野菜がたくさんあるんです。日本のネギとかも育てていますよ」

バルト海、森、湖、平原と多様な自然環境を持つポーランドだけに、良い季節にはその多様な恵みが贅沢に皿に並ぶ。一方で秋冬は食材の確保が難しいから、この国の伝統にならい発酵・保存を巧みに活用しコースを組み立てる。同時に世界中からいい食材をピックアップすることも欠かさない。ここ[Nolita]はこのバランス感覚が優れているのだろう。

続いて供されたのはポーランド産のキャビア。意外にもポーランドはキャビアの漁獲量世界第二位を誇る。一緒に出してくれたパンは開店以来13年間タネを継ぎ続け焼いたもの。自分たちの風土と強い結びつきのある食材はもちろん、過去から大事に守ってきたものまで。食材の選択に明確な理由がある。高級食材の提案なのにスノッブさや嫌味を全く感じない。気品高い一皿は、いうまでもなく直球で美味しかった。

中盤に差し掛かるとアジアのエッセンスが感じられる料理が続いていく。「自分の修行先だったロンドンの[リッツ・カールトン]では、同じ厨房に香港やタイ、中国などにルーツを持つ料理人が多く働いていました。その時にオリエンタルな味わいの美味しさをたくさん知り、刺激を受けたんです。アジアの食材、ハーブに由来するフレッシュな感じと香りのよさが特に好きですね。“この国”とこだわっているわけではないのですが、日本、タイ、そして少し中国の要素を取り入れることが多いです」

とうもろこしのムース。ココナッツがベースにきいていて、そこにパセリのオイル。ほんのりスパイシーでエキゾチックな味付けはタイカレーみたい。一緒にライスをどんぶり一杯かきこみたくなる美味しさ!

本マグロのお造りのようなこちらは、11年間試行錯誤を重ねながら作り続けているという大事な料理。下にはかばやきをイメージしたソース。まずマグロの上質な脂が口溶けしつつ、上にのせた柚子のシャーベットが薬味のように追いかけてくる。温度の変化、食感の変化がそれぞれ楽しい料理。「柚子や紫蘇などの日本の食材は、今まではみんな知らないものでした。でも近年ポーランドでも認知が広がって、より使いやすくなってきた印象です」

続いて登場したのは和牛の料理。一番下で肉を支えているのは揚げたお米、とはいえカリカリすぎず、程よくふっくらとした食感。ライスバーガーのバンズのような仕立てか。あまじょっぱいソースはすきやきを思わせてここもどこか日本的な情緒。ポーランドのストリートフードにザピエカンカ(バゲットの上に具材とチーズを乗せてオーブンで焼いたオープンサンドイッチ)があるが、そんなオープンサンド的な感じも想起させる。焼いた肉の香りに食欲を煽られながらいただく。

シグネチャーでもある「タコの天ぷらとポテトピュレ」。タコを野菜のコンソメの中でゆっくり長く煮込んだものを焼き、ワサビマヨネーズでコーティングしてから軽い天ぷら衣で揚げている。外はサクサク、中はとろけるような食感が印象的。滑らかなポテトピュレとともに食べるとなんだろう、たこ焼きの要素をレストランの調理技術で再構築した感じ。「自分が本当に食べたいと思うものしか作りません。飽きずに食べれる料理、記憶に残すけどまた食べたいと思う料理を意識しています」

「開店した時から13年間ずっと一緒に仕事をしてくれているスタッフもいるし、スーシェフは前のお店からなので17年以上です。自分が何をやりたいのかを理解している人と働けるのはとても貴重なことで、自分の大事な財産ですね」。調理場という鉄火場の世界で、時に火花を散らしながらも信頼できる人たちと長く働き続けること。それはとても稀有なことだし、同時に「この人についていきたい」と思えるグロホヴィナシェフの人柄あってのエピソードだろう。

チームビルディングは決してここ[Nolita]内部だけで完結する話ではない。「私たち料理人のニーズを理解してくれる専門的なサプライヤーが増えて、とてもいい関係を築いていますし、物流の面もオープン当初と比べて格段に良くなっています。最高の食材があるので、あとは確かな技術があれば言い訳はできない。そういう覚悟を持って日々営業しています」

お口直しにはチュッパチャップス。通常ファインダイニングでは見かけないが、ユーモラスな感覚が冴えている。

[Nolita]のあるエリアの飲食シーンも確かに熱を帯びているよう。もともとは静かな場所だったというが、現在街を歩いていると人の流れを確かにある。魅力的な飲食店が連鎖的に生まれることでこの地域自体が盛り上がり、食のレベルも上昇していく。今回はその店同士のコミュニティ、サプライヤーとの深い繋がりや詳細を取材しきることは叶わなかったが、豊かなネットワークが形成されていることはグロホヴィナさんの言葉から確かに感じた。ますます進化していくワルシャワのフードシーンを今後も注視し続けたい。

Photo by Yayoi Arimoto(写真 在本彌生)
Translation & Coordination by Anna Omi(通訳・コーディネート 小見アンナ)
Cooperation by Poland Travel(協力 ポーランド政府観光局)

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