連載「クラッシュカレーの旅」 #21
石臼を探しに台湾を旅したのだ/台湾・花蓮・石臼・叩き旅
僕は僕のことをそれなりにわかっているつもりだ。
たとえば最近、石臼から少しだけ気持ちが離れていることも。
そんなときには、意識的に自分自身に鞭を打たなければならないことも。
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台湾・台北で開催されるカレーフェスから声をかけていただき、2年ぶりの台湾へ行く機会があった。料理教室、ブース出展、トークイベント、ライブクッキングと怒涛の1日を過ごし、イベントは大成功に終わった。
熱狂的な台湾のカレーファンたちに触れ、自分で自分を鼓舞するどころか、「しっかりしろ!」と強く背中を押されたような気持ちになった。
翌日からは、台湾東部の花蓮という町へ移動し、仲間たちと数日間、ゆっくり旅をする計画になっていた。僕にとってはここからが2度目の本番。台湾の石臼を探すのだ。
すでに各方面からの情報は入手済みだった。が、しかし、目覚ましい成果があったわけではない。台湾料理に石臼は使われない。いや、今現在はそうだろう。かつては使われていたはずの石臼が世界中から消えている。
昔の台湾は? 現地の人に聞いても首をかしげるばかり。「台湾東部のとある少数民族の料理を出すレストランの調理場を覗いたら、石臼らしきものがあったような気がする」という心もとない情報が、たったひとつの手がかりである。
花蓮は、台湾東部の町。少数民族の食体験のプログラムにも参加したが、石臼は見当たらなかった。残された道は、市場を探すことである。
仲間たちが料理教室に参加する中、僕は抜け出して市場をめぐることにした。地図を調べると花蓮に市場は4つある。ホテルで自転車を借り、すべてをくまなく回った。市場周辺の問屋街も見た。スーパーも何軒か覗いた。
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石臼らしきものは、ひとつもなかった。
まあ、そういうこともあるさ。この町でやれることはやった。石臼と僕との関係は離れるばかりだ。台湾が僕を石臼から遠ざけているのだ。くよくよとしながらも気持ちを切り替え、お茶屋に立ち寄った。こうなったら、やけ酒ならぬやけ茶だ。試飲しまくり、買いまくってホテルに戻ろう。
チェックしていたお茶屋の扉を開ける。老夫婦がにこやかに出迎えてくれた。2種類の茶葉をゆっくりと楽しみ、5種類ほどの茶葉を買って店を出る。自転車にまたがろうとしたとき、急激に寂しさが込み上げてきた。旅は今日で終わる。見つけられなかった石臼の代わりにおいしいお茶を手にお前は満足して帰国するつもりなのか。負け犬め。
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おもむろにお茶屋に戻る。店主は驚いた顔を見せた。
「あの、すみません、石臼を探しているんですが、台湾の料理に石臼は使いますか? どこか石臼を売っている店は知りませんか?」
唐突に何を尋ねているのだろう。相手はお茶屋さんである。返事は意外なものだった。
「石臼? あるよ。私が持っている。2つあるから欲しいなら1つを譲ってあげよう」
店主は店の奥へいき、何やらガサゴソとした後、小さな石の乳鉢を2つ持って戻ってきた。台湾に石臼は、あったのである。
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石の乳鉢は、台湾料理に使うというよりも薬の調合に使うものらしい。茶葉を粉にすることもあるようだ。40年前に手に入れたもので、今は売っていないそう。
何やら店主は石のコレクターだという。そう聞いたとたん、店内の景色が変わって見え始めた。茶葉を売る店の至るところに大小さまざまな石がどっさり置かれているのだ。展示されているようでもあり、ストックされているようでもある。
嬉々とする僕を見て、店主は嬉しそうに次々と石を出し、目の前に並べて解説を始めた。
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「2階には10倍量の石がある。ミュージアムみたいなものさ」
あれだけ市場をめぐったのに見つからなかった石臼がここにある。灯台もない海にどこからともかく光が差し込んだような、全く不思議な事態である。念願の石臼を手に入れたのである。
まさかこんな展開が自分を待ち受けているだなんて。
僕は僕のことをわかっているつもり? 確かにそうかもしれない。ただし未来の自分に起こることについては何もわかっていなのである。あの石臼は大事にしようと思う。

- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/