佐賀の食材と器の魅力を知る
「USEUM SAGA」を支えた作り手たち
器と料理が交差する場として開催された「USEUM SAGA(ユージアムサガ)」。美術館のように器を愛で、レストランのように料理を味わう——その体験は、単なる食事の時間を超え、土地の文化そのものに触れる場となっていた。
しかし、その一皿の背景には、料理人だけでは完結しない無数の営みがある。 畑で育まれる食材、土地のリズムに寄り添う生産者、そして長い時間をかけて技術と感性を磨き続けてきた器の作り手たち。 それぞれの仕事が重なり合うことで、はじめてあの場の“完成度”が生まれている。
今回のイベントを通して浮かび上がったのは、佐賀という土地に根ざしながら、それぞれの方法で表現を続ける作り手たちの存在だった。
そこで、「USEUM SAGA」を作り手として支えた生産者、陶芸家のうち、4人の元を訪ねた
[岩永農園]岩永敏之さん(佐賀県鹿島市)
![]()
1ヘクタールのハウスで多品種のトマトを育てる[岩永農園]。その一つひとつに目を配る岩永敏之さんの姿が、品質を支えている。
有明海と多良岳に抱かれた町、佐賀県鹿島市。
ミネラルを多く含む干潟と、山から湧き出る清らかな水。その二つの恵みが重なるこの土地は、作物にとって理想的な環境を備えている。
その地で、親子三代にわたりトマト栽培を続けるのが岩永農園だ。鹿島でいち早くトマト栽培に取り組んだ“開拓者”であり、これまでに2度の農林水産大臣賞を受賞するなど、その品質は高く評価されてきた。
「トマトはミネラルが一番大事。この土地には、それが自然にあるんです」
そう語る岩永敏之さんの言葉の通り、有明海の干拓地と多良岳の水が育む土壌は、濃厚な甘みと旨みを持つトマトを生み出す。岩永農園では化学肥料を使わず、有機肥料と手作り堆肥を中心に土づくりを行う。地元の稲藁や堆肥に加え、数十種類の有用菌を組み合わせた独自の肥料は、長年の試行錯誤からたどり着いたものだ。その結果生まれるトマトは、えぐみがなく、驚くほどまろやか。
「トマトが苦手な子どもでも、うちのトマトなら食べられると言ってくれることが多いんです」
味の違いは、敏感な舌ほど正直に反応する。
代表的な品種はミニトマト「アイコ」。赤は甘みと酸味のバランスがよく、黄色はフルーティーでやわらかな甘さが際立つ。どちらも、土地の力をそのまま映したような味わいだ。
![]()
[岩永農園]のトマトは「岩永さんちのトマト」の愛称で多くの人に愛されている。写真はミニトマト「アイコ」。ラグビーボールのように縦に長い、愛らしいフォルムが特徴。
さらに近年、岩永農園では国産バナナの栽培にも取り組んでいる。
栽培しているのは「グロスミッシェル」という品種。かつては世界の主流だったが、病害の影響で現在はほとんど姿を消し、代わってキャベンディッシュ種が一般的となった。しかし日本ではその病原菌が入っていないため、この品種を今も育てることができる。
![]()
日本で流通するバナナのうち、国産は約0.02%と言われている。その貴重なバナナの一部が、鹿島市で栽培されているのだ。
「味でいえば、やっぱりこちらの方がいいですね」
そう語るのは、バナナ栽培を担う息子の陸さん。グロスミッシェルは、ねっとりとした食感と濃厚な甘みが特徴で、一般的なバナナとは一線を画す味わいを持つ。
栽培は決して簡単ではない。収穫後はその木を切り倒し、次の株へと養分を回す。そうした手間を惜しまない管理によって、一本ごとの質を高めている。もちろん、栽培期間中は農薬不使用。手作りの有機肥料をたっぷりと使い、土から育てるという姿勢はトマトと変わらない。
まだ広く出回ることのないこのバナナは、すでに食材にこだわるレストランからも注目されている。鹿島の土が生み出す、新たな可能性のひとつだ。
![]()
「USEUM SAGA」では、引地シェフが岩永農園のミニトマトを使い、柿右衛門窯の器に盛り付けた一皿を提供。また、トマトやバナナを用いたノンアルコールドリンクも提供され、参加者を喜ばせた。
[岩永農園]の強みは、鹿島市の恵まれた土地の性質を最大限に活かしたものづくりを、親子三代にわたり積み重ねてきた点にある。その積み重ねは、いまも変わらず、この土地の味を更新し続けている。
![]()
笑顔で迎えてくれた岩永農園の皆さん。左から息子の陸さん、奥様の亮子さん、敏之さん。収穫したばかりのトマトとバナナとともに。
[川久保農園]川久保高一朗さん(佐賀県有田町)
![]()
「意味のない野菜なんて一つもないんです」と語る川久保さん。野菜について尋ねると、その特徴や魅力を丁寧に教えてくれる。言葉の端々から、育てた作物への深い愛情が伝わってくる。
有田町の住宅街の一角に川久保高一朗さんの畑はある。
整然と区画された農地ではない。野菜や花、ハーブが自由に混ざり合い、一種の混沌としたその風景は、どこか自然の一部のようにも見える。しかし、ここには西洋野菜やハーブ、食用花など、川久保さんにしか育てられない食材がある。それを求めて各地のシェフが訪れるのだ。
![]()
取材したのは3月中旬。今の畑の状況を聞くと、「なんでこの時期に取材するの?」と川久保さん。この時期は一番の端境期だと笑う。一部は種を蒔いて整えつつも、それ以外は自然に任せる。規則性のない場所から、野菜は勝手に芽を出している。
川久保さんは有田出身で一度外に出たのち、地元に戻って農園を始めた。当初は教わった通りのやり方で畑に向き合っていたが、「このやり方は違う」と違和感を覚えたという。その後、各地の料理人と出会い、関係を築く中で、現在の自然に委ねるスタイルへとたどり着いた。
その一つが、“耕さない”という選択だ。一般的な農業では、畑を一度に耕し、同じ作物を一斉に植える。だが川久保さんは、そのやり方に疑問を持った。
「トラクターで耕すと、種が深いところに埋もれてしまうんです。そうすると芽が出ない。2年も経てば、その種はもう死んでしまう」
だからこそ、耕さない。土を動かさず、自然の状態に任せる。畦道や田んぼを見れば、誰の手も入らずに植物が芽吹いている。その当たり前の風景の中に、答えがあると川久保さんは言う。
![]()
「何もしないって決めてから、野菜ってことに関しては年々下手になってきてる気がするんです。でも、その分、強い野菜が育てられるようになった」と川久保さん。自然に委ねることで見えてきた、新しい畑の面白さを感じている。
「土があれば、種は勝手に芽が出るんです。肥料をやらなくても、ちゃんと花は咲く。もちろん小さいけど、それでいい」
“何もしない”という選択は、放棄ではない。自然の力を信じるという、意志のある方法だ。規模を広げるつもりもない。人を増やせば効率や収量を考えざるを得なくなる。それがこの畑の在り方を変えてしまうからだ。
![]()
「USEUM SAGA」のイベント用に、“春の手前” “赤を多めに” といったシェフからのリクエストに対して、川久保さんが用意した野菜たち。「野菜を持っていったら、あとは任せている。どう使うかは料理人が決めればいいんです」と川久保さん。
「こんな草が食べられるんだ、って感動してくれる人と仕事がしたい」
整えないこと。
作り込みすぎないこと。
そして、自然に任せること。
川久保さんは、自らの畑を「取材される価値はない」と笑う。
しかしその野菜は、確実に料理人たちを惹きつけているのだ。
![]()
「USEUM SAGA」では、髙岡、引地の両シェフが川久保さんの用意した野菜や野草を使った一皿を用意。髙岡シェフは「有田の器があって、川久保さんの野菜があれば、どんなシェフでも星が取れる」と言うほど川久保さんの野菜に絶大な信頼を置いている。
陶芸家 川口武亮さん(佐賀県有田町)
![]()
工房で作陶する川口さん。土と向き合い、その表情を引き出す手仕事が、一点ごとの器を生み出していく。
磁器発祥の地・有田において、あえて“土もの”を選ぶ作家がいる。川口武亮さんだ。
有田で生まれた川口さんは、有田窯業大学校で学び、番浦史郎氏、花岡隆氏に師事したのち、2005年に独立。有田に窯を構えて約20年、土地に根ざしながら自身の表現を探り続けている。
![]()
灯油と薪を併用する窯。師のもとで学んだ焼きの考え方を引き継ぎ、自らの表現へとつなげている。
有田といえば白磁を思い浮かべる人も多いが、川口さんの器は土の質感を生かした“土もの”。三島手や刷毛目、粉引などの伝統的な技法をベースに、独自に調合した釉薬を重ねることで、温かみと奥行きのある表情を生み出している。
その原点にあるのが、「粉引」という技法だ。赤土の器に白い化粧土を掛けることで、やわらかな白を生み出すこの技法は、土ものならではの魅力を引き出す代表的な手法でもある。
![]()
艶やマットなど、粉引の焼きの違いを探求してきた川口さん。現在は灰釉を中心に、新たな表現へと移行している。
有田に戻ってきた当初、川口さんはこの粉引を中心に作陶を続けていた。赤い土に白い泥を重ねることで生まれる、どこか揺らぎのある白。その質感には、均一で完成度の高い磁器とは異なる魅力がある。
もともと磁器に囲まれて育った環境だからこそ、惹かれたのはその対極にある柔らかさだった。磁器に見られる整った美しさではなく、土が持つ素朴さや、わずかな歪みやムラが生む温もり。
「磁器とは違う、粉引の温かい白に惹かれたんです」
その白は決して均一ではなく、焼きによって表情が変わる。使い込むほどに風合いも深まり、料理とともに時間を重ねていく器でもある。
「日々の暮らしの中で、気負わず使える器をつくりたい」
その言葉通り、川口さんの器は料理を引き立てながらも、使い手に寄り添う存在だ。
近年は、粉引に加え灰釉にも取り組む。灯油窯やガス窯、さらに登り窯も取り入れながら、焼きの表情を探究。年齢や経験とともに、その表現は少しずつ変化してきた。
![]()
数年前に築いた登り窯。窯の特性を見極めながら焼き方を探り続け、少しずつ理想の焼きへと近づいている。
「同じものを作り続けるのではなく、出会ったものを受け入れて変わっていく」
土、釉薬、火。
その組み合わせの中で、器は毎回異なる表情を見せる。
![]()
「USEUM SAGA」のイベントで使用された川口さんの器。気負わず使え、料理を盛ったときにほっとするような存在を目指して作られている。
有田という磁器の産地にありながら、土の器と向き合う日々。
変化を受け入れながら、土という素材の魅力を川口さんは探求し続けている。
![]()
「USEUM SAGA」のイベントで髙岡シェフにより提供された川口さんの器を使った料理。春の風が駆け抜ける情景をイメージしたもので土ものの器とともに、大地の広がりを感じさせるダイナミックな一皿となった。
陶芸家 照井壮さん(佐賀県有田町)
![]()
工房での照井さん。窓の外に広がる有田の田園風景も、お気に入りのひとつだという。
有田という焼き物の町に生まれながら、自ら陶芸の道に進むまで、一度もろくろに触れたことがなかったという照井さん。
有田は、ひとつの器が複数の職人の手を経て完成する分業の産地。その工程の中で求められるのは、正確さと技術の積み重ねであり、自由な表現とは対極にあるものだった。照井さんにとって焼き物とは、作家の創造物というよりも、厳格な技術の上に成り立つ“職人の世界”。そこに、ずっと相入れない感情があったという。
東京造形大学で彫刻を学んだのち、転機となったのは、陶芸家・鯉江良二氏との出会いだった。そこで目にしたのは、従来の焼き物の概念を覆す自由な表現。
「焼き物は厳しくて、型にはまったものだと思っていた。でも、その考えが一気に壊れたんです」
さらに韓国に渡り、陶芸家・李康孝氏のもとで修業。おおらかに土と向き合う姿勢や、歪みをそのまま受け入れる感覚に強く惹かれた。
その後、有田に戻り独立。あえて“有田の素材”という制約を自らに課すことで、自身の表現を探り始めた。鯉江良二氏のもとで自由な表現に触れたからこそ、そのまま進めば、どこかで模倣になってしまうという感覚があったという。だからこそ選んだのが、「有田」という土地だった。
![]()
棚いっぱいのCDとともに、ロックからクラシックまでを流しながら作陶する。映画は毎年見た映画を記録し、ベストランキングを自身のブログや商品パンフレットなどで発表するほどの愛好家だ。
「自由にやっていいと言われたら、きっと似てしまう。だったら有田に縛られたほうがいいと思ったんです」
有田の素材、有田の道具、有田という産地のルール。その制約の中で、あえて“有田らしくないもの”を作ること。それが照井さんにとっての出発点となった。
照井さんの器は、一見すると静かな白。しかしその佇まいには、ろくろの痕跡やわずかな揺らぎが残り、どこか柔らかな空気をまとっている。中でも象徴的なのが、このマットな乳白色。実はこの質感、偶然の“失敗”から生まれたものだった。別の窯で焼いた際、想定とは異なるマットな仕上がりに。当初は失敗だと思いながらも、自身で使い続ける中で、その扱いやすさに気づく。
「一番雑に使っても、全然汚れなかったんです。それで“これはいける”と」
有田では珍しかったマットな白は、いまや照井さんを象徴する表現となっている。
![]()
石膏の皿。中央に入った線のような溝が、ろくろで回す際に磁器土へと写し取られる。器の底に現れる紋様は、一点ごとに異なる表情を生み出す。
制作には石膏型も取り入れている。型は専門業者とともに精度高く設計し、フォルムの基準を作る。有田という産地の分業構造を、むしろ強みとして活かしているのだ。
こうした手法を選ぶ背景には、照井さんの明確な考えがある。作家の世界では、一点ものに価値を置き、大量生産を否定的に捉えることも少なくない。しかし照井さんは、その両立にこそ意味があると考えている。
![]()
オランダのデルフト皿をモチーフに制作された器。依頼をきっかけに型打ちの技法を取り入れ、新たな表現へとつながった。
「石膏型を作る時点で、一枚だけで終わることはないんです。開発にコストがかかっている以上、繰り返し作る前提になる。つまり、それはもう“量産”なんですよ」
一方で、その器は決して均一にはならない。積み重ねても、わずかに歪み、揺らぎが生まれる。
「きれいに揃わないんです。ぐにゃぐにゃしてる。でもそれが手の跡であり、自分の個性だと思っています」
有田は分業と量産の文化、唐津は一点ものの文化。そのどちらでもなく、その“あいだ”に立つこと。
「その中間を作りたいんです。それこそが有田に対する自分なりのアンサーでもあると思っています」
![]()
照井さんのマグとトレイ。マットな白はどんな料理や飲み物にもなじみ、洗練さと温かみを併せ持つ。価格も「誰でも手に取れること」を大切にしており、世代を問わず支持を集めている。
量産でありながら、手仕事であると言う、ある種の矛盾を引き受けることで、照井さんの器は独自の輪郭を持つ。
現在は国内外での展示も続き、レストランやギャラリーからの依頼も絶えない。毎月の個展は2年先まで決まっている状態だ。それでも今ではプレッシャーを感じることもなく、呼吸のように制作を続けている。
伝統に学びながら、更新していくこと。
制約の中で、自由を見つけること。
照井さんは有田という産地の特性を受け入れながら、手仕事と量産のあいだに独自の表現を築いている。そのバランスから生まれる器は、日常の中に自然と溶け込みながら、多くの人を魅了している。
![]()
「USEUM SAGA」のイベントで使用された照井さんのデルフト皿。髙岡シェフはこの皿に山の恵みのきのこを重ねた。マットな白の器が、きのこの多層的な味わいと世界観を静かに引き立てている。
佐賀、そして有田という土地には、生産者も、器をつくる人も、それを料理として昇華する人もいる。それぞれが異なる場所で手を動かしながらも、そのすべては、ひとつの食の風景としてつながっている。
「USEUM SAGA」で見えたのは、完成された一皿の美しさだけではない。その裏側にある、素材・技術・思想の重なりだった。土地に根ざしながらも、外へと開かれていくものづくり。伝統を受け継ぎながら、更新し続ける姿勢。その積み重ねこそが、いまの佐賀の食を形づくっている。
そしてその連なりは、これからも新たな表現を生み出しながら、静かに、しかし確かに、多くの人を惹きつけていくはずだ。
USEUM SAGA
ユージアムサガは、佐賀の食材と器の魅力を掛け合わせ、料理人の表現を発信するプレミアムレストランイベント。毎年1度開催され、美術館のように料理と器を味わう、五感の体験を提案する。
HP https://sagamariage.jp/
IG @ sagamariage
YouTube @サガマリアージュ(クレジット)
Photo by Seitaro Iki (写真 壱岐成太郎)IG @seitaroik
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)