伊藤亜和× 恵比寿[シェルター]

バニーガールのラフロイグ


RiCE.pressRiCE.press  / Jan 14, 2026

RiCE44号「特集 ウイスキーで時間旅行」には掲載しきれなかった、当時のエピソード、新著『変な奴やめたい。』についての話を、RiCE.press限定で誌面と別バージョンで特別公開!

バニーの耳をまとい、バーカウンターに立ち、慣れた手つきでグラスをかき混ぜるのは、文筆家の伊藤亜和さん。セネガル人の父と日本人の母を持つハーフで、2023年の父の日にnoteに書いたエッセイ「パパと私」が話題に。執筆業のみならずモデル業やPodcastの配信、最近ではコメンテーター業やラジオパーソナリティーなど活動の場を広げている。

普段からアイラモルトを愛飲する彼女に、「マイ・ファースト・ウイスキー」について聞いてみた。

最初のウイスキーはラフロイグのソーダ割り

ウイスキーと出会ったのが、ここ恵比寿の[シェルター]とのことですが、最初に飲んだウイスキーはなんだったんですか?

伊藤:ラフロイグでした。[シェルター]で働いていたときに、私より前からいるお姉さんたちがラフロイグのソーダ割りをいつも飲んでいたんですよね。その流れで、私が最初に飲んだお酒もラフロイグのソーダ割りでした。

ウイスキーの中でも玄人が好きな銘柄ですよね。最初から美味しいと思ったんですか?

伊藤:最初は、「うわ、押し入れの味がする」って思いました。今でもそう思うんですけど、今はもうそれがいいと思えるようになっています。押し入れって普通に考えたら美味しくないのに、当時はそれを美味しいかのように飲んでいる自分が大事だった。その背伸びの延長線上にウイスキーがあるんだと思います。かっこつけるために飲んでいたら、いつの間にか「この味でなきゃ」となってきた。

そこからいろいろなお酒を飲むようになったけど、やっぱりアイラモルトが好きですね。ラフロイグとか、アードベックとかピートの効いたものが好きです。

[シェルター]で働くようになったきっかけはなんだったんですか?

伊藤:人と喋る練習をしたかったんです。高校のとき、友だち作りに失敗して、三年間ほとんど誰ともしゃべらずに過ごして、心がすごく病んでしまって。だから、大学では友だちを作ろうと思ったんです。自分に足りないのは積極的に喋る力だと思って、キャバクラの面接を受けたんですけど全部落ちて。そしたらここがバイト募集に載っていて、「冷房が寒くない」って書いてあったのに惹かれて面接を受けました。

ガールズバーだけど、飲み放題でウイスキーの有名銘柄も飲めたりするので、ガールズに興味のないおじさんもたくさん来るんですよ。詳しいお客さんも多くて、ウイスキーについてもいろいろ教えてもらいました。

ウイスキーがきっかけで出会った縁はありますか?

伊藤:やっぱり同世代じゃない人と会えますよね。街で知らないおじさんに話しかけられたら「なんだこのおじさん」って思うけど、ここなら時間が許す限り、お互いがどういう人間か話すことができる。それは私にとってすごく貴重な時間でした。

バニーガールであるとき、意識していることはありますか?

伊藤:バニーガールって、役が与えられている感じがするんですよ。女の子じゃなくて、バニーガールという役があることで、自然と素直に話ができる気がします。お尻が出ているのに本音を隠してもしょうがないし(笑)。

お尻は出ているけど襟やカフスがついていて少しフォーマルだから、カジュアルになりすぎず、込み入った真剣な話もできる。このお店にも真剣な話ができるお客さんがたくさん来ていて、ちゃんと話ができたし、自分のままで受け入れてもらえた。

変わろうと思って働き始めたけど、結局変われなかった。そのままの自分を好きでいてくれるお客さんがたくさんいたから、「それでいいんだ」って思えたんです。変な奴のままにしてもらった、という感じですね。

今もラフロイグのソーダ割りを飲んでいますが、もう背伸びしている感じはないですか?

伊藤:今はもうないですね。あ、そういえば、「自分は何もわからない女じゃないぞ」って示したいときに飲んだりすることはあります。最近婚約したので、少し前の話ですが、男性とのデートで、いいバーに連れて行ってくれることがあって。男の子って自分の知っていることを教えたいじゃないですか。でも私がそこで普通にアードベックとか飲むから、ぎょっとされたりして。「私は一筋縄ではいかない」と示すために飲んだりもしていました(笑)。

過去の自分と今の自分が地続きであるという信頼

ご家族のことを綴ったエッセイが人気ですが、ご家族と一緒にお酒を飲んだりはしますか?

伊藤:私と祖母以外は全員下戸なんです。祖母もちょびっとしか飲まない。もらいもののウイスキーを祖母の家に置いてあって、一緒にちょっと飲むんですけど、毎回「やっぱり洋酒は好きじゃない。匂いが苦手」と言うんです。

母はなぜかバランタインだけ飲むんですよね。「初めてそれは美味しいと感じた」と言って、私がいないときもちょっと飲んでいるみたいです

―noteパパと私」で話題になったお父様もお酒は飲まないんですね。最近10年ぶりに仲直りしたと話しているPodcastを聞きました。

伊藤:パパは飲まないんです。パパの管理下ではお酒が飲めないというのもあって、喧嘩をけしかけたところも少しあって。お酒を飲んでみたかったんですよね。

―1年で3冊というハイペースで出版されて、この冬、『変な奴やめたい。』が発売されました。4冊目の『変な奴やめたい。』は、伊藤さんの中でどんな本ですか?

伊藤:これまでの三冊で肩に力を入れすぎたところもあって、そのせいか私のことをできた人間だと勘違いしてしまう人が出てくるようになってしまった気がするんです。本当はそんな褒められるような人間じゃないのに、という部分があって。それをみんなに気づいてもらうための四冊目です。

書いてみて、変わったことはありますか?

伊藤:タイトルこそ『変な奴やめたい。』だけど、やめられなかったという結論なんですよね。幼少期のことはファンタジーだから、当時考えていたことがなんだったか、本当のことはもう今はわからないけれど、書くことで一つの物語として成立させられる。それは、結局今の自分もその小さい頃の自分と地続きだからだと思うんです。

過去の文章を読み返して、どんなことを書いたか忘れているのに、読んでいるうちに現在の自分と同じことを思っているなということもあって。「昔の自分も今の自分と同じことを考えているはずだ」という信頼があるんですよね。どうせこんなこと考えていただろうな、と信じられるようになりました。

それは書くことで気づいたことですか?

伊藤:そうですね。当時は私のことを「わかるよ」と言ってくれる人がいなかったけど、今の私が代わりに言ってあげられているのかもしれません。

今も自分のことは変な奴だなって思いますか。

伊藤:変な奴かな。先日、自動ドアのレールのところにでっかい青虫が挟まっていて、一生懸命助けたんですよ。それを見ていた婚約者は「何だこいつ」という目で見ていて。「あわちゃんは虫にも優しいんだね」と言われたりしましたが、私だって放っておけるなら放っておきたいけど、強迫観念みたいなものがあって放っておけないんですよね。

『変な奴やめたい。』の前書きにも虫を助けたって書いたし、あれとは別の寄生虫も助けてるんですけど……。そういうのがやめられない。なぜか虫ばっかり助けてるんです。変な奴ですよね。

笑。今後やってみたいことはありますか?

伊藤:自分が何を軸にして生きていけばいいのかということを考えたとき、たぶん「私が普通に存在している」ということを知ってもらうことなのかなって思ったんですよね。今までも

いましたが、「別世界の者」として扱われることがすごく多い。でも、普通に働いている人もいるし、私みたいに暗い人もいるし、本を書く人もいる。だから私が普通にいろんなところに出ていって、ハーフであること以外の面を出していければ「みんなと変わらないんだ」とわかってもらえる気がして。

私はもう30歳手前で、若い頃より感性も鈍くなってきていて、人に何を言われてもそんなに気にならなくなってきているんですけど、心が柔らかい時期に、最近あるような「外国人がどうの」みたいな空気に出くわしていたら、自分はどうなっていたんだろうと考えることがあります。

だから、私が表に出ることで、今そういう時期にいる子どもたちに「全然大丈夫。みんな変なところあるよ」って伝えられたらいいなと思っています。

*RiCE44号「特集 ウイスキーで時間旅行」の掲載記事を再編集しています。
Photo by Michi Nakano

伊藤亜和
文筆家。1996年横浜市生まれ。学習院大学 文学部 フランス語圏文化学科卒業。noteに掲載した「パパと私」が、X(旧Twitter)で著名人の目に留まり注目を集める。以後、本格的に執筆活動をはじめる。『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA )で作家デビューを果たす。2025年11月最新書籍『変な奴やめたい。』を発売。note / X

📚『変な奴やめたい。』
著/伊藤 亜和 出版元/ポプラ社
容姿からくる周囲の勘違い、コントロールできない自意識……恥ずかしい子ども時代を振り返り、今の自分を見つめ直すエッセイ集。
私が私でいるだけなのに、それ自体が悪いことのように思えていた――セネガル人の血を引くルーツ、容姿からくる周囲の勘違い、うまくコントロールできない自意識。「変な奴」をやめたいと願っているのにやめられない葛藤を、ユーモアをまじえて綴る人気連載に5本の書き下ろしを加え書籍化。

 

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