連載「発酵粋人」#2
安心と美味しさを追求する弓削多醤油のひみつ
連載「発酵粋人」。
1軒目に訪ねたのは、埼玉県に蔵を構える1923年創業の[弓削多醤油]。
木桶仕込み、無添加の角のないまろやかな美味しさにどっぷり浸かり、夏場はポン酢に大変お世話になるなど、1ファンとしての蔵見学、どうぞお付き合いください。
「醤遊王国」の看板。当て字の可愛さ。
訪問した時は、夏真っ盛り。蔵の中もきっと高温多湿で微生物は活発に動いているのだろうと汗が止まらない中、気持ちは過発酵気味に蔵見学スタートです。
今回、[弓削田醤油]代表の弓削多洋一さんに醤油蔵の案内をしていただきました。まずは、醤油麹となる、大豆の蒸しと麦を炒る工程を見学。そして麹室のある場所へと向かいます。
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大豆と小麦が、ベルトコンベアにのせられ、麹室へと向かいます。
醤油作りの最初の工程となる醤油麹作り。一般的に醤油に使われる麹は蒸した大豆と炒った小麦を使用し種麹をつけ、麹室と呼ばれる部屋での発酵を経て完成します。自社生産せず大規模メーカーからの卸売の醤油を買い取る醤油屋も踏まえると、自社で製麹し木桶で仕込む[弓削多醤油]、独自の味について既に合点です…!
麹作りでは1度に1.8トンの大豆を大釜で一晩浸漬、その後、蒸気を吹き込み大豆を蒸し上げます。そして別の窯の中で300度の熱をかけ1.4トンの小麦を通過させた後、ベルトコンベアで合流、種麹の粉を振りかけます。弓削多さんいわく、大豆を蒸す工程は途中で窯の中を見られず、蒸気や匂い、温度の上り具合で都度判断という経験値がものをいう作業で、ご自身が欠かさず担当しているというまさに職人技!醤油麹の素はいよいよ麹室へと運ばれていきます。
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宇宙ステーション感漂う八角形の麹室は直径で6メートル程のスケール。
特大の麹室には、乾燥重量で3.2トン、水分を含め4トンの醤油麹の素の、大豆、小麦、種麹を入れ、2階建て構造の網の上に広げられます。それに対して、種麹はたったの800グラムの使用と想像より少ないと思われる量ですが、この菌をもって醤油麹が出来上がります。
3日で出麹となるまではアナログ作業で、人の目と手、長年の感覚をもとに行われます。細やかに麹の様子をチェックすることが必要で、機械の麹室の場合には、自動設備も兼ね備える部分もあるなど、家庭用麹作りとのスケールの差に驚き!
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醤油麹の見本。[弓削多醤油]では濃口、淡口、再仕込みの3種類の醤油を作ります。
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見えません。何も見えませんが、いることは感じる(菌が)。
いよいよ木桶が連なる醤油蔵へと移動です!ものすごい湿度の中、菌たちがこれでもかと喜んでいそうな気配を感じつつ中へと進みます。部屋ごとに5,400リットル、8,000リットルの木桶が並びます。
「醤油麹を塩水と混ぜ合わせて木桶で発酵させ、もろみを作ります。夏は産膜酵母がどうしても出ますが、うちはあんまりかき混ぜない方ですね。混ぜるとアルコールが飛んでいっちゃうんですよ。それから味も香りも良くなくなるので、多少の我慢をしつつ、全体に広がったらかき混ぜています」
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職人さんがブレンダーのような道具で、パイプから空気を出して攪拌している様子。醤油の香りがこの桶から部屋全体に広がります…!(夢ならばダイブしたい!)
濃口醤油なら2年間、もろみを寝かせます。完成までの間の状態チェックは弓削多さん自身で全て行うそうで、3日に1回は必ず状態を見て職人さんとともに管理していきます。
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さくさく奥へと進んでいく弓削多さんの後ろを、木桶に落ちないように忍び足でついていきます。(醤遊王国イチのスリルを味わったのはきっとここ…!)
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時間の経過や手入れのタイミングで、茶のグラデーションが綺麗なもろみの表面。
「全国の醤油蔵が今では1100軒程と言われていて、そのうちの200軒程しかもう製麹から行っているところはないですよ。搾った醤油を大手や協同組合から買うなど、そうなってしまいました」
となると、基本的には味はどこも一緒ということになるのでしょうか・・・?
「そうなりますよね。大体そういうものは、めんつゆとかドレッシングとかの調味料に使用されていると思います」
「そして木桶職人さんも一時は1人になっちゃったんですよ。それだとまずいっていうので、ヤマロク(醤油)さんが、自分たちで作れるようにならないと困るから、職人醤油の高橋万太郎さん、大工の坂口さんと3人で習いに行って始まったのが、木桶職人復活プロジェクトですね。私も12年前から行き始めたんですが、現在は作り方を熟知した方が3人程に増えたそうです。あとは道具ですね、メンテナンスしなくちゃいけないから。その道具を作れる方もまた限られているようです」
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ここは、一昨年に完成したばかりという新しい木桶の醤油蔵。小豆島の木桶職人さんやお知り合いの大工さんに協力してもらったそうで、木桶には飯能市の名産杉の西川材を使用している。
次は、新築の醤油蔵へ移動です!100年持つと言われている木桶は新品も圧巻の佇まい!
杉の素材の理由はあるのですか?
「西川材と言って、飯能で取れる杉なんですけど、江戸時代の頃は西の川から流れてきた木といって、この木で江戸の町が作られたそうです。なので、それだけ杉の木がいっぱいあるのです。加工がしやすい柔らかい木なんですよ。そして菌が住みつきやすい」
菌が住みやすい?
「抗菌性がなく、ざらざらした表面で菌が住みやすいです。この木桶で作っている醤油屋っていうのは、一握りで、流通量で言うと木桶は1パーセントしかないんです。タンクの醤油は菌を入れて発酵させるので、すごく勢いよく発酵してできるんですよ。大量生産にも向いている。木桶は自然発酵で1年間はかかるんですけど、旨味のある醤油が出来上がるんですよね。木桶は自分たちの味、独自の味が作れること、それがやりがいでもあります」
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先ほどの木桶の上部を見るために2階へ。
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このホースを入れて汲み上がったもろみを、圧搾。
このホースはどこに繋がっているのでしょうか?
「これがポンプに繋がっていて、そのまま向こうの建物まで繋がっています」
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ピタゴラスイッチ味のある醤油蔵と空を通る配管。
先ほどのポンプで汲み上げられた醤油は、配管を伝って蔵を飛び出し、空中を流れながら、圧搾作業をする建物へ向かうという醤遊王国イチ、ワンダーランド感のあるスポットがこちら!楽しい!
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2年間ありがとう…もろみ…!の気持ちで見学。
先ほどの木桶に入っていたもろみが、いよいよ圧搾機械のある部屋へ到着。風呂敷の中に包んで、この布から醤油が流れ出てきます。この1台の稼働によるプレスを手作業で行うそうで、225枚の風呂敷を重ね、その自重で濾されて重なっていき、搾られていきます。その後、2~3日目にプレスして、さらに醤油が搾られます。
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圧搾後の板状の搾り粕。先ほど搾られた醤油はトラックで運ばれ、別の建物で瓶詰めされ、出荷される。
[弓削多醤油]では生醤油を販売していますが、これは火入れしていない圧搾のみの状態の醤油になるのでしょうか?
「搾ったばかりの状態になります。ろ過も火入れもせず菌が生きたままになるので、要冷蔵です。常温で置かれてしまうと味の変化や再発酵して蓋を開けた時に溢れ出てきたりもするので、大手さんは多分できないことですね。やっぱり木桶の菌そのまま、その特徴を伝えたいという想いがあります。タンクだと生醤油といっても、そんなに特徴があるものにはならないので、木桶で作っていることは大きいですね。やっぱり味の複雑さが違います」
取材後に持ち帰った生醤油3種、一番左のしぼりたて生しょうゆは醤遊王国限定品。冬は薄めに希釈してお湯割りもなんだか良さそうな予感。
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クールダウンに食べた、みたらし味ではなくカラメル味を目指して考案された醤油ソフトも最高。
使い込まれた木桶の貫禄、そして、おそらくそこにいるであろう蔵付き菌の気配に終始圧倒された蔵見学でした。実情も交えたお話は聞けば聞くほどに、この美味しい醤油は容易く出来上がらないもので、紡いできた時間と手仕事の尊さを感じさせられたのでした。
弓削多さん、直々のアテンドを本当にありがとうございました!
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弓削多醤油株式会社 代表取締役/四代目主人 弓削多洋一さん
醤遊王国本店・日高工場:埼玉県日高市田波目804-1
Instagram:@shouyu_oukoku , @yohichiyugeta
1992年、千葉県生まれ。ファッションPR会社で勤務する傍ら不定期でフードイベント主催。隙あらば全国の蔵元へ訪問。無限に広がる麹の世界の魅力を伝える。
IG minamiakagi