新世代の注目料理人インタビュー

新井雅敬さんが歩む、新たな“日本料理”への道のり。


RiCE.pressRiCE.press  / May 29, 2026

“日本料理”という選択と挑戦

「若き日本料理人を取材してみない?」というお話をもらったとき、正直“日本料理”についての知識はかなり乏しく、そのカテゴライズさえも曖昧だった。

まさに日本料理初心者の私だったが、今回取材させていただいた新井雅敬さんが日本料理の道に進んだきっかけが「日本料理と和食の違いを知って、面白いなと思ったこと」だと聞いて、そもそも“日本料理イコール和食”と思っていただけに、その違いに俄然興味がわいてきた。

和食とは日本で昔から食べられてきた日常的な食文化全般のことだが、“日本料理”はその中でも出汁や旬の食材を生かした高度な技術や専門性が必要とされる懐石料理や割烹などのハイエンドな形式のものを指す。そう聞くと、高級で敷居が高そうと躊躇してしまう人も少なくないと思う。私自身も、格式高い日本料理界の方への取材ということで少し緊張していた。しかし、新井さんの朗らかな人柄にその緊張は一気に解けたのだった。

1993年に神戸市で生まれた新井雅敬さんは、食通だという父の影響でまず食べることが好きになる。中学生あたりから自然と料理人を志し、辻調理師専門学校へと進学。日本料理を専攻し、卒業後には神戸市内のミシュラン星付きの日本料理店で5年ほど勤める。ここまでは一般的な料理人のキャリアだが、新井さんはその先の経歴が面白い。

バックパッカーとしてヨーロッパを周遊後に上京し、都内の人気酒場で働く。その傍ら、「日本料理の食材に触れる機会を絶やさないように」と、[成り行き]というポップアップレストランをはじめた。

現在は西麻布の日本料理店[山﨑]で二番手として働きながら、自分らしい日本料理の形を探求している。 

新井雅敬さんの今を食べる「成り行き」

今回はそのポップアップレストラン、[成り行き]にお邪魔した。先付から甘味まで、9品から10品を提供するコーススタイルで、新井さんが日々の営業や研修したお店で感じたことを落とし込んでいて、現在地を確認するような場になっている。

例えば昨年[山﨑]がニューヨークで行ったポップアップに同行した際は、日本料理の醍醐味でもある“旬の食材”が手に入らないという致命的な課題に直面。だからこそ、素材ありきでなく料理の技術で日本料理をつくりあげていく必要があることを実感したそう。

他国の料理も学んでみたい、と今年の2月には京都のイタリアンレストランで1ヶ月ほどの研修もしている。ここでは食の背景にある自然環境に向き合い、食材を余すことなく活かす料理哲学に深く感銘を受け、環境や次世代のことをこれまで以上に意識するようになったようだ。食材がものを言う日本料理の世界にいるからこそ、海外ポップアップや研修での経験は料理人としてのあり方そのものを見つめ直す系気になったようだ。

肌で体感した学びをストレートに吸収しアウトプットしていく新井さんの料理は、これまでにない食べ合わせや、独自の調味料によって構成されていて、日本料理の枠を広げるような斬新な一面を見せてくれる。

飽くなき探究心で自らを刺激し、表現する料理

カウンター越しに料理がつくりあげられていく工程を五感で楽しみ、新井さんの丁寧な説明を伺いながら味わっていく。一品一品へのこだわりはもちろんのこと、流れや食べ合わせ、全体の油分量、香りの緩急まで考え抜いて構成されているのが彼のコースだ。

 

香りの演出も緻密に設計されている。柑橘の軽やかで明るい香りの後に、炭火焼きの香ばしい重厚な香りを織り交ぜるなど、香りの強弱が終始一貫して意識されているのだが、コース全体が単調にならず、ひと皿ごとの印象が立ち上がってくる印象を抱いた。

たとえば、爽やかな柑橘の香りは魚介の旨みをより凛とさせながら、口の中をすっきりとリセットしてくれる。一方で炭火焼きの香ばしさは、野菜そのものの甘味を引き出し、余韻に厚みが残る。こうした香りのリズムは日本料理にはあまり取り入れられていない要素だが、現在の修行先でもある[山崎]で献立を“設計”する考え方として学んだという。

そんなふうに吸収した要素を柔軟に取り入れつつ、自分らしさも探究している新井さんのコース料理を紹介していく。

アスパラガスの瑞々しい青さとイカの旨み成分の相性を顧みて考案された一品。煮詰めたアサリの出汁を使って、全体をまとめつつ、イカの旨みの余韻を印象づけるため、自家製の昆布オイルを上からかけている。すりおろした酢橘の皮と果汁のスッと爽やかな香りの中で、噛むほどにイカの旨みが際立ってくる。

餅米の上に、酢漬けの生姜、蟹味噌で和えた干し椎茸、ベニズワイガニのほぐれ身が三つの層となって乗せられている。上に散らされたほくっと甘い揚げ百合は花びらのよう。ベニズワイガニの薄ピンクと相俟って、春のお祝いのような一品。

ホタテを半生の状態に乾燥させた干貝柱が入れ込まれた真薯は、旨みが強く歯応えがしっかりある部分とフレッシュなホタテのほろりと柔らかい部分の食感の違いが面白い。

炭焼きされて焼き目がしっかりとついたキャベツは、新鮮な生命力を感じる仕立て。芳ばしい香りの中で噛みしめる、シャキッとみずみずしい。澄んだ一番出汁の上にかけられた柚子の爽やかな香りも効果的。

淡路島産の玉ねぎと塩を煮詰めて作られた中のクリームは、本当に玉ねぎだけでできているのか?と疑うほど、とろりと濃厚。乳酸発酵させた玉ねぎから作られた玉ねぎのパウダーが半分にだけかけられている。まずはコロッケそのものを堪能し、二口目には発酵されて旨味と酸味が混ざり合った粉チーズのような発酵粉と濃厚なクリームとの組み合わせを楽しむ。玉ねぎという全く同じ食材を一方は甘味のあるソースに、一方は酸味があと引く発酵パウダーへ、噛むたびに変化していく味のグラデーションと、食材の多面的な活用に驚いた。

鴨肉で作られたジューシーなつくねの中には蕗のとう、下には柚子味噌のソースが敷かれている。上から鴨内蔵で作った鴨醤油がかかっていて、日本料理では珍しい肉の旨みをしっかりと感じる一品である。しかしつくねの中にはと山椒も練り込まれており、噛むたびに上品で爽やかな香りも同時に感じられる。

今回はコース料理の一部のみの紹介になるので、ぜひ[成り行き]に足を運んではじめから最後までコースの全てを味わい尽くして楽しんでほしい。

都度学んだことを実際にアウトプットし、お客さんの生の声から進化させ、ポップアップ[成り行き]で自分の料理の形へと昇華させる。料理や料理に合わせたこだわりの器の話を楽しそうに語る新井さんを見ていると、この人は心底日本料理が好きなのだなと改めて感じた。そんな新井さんが次回はどんな料理をつくりだすのか、どんな風に成長を遂げていくのか、コースの最後にはすでに次回の[成り行き]が待ち遠しくなっていた。

“日本料理”を紡ぎ、歩み続けていく

ポップアップの屋号である[成り行き]には<物事が次第に変化していく様子や過程、またその結果>という意味がある。これからたくさんのことを吸収して変化していく自分にピッタリだと思い決めたそうだ。

「美味しさはひとつじゃない。期待通りのおいしさも、期待を超える目新しいおいしさもあるから。それぞれのバランス感覚を大事にしたい。安心感はあるのに、ここでしか食べられないものを作り上げていきたい」

真っ直ぐな眼差しで語る新井さんからは、料理や自分自身と真摯に向き合っていることがひしと伝わってくる。

つい最近までは独立も視野に入れて動いていた新井さんだが、まだまだ学ぶべきこと、学びたいことがあることに気づき、一旦は独立ではなくお店で働きながら修行を続けていくことを決意。その選択には、時代の流れや世間を指標にするのではなく自分の感覚や心の機微に向き合い、信じる新井さんの芯の強さと覚悟があらわれていると感じた。何事も一度は自分自身で経験してみた上で判断することを大切にしている、という新井さん。自らの経験を糧に、素直な心で未来を切り拓いていくその人生は、どんな形にも広がっていく未知の可能性に溢れた[成り行き]そのものだと思う。

今は[山﨑]の休みの日である日曜日と月曜日に、弟子たちだけで営業する[歩味]で板長を担っていることもあり、[成り行き]は不定期での開催となっているが、開催する際にはInstagramで告知される。一歩一歩自分らしく歩んでいる新井さんの料理の進化を楽しみに、その[成り行き]を見守っていきたい。 

写真 西谷玖美 (Photo by Kumi Nishitani IG @___umum
文 館林和奏(Text by Wakana TatebayashiIG @___wxn____
編集 成田峻平(Edit by Shunpei Narita
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