
シンプルラーメン 第3回
〆にはシンプルラーメン
かけそば(ラーメン)、満腹にこだわったシンプルラーメン、と2回に渡りシンプルラーメンを考えてきたが、最後に“食べ方”からシンプルラーメンを見つめてみよう。
第2回のシンプルラーメンと(ごはん類などの)サイドメニューの組み合わせを「昼の満腹セット」だとするならば、今回は「夜のシンプルラーメン満足セット」でいこう。
つまり、お酒を飲んだあとの〆のシンプルラーメンだ。
むしろ、〆のラーメンはシンプルなほうがいい。酒を飲み、肴をつまみ、ある程度胃腸が満足したのに飽き足らず、ラーメンを欲してしまう。そのときにはもちろんお腹もそれなりに膨れているが、こういうときにこそラーメンに求める根源的な欲求、つまり、麺とスープで満たされたい、という気持ちが強く働くものだ。そして、そういうときのラーメンには蜜のように甘美な美味しさがあり、たまらないものだ。
筆者は〆に日本蕎麦を食べたいと思うことも多い。だが、蕎麦屋はたいてい早く閉まる。ラーメンはその幅広い業態と夜向けのラーメンを各所に配置し、僕たちの飲酒後の糖不足感覚を救済してくれる。
もしくは昼間、ビールを一本飲み、軽くチャーシューなどのおつまみを楽しみ、最後にラーメンを食べるというスタイルもいい。日本そばは、蕎麦が茹で上がるまでの時間、蕎麦前を楽しむ。“中華そば前”というわけである。この昼のシンプルラーメンは、日本蕎麦の作法のように粋に食べるべき、というのが筆者の主張であるが、そんなラーメンの食べ方の極意は、また別の機会に語ろう。
[金町製麺](金町)は、お酒を飲んでからの夜の〆ラーメンを「ラーメン視点」で満たしてくれるお店だ。もともとは名店[麺や七彩]のグループだったが、独立を果たした。お酒もツマミも豊富。もちろん、そのまま帰ってもいい。だが、この店に限っては最後にラーメンが待っていることを忘れてはいけない。常時2,3種類のラーメンを用意し、頼めば、かけラーメンでの提供も厭わず行ってくれる。乱暴に胃袋を満たすのではなく、〆のラーメンを想定した飲み方も食べ手の力量が問われるところだ。
老若男女を問わず地元に愛されると同時に、ラーメンフリークからも厚い信頼を寄せられる稀有なお店[らーめんえにし](戸越銀座)。難しいうんちくや知識も高い意識も必要ないよ、というお店の温かいスタンスが居心地の良さを演出する。すると…必然的に飲むお酒が美味しくなる。[えにし]も〆にかけラーメンが用意されていて、味は醤油も塩でもどちらもいいが、いずれもそんじょそこらでは食べられない美味しさなのである。出汁が濃く、かといって必要以上にこってりしていない。更にこのお店はメンマがとっても美味しいのだ。かけラーメンにするのなら、先にツマミで頼んでおくことをお忘れなく。
[えにし]と同じようなゆるく温かな雰囲気で、飲めるのが[ラハメン ヤマン](新桜台)。ついでいうと同じようにメンマが美味しい。店名はジャマイカのパトワ語で「よう!」とか挨拶の言葉。だから、音楽を楽しむように食を楽しむだけ。そして、このお店にもかけらは(かけラーメン)がある。
ちょっと変わり種を。[Sagamihara欅](相模原)にはかけラーメンもあるが、昆布水麺というメニューがある。つけ麺ではなく、昆布水に麺が浸った“だけ”のメニュー。塩が添えられる。挑戦的なメニューだが、冷えたビールの飲み終わりにつるり! これもひとつのシンプルラーメンの形である。
お酒を愛する店主の店にはかけラーメンがあることが多い。鶏白湯の名店[臥龍]はまさにそれ。通えば通うほどに良い酒と良い肴との出会いがあって、〆にサラッとした鶏白湯のかけが実に滋味深い。
最後に〆ラーメン、現代の王道を紹介しよう。
世に“ちゃん系”なるラーメンがあるのをご存知だろうか? ちえちゃん、えっちゃん、ひろちゃん、なおちゃん…、屋号に「ちゃん(ちん、を含む)」とつく店が都内を中心に急増しているのだ。どこが仕掛けているかはともかく、ちゃん系は、少し遠くいってしまったラーメンを身近な存在に戻してくれた。シンプルな味、また食べたくなる余白が次回の楽しみを生む。そんなちゃん系のひとつ[ともちんらーめん](高円寺)には中華そば(ネギのみ)というメニューがある。チャーシューとライスを行くもよし、飲んだあとネギのみで必要な欲望を満たすもよし。使い勝手がいい。
朝のかけラーメンから深夜の〆のラーメンまで。シンプルなラーメンは私たちの生活に最も寄り添っている。普段着のラーメンと言い換えてもいいかもしれない。だからこそ大衆食ラーメンの基本は豪勢な特製ラーメンではなく、シンプルラーメンであればいいと筆者は考えている。
トッピングの乗せ方やプランは店が個性を発揮すればいい。何を選ぶのも客の個性。それでいいじゃないか。それに具が多すぎて麺が窒息してしまいそうなラーメンなんてきっと誰も望んでいない。
トッピングしたい気分ならすればいいし、1,000円の壁ではなく自分のお財布の壁を突破しそうになっているのに満腹になるのなら、サイドメニューとかけラーメンを組み合わせればいい。お酒を飲んで〆るのならば、最初から肴を軽めなものにすればいい。そのためにラーメンの一杯という単位はできる限りシンプルラーメンでいてほしい。一人のラーメン好きからの提言である。
- Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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