次代の飲食業の在り方、働き方
【特別対談】宮下拓己(LURRA°/ひがしやま企画)×芳賀龍(noma)
国内外から熱視線を浴びるフードシーン二人の対談である。ひとりは数年前彗星のようにあらわれ、瞬く間にミシュランで星を獲得。京都で際立った存在感を放つレストラン[LURRA°]オーナー/ゼネラルマネージャーの宮下拓己。もうひとりは世界No.1レストラン[noma]で働くチャンスを自らの腕っぷしでもぎ取り、現在部門シェフを務めている芳賀龍。
旧知の仲という二人の対話は、料理人のキャリア観、渦中にいるからこそ感じるフードシーンへの問いかけ、芳賀自身が駆け抜けている最中である[noma]での日々…と多岐に渡ったものの、ここでこぼれ落ちた言葉は、いずれも未来の食に携わり創っていくものの道標になるはずだ。
*RiCE July 2023「特集 クールなビール」にてレシピを提供いただいた芳賀氏の取材時(2023年6月)に本対談を実施しました。誌面もあわせてチェックを!
——敢えてお二人の共通点をあげるなら、首都圏のご出身ながら京都でお仕事することを選択したこと(宮下は東京出身で東山に[LURRA°]をオープン、芳賀は千葉出身で哲学の道[monk]に在籍し現在はコペンハーゲン在住)でしょうか。もともと京都を選んだのはどんな理由だったんですか。
宮下 実はちょっと東京に疲れてしまっていたんですよ。使い古された言葉だけどサードプレイス的な、気を休めることができる場所が東京にはあんまり無いじゃないですか。もちろんカフェとかは沢山あるけど、当然お金はかかるし。都心の気持ちのいい公園近くに住もうと思ったら、家賃も跳ね上がりますよね。“お金を使わないと気が休まらない”みたいな東京の構造がストレスで。
京都に引越してきてからそのストレスは無くなったし、自分にフィットしているなと感じています。芳賀くんはどういう流れで京都に来たんだっけー?
宮下拓巳|1990年生まれ、東京都出身。食が唯一”五感が使えるアート”だと感じ、高校卒業後「辻調理師専門学校」、上級のフランス校へ。首席で卒業し[ミシェル・ブラス]で研修。帰国後、大阪の三ツ星レストランに。そこでサービスを経験し食の背景を伝える大切さを知る。東京のレストランでソムリエの資格を取り、オーストラリアへ。ソムリエの知識を深め、NZの[Clooney]のヘッドソムリエに。2019年[LURRA°]をオープン。
芳賀 僕は千葉出身で、18歳で専門に通う頃から東京で過ごすようになって。お店での修行期間は主に東京でやっていたんですけど。精神的にポジティブにやれたかというとそうではなくて、“何とか耐え切った”って感じで。
芳賀龍|東京での修行を経て京都のレストラン[monk]へ。在籍中に[kadeau Copenhagen]にて2ヶ月の研修。現在はコペンハーゲン[noma]にて部門シェフ。好きな詩人はゲーリー・スナイダー。
宮下 もともとはパティシエだったよね?
芳賀 うん。良い料理やデザートを作るためにはパティシエとしての基礎が必要だなと思ってパティシエの修行を1年やってから、料理修行に移りました。その後働くことになる京都のレストラン[monk]に一人で食べに行った時に“ここで働きたい”って直感した。その時点では別の修行先が決まっていたので、そこから3年間死に物狂いで東京での修行を続けて。酸欠状態だった時に[monk]オーナーの今井さんが誘ってくれて、京都で働くことになりました。
宮下 [monk]ってかなり特殊な場所というか。今井さんの自分の感覚を信じ抜いている、ブレない姿勢が素敵だよね。本当凄いなって思ったのは、春に京都のACE HOTELで[noma]が営業してた時のことで。京都で飲食店をやっている身からすると、海外のフーディーと呼ばれる人達がたくさんくるしチャンスじゃん!ちょっとしたお祭りだなくらいに思ったんです。でも今井さんはそんな中で1ヶ月ぐらい店閉めて。なんならオーストラリアに行ってた。そういうブレなさがすごいかっこいい。
あとは変な言い方だけど、料理人でもあるけど、ちゃんと人間であるところ。料理を生業にすると、家庭にコミットできる部分が少なかったりするけれど、今井さんは家族も大事にしてるのが伝わるし、そもそも[monk]というものが自分の生活とイコールである感じがする。仕事が終わった後に、スタッフと一緒に今井さん家で賄い食べたりするのとか、めちゃくちゃ素敵だと思ってた。
芳賀 毎日じゃないけど、今井さんの家でご飯食べさせてもらうことも多かったかもね。あとはミシュランとかベスト50みたいな、そういうランキング的な世界を全部無視して自分の信念に従ってやってる。それでも店の世界観に共感する人がたくさんいて、ちゃんと支持されて評価されているのがすごい。
僕自身働きながら本当に多くのものを今井さんから貰ったと思ってます。それはレシピとか技術だけじゃなくて、人としての在り方の部分で。東京で働くか、京都に行くか迷った時に今井さんから電話で「うちに来ないか?」と誘ってもらったんです。その時に言われて印象的だったのが「芳賀くん、これからは心磨く生き方をした方がいいよ」って言われたんです。「心を磨く生き方か…」って。
宮下 「心を磨く生き方をしろ」ってなかなか言えないよね。僕は少なくとも店に誘う料理人に言える自信ないな。
料理人のキャリア論
宮下 料理人の修行って“どこで働いて、どの人に師事するのか”がめっちゃ難しいじゃん。俺もNZから日本に戻ってきた時に、働きたい店がなかったから[LURRA°]やった感じもあるんだよね。
芳賀 いやいや僕だって今井さんみたいな、本当に「この人でよかった」って思える人に出会うまでに10年近い時間を使っているから。
宮下 長い時間をかけても、そういう師匠に出会えない人も業界的にはいっぱい居るわけだし。そもそもメンターになり得る人って決して多くない。
仮に「この人の料理凄いよね」ってみんなから認められている人でも、誰かのメンターになりうるタイプか?というと、そうじゃないこともあるし。あとは修行する身としても、幸運にも「凄いな、この人だ!この人につこう!」って思う人が見つかったとしても、その人になりたいと思う訳ではないから。師匠の背中を見ながら、自分にできることはなにか?自問していく作業がそこから始まっていく。あとは場数を踏むと自分の力量もわかってくるじゃない。その中で「コイツには勝てないな」っていう人も出てくる。安田翔平(kabi)に出会ったときは「あ、こいつ本当すごい勝てないわ」って思った。とにかく刺激がたくさんあるなかで、自分はどういう働き方をしたいのか?を、早めに気付けるか。いや気付けたというか、早い段階から悩みまくってきたというか(笑)
芳賀 うんうん。確かに悩みまくってた。
——芳賀さんは今井さんという師匠がいて、ずっとそこに居るって言う選択はなかったんですか?
芳賀 今井さんの在り方と自分の在り方が近くて、絶対的な信頼関係がありました。[monk]で働いていることは常に誇りに思っていたし。でもまだ自分は若くて、修行というスタンスで他の何かを学べるな…という感情も当然沸き上がってくる。とはいえ自分が日本で一番良いと思っているレストランが[monk]だったから。振り切って考えると[monk]の後に修行したいところが日本国内にはどこにも無くて、じゃあ世界に出なきゃいけない。そんな中で唯一の選択肢が[noma]だったんですよ。
超強かったレアル、みたいなnomaへ。
芳賀 料理人としての生き方ひとつとっても、[monk]以上の答えってない。そのくらいに思ってた。その感覚を確かなものと証明する意味も含めて、一番いいものを見ておきたかった。その時に日本ではなく、広く世界の視野で見たときに本質的な場所はどこだろう?と思ったら[noma]だなって。
宮下 [noma]って例えるならば超強かった時代のレアル・マドリードみたいな感じだもんね。
芳賀 そうだね(笑)。あとは自分自身、今井さんに出会うまでの、料理人の修行期間の慣習に疑問を感じていて。いじめとか「なんかこれ違うだろ」みたいなfuckだなと感じること…そういうあらゆるネガティブなことに対してのアンチテーゼという意味合いもあります。「全然そんなんいらないじゃん」っていうのを証明するためには、世界で一番のところでやることが、何よりの説得力になると思ったんですよ。実際に[noma]は上下や年齢、国籍も関係なくてフラットですし。
宮下 [noma]は北欧料理というものをアップデートするというマニフェストを掲げて、実際にここ10年で本当に食のカルチャーを塗り替えたじゃない。それができたのはやっぱり「世界一」になったことが大きいと思ってて。やっぱり社会的なインパクトを伴い提示するための通行許可証が「世界一」というか。誰でもない人が何かを言うより、しっかり何かを持った人と言うか社会に対してのインパクトを持てるというのはあって。
僕たち[LURRA°]もミシュランとったけど、これは最初の1年で取り切るって決めていた。取るための戦略もめっちゃ練ったし。もちろん取ることで喜んでくれる人もたくさんいるのは素晴らしいことだと思う、でも個人的に星の有無とかはどうでもよくて。ある種そういう仕組みを利用できることで、店や食の業界に還元できることがあると思えるならば利用しない手は無い。そんな感覚でした。発言力を持つことは武器を持つことだから。でもシェフのレネ(・レゼピ)が[noma]を開いたのは25歳とかの時だよね? 改めてすごいよね。
芳賀 25歳だね。
宮下 同時に[noma]のシェフにレネを抜擢したクラウス・マイヤーっていう食のプロデューサーも凄いというか。そういう才能を発見して育てていける環境を作ることも、いま、食の業界に求められている気がしていて。
人口減少が加速する社会で、飲食店が次々に独立し続ける意味
宮下 クラウス・マイヤーじゃないけれど、たとえばそういう勢いのある若手がいた時に、導いてあげられる立場になりたいなというのが最近は強くて。Cultureの語源はCultivate(耕す)なんだけれど、これからのフードカルチャーということを考えたら、自分は土壌を耕す人でありたいんです。その先にいろんな人たちがユニークな作物をじゃんじゃん植えてもらえたらいい。
芳賀 オーナーシェフを目指す料理人はたくさんいても、そういうポジションってなかなかいないもんね。
宮下 そもそもこれからの時代みんながみんな独立してレストランをやるべきか?というとそうでもないと思うんですよ。僕自身「早くから独立出来る」を結果的に示してしまったけれど、それがロールモデルのようになってしまうと、結構弊害もあると思ってて。たとえば30歳で独立して、60歳までお店をやるにしてもまだまだ30年あるわけじゃん。[LURRA°]とか[kabi]の難しい所って、じゃあ30年後に同じ人がやっててかっこいいかって言われたら、多分自分達が思い描いていたオープンした時のかっこよさがあるかわからない。[コート・ドール]に行って、60歳過ぎのおじさんがサーブしてくれるかっこよさってあるけど、僕たちの店のテンションで、60歳のおじさんのサービスを受けたいか?と言われたら多分違う。そういう未来は僕自身も全く描けていないのが実際のところで。
あとは現実的な話になりますけど、従業員何人雇って人件費どうするの? 食材費どのくらいにするの? 自分はどのくらい働いてどうキャッシュ残すのか…?って突き詰めていくのも、独立する上で絶対に必要なことだから。組織に所属している時と違って、借金のリスクっていう重いものまで乗っかってくる、そこまでビハインドが多くても独立したいか? やるべきことなのか?を判断した時に何がなんでもやるべきと思えたら、もちろんやるべきだと思うんだけど。
——結構シビアな話ですね。
宮下 そうそう(笑)結構シビアな話になってくる。社会全体を俯瞰して見ると、独立する店が多ければ多い程、しんどい未来も見えるんですよ。
インバウンドとかはあるにせよ、お店の数に比べて人口はどんどん減ってってお客さんの数は確実に減っていくから。独立するお店が増えることって、リスクを負い続ける人が平等にたくさん増えていくことだから。それって健全なのかな?と思うんだよね。独立しなくても、みんながちゃんと生活出来る料理人の共同体みたいなものがあった方がいいんじゃないか、と。例えば僕が会社を作ってリスクを背負う代わりに、みんなはリスクを抑えて、正しくやりたい事ができる、みたいなことができたらいい。
——それは料理人の働き方として一つの方向性ですよね。
宮下 そうなりうるかもしれない。前は自分自身も、「有名になりたい」とか「食の世界を変えてやる」とか、いろんな承認欲求とかもあったんですけど最近はそういうのが消えて(笑)、今はこんなことをよく考えてますね。僕がやりたいことを話してしまったから、次は芳賀くんのターンです。この先どういう事をしたいのかめっちゃ興味あるから教えてほしい。
芳賀 僕は世代とか食のシーンとか、もちろん当事者として察するところもあるし、リスペクトもあるんだけれど、できるだけ自分はそういうところから距離を置きたいというか。それは僕自身は決して強くないし、引っ張られちゃうところもあるから。むしろ拓己くんが言っていた、時代の流れ、お金のこととかをあえてその時代に全部無視して、本当に自分がいいと信じられることを真っ直ぐやる。それが結果的に人に勇気を与えることに繋がると思っていて。
宮下 芳賀くんは自分の力で道を作って、自分で歩いていける人だから。そういうことが言える強さがあるよね。
芳賀 自分がどうありたいか?は日々考え続けていて、でもそれが定まっていない、ということも一個の答えだと思ってる節もある。この前サグラダ・ファミリアに行ったら凄くよくて。無理に時代に合わせて、狙って半歩先を行こうとせず、何かをかっこよく完成させることに執着しない潔さ。サグラダ・ファミリアってまだ完成してないけど、でも完成して無いのにあそこまでの凄みがあり、存在しているっていうことがスペシャルである。そういうあり方もあるんじゃないかって。
宮下 わかる。物語が完結していなくても、意味がちゃんとあることってあるから。そしてその意味を通り越して、本質的にすげえ思わせられることもあるよね。
[noma]で駆け抜ける日々
宮下 でも昨年からコペンハーゲンに行って、実際に[noma]で働いてみてどうなの?
芳賀 [noma]はチームスポーツ感が強いね。もちろん前提として個人技の要素はあるよ。当たり前だけど個人がいいパフォーマンスをしてなければいけないから、自分の手元は絶対100点取るぞっていうのは徹底してる。その上でみんなでいい仕事をするために、チーム全体で向かって行く。そこに向かう熱量は半端じゃない。
宮下 いいレストランは熱量がすごい、これは共通してるよね。僕もフランスの時にいたお店とかも世界中から人が集まってきて、もうほんと、熱量のぶつけ合いですよ。ちゃんと喧嘩する。でもぶつかり合った結果、よりいいもの作れるところもあるだろうし。
芳賀 オーダーひとつ入った時に、それに対しての返事とかも常に熱量を求められる。すごい物量と工程があるなかで、同時進行で料理を進めていくとなると、進捗を都度確認し合う必要があるから。都度確認する声のボリュームひとつとっても異常に大きくて。「そんな声でかい必要ある?」って思ったりしたけど、やっぱり仕事量とクオリティをかなりのスピードで求められるから、みんな気持ちを相当高めて集中していないとやりきれないというか。
宮下 戦場みたいに感じる瞬間が多分あるよね。そういう熱量が高いレベルでぶつかりあうのって、レストランで一番かっこいい瞬間だと思うんですよ。厨房の様子がゲストに直接見えなくても、バイブスみたいなものは絶対伝わるし、それがお店の空気を作っていると思う。これからの[noma]はどうなっていくんだろう? いろんな国でポップアップし続けるのかな。
芳賀 僕らも正直今後[noma]がどう変わっていくかわからない。でも何かが決まりきっている環境にいるよりも、変わっていく方がいい。もちろんカオティックだから負荷はかかる。でも変化の渦中にいるからこそ捕まえられるものが、絶対にあると思うから。
Photo by Chisako Suzuki IG @chisako.ss
Interview & Text by Shunpei Narita(インタビュー・文 成田峻平)