香港の大変化、コロナにゆれるうみべの小さな食堂で…

5月30日公開『日泰食堂』 本作で長編デビュー、フランキー・シン監督インタビュー


Kyoko EndoKyoko Endo  / May 23, 2026

ずっとカメラを回していて「一体何を撮ろうとしてるんだ?」と自問自答したこともあった

『日泰食堂』(にったいしょくどう)の舞台は香港の離島、長島の食堂だ。店主の丈と萍の夫婦は気さくで冗談好きで、常連から親戚のように慕われている。その家族的なつながりを監督は撮ろうとした。しかし撮られた時期が中国本土と香港の一国二制度が形骸化していく時期とたまたま重なったことから、大規模なデモが背景に映し出されることになった。若い世代の肥美(ニックネーム)や監督と年長者との間に価値観の隔たりができてしまう…。その直後にコロナも起こる。人々のつながりは、しかしどうにか続いていく。情報量が多い不思議なドキュメンタリーを撮ったフランキー・シン監督にインタビューした。監督自身も長島出身で、日泰食堂の常連のひとりだ。

――舞台になった日泰食堂の雰囲気がすごく良くて、お客さんがいつの間にか店番に回っていたり、丈さんや萍さんとも家族のように接しているのが日本の下町が舞台の『男はつらいよ』のとらやのようでした。映画には入れられなかったけれど、面白いエピソードがあったら教えていただけませんか?

「編集の方にカットしたほうがいいんじゃないかと言われたけれど私は入れたくて20バージョン以上試してみましたが、最終的に取り上げなかった場面があります。丈さんと奥さんの萍さんが二人で鍋をやる場面なんですけど、丈さんがずっと酒を飲んでいてちょっと酔っ払いみたいになったので、私がカメラを持ちながら「丈さん、ちょっと飲みすぎなんじゃない?」と言ったら、萍さんが「そうそう、こいつは酒ばっかり飲んで働かないんだから」というようなことを言って、丈さんが「バカヤロウ、何言ってんだ。それはお前じゃねえか」と喧嘩が始まったんですけど、突然二人とも喧嘩をやめてしまって、十何秒間かお互いに口も聞かずに、片方はテレビばかり見て、片方はお孫さんと遊んだりしていたんです。私はすごく家庭的で日泰食堂らしいと思ったんです。夫婦でも喧嘩するときはもちろんありますけど、この二人にはある種、暗黙の了解があるみたいで、これ以上言い合っても埒が開かないからもうやめよう、みたいな感じでした。すごく映画に入れたかったんですけど、結局いろんな事情で入りませんでした。」

――それは確かに見られなくて残念なシーンですね。監督は山形国際ドキュメンタリー映画祭のスピーチで、日泰食堂は十代から入り浸ってお酒を飲んでいた店ですごく懐かしい場所だとおっしゃってましたが、とくに懐かしい食べ物は何ですか?

「私はシャコが大好きなんです。シャコは私にとってはまさに忘れられない故郷の味ですね。ところがいま台湾留学中で台北に住んでいて、台北は内陸でシーフードを食べる機会が少ないんです。だから長に帰るとまず日泰食堂に行ってシャコを焼くんです。もちろんイカも焼くんですが、やっぱりシャコを食べると、ああ、家に帰ってきたなあという気がしますね。あと、日韓食堂で鍋をやるのが好きなんです。大勢の常連たちと、多いときは20人から30人で鍋をやるんです。まさに盆と正月が一緒に来たような感じで賑やかです。楽しくて大好きですね。」

――鍋には何が入ってるんでしょうか?

「入れるのはもちろんシーフードですね。周りが全部海ですから、市場に行けばいろんな海鮮を買うことができます。魚はもちろん、とくによく食べるのは白子とか、魚肚(魚の浮袋*あわびやフカヒレと並ぶ高級食材)、エビとかですね。」

――屋台にはシャコだけじゃなくて、からすみみたいな魚卵もありましたが、あれはなんですか?

「魚の卵はイシモチの子ですね。けっこう高いんですよ。多分香港ドルで言うと50ドルから60ドルぐらい、日本円で1200円ぐらいするものですが、焼いて食べると非常に香ばしくてとにかくうまいんです。」

――確かに美味しそうでした。鍋のスープはやっぱり魚から取るんですか?

「私たちはおしどり鍋って言ってるんですけど、左右分かれていて味が違うんです。片方はただの水で、片方は水に中華の粉末の鶏がらスープを入れて出汁にします。水だけの鍋のほうにはいろんな海鮮を入れて食べるわけです。エビもあったりカニもあったり、とくに長の人たちが好むのは、雑魚ですね。これを入れるとものすごくうまくなるんですよ。店主の丈は漁師出身で、長師たちはみんな魚に詳しくて非常に舌が肥えているので、これとこれを合わせたらうまいって知りつくしてるんです。ところが面白いことに肥美は海鮮鍋は絶対口にしないんです。生臭いと言って。彼女は魚嫌いなんです。だから「お前は長人なのに魚を食わないのか。本当に長人なのか」とよくからかっていました。」

――意外です。何でも好きそうなのに。

「彼女は刺身ももちろん食べませんからね。日本に来たら彼女はもう食べるものがないですね。」

――残念ですね。私がこの映画で好きだったのは、お店に集まる人々の人間味がしっかり撮れているところです。その中でも印象的だったのが、中国本土はすごく経済発展してビジネスライクで香港も世界の金融センターなのに、日泰食堂の人たちはお客に「自分で計算して払って」なんて言っていて、こういう台詞に観客は思わず笑ってしまうんですけど、じつはお客がちゃんとお金を払うと信頼していて余分に儲けようとしたりしていないってことですよね。こういうのは長島の人に独特の気風なんですか?

「長島全部がそうではなくて、やはり日泰食堂は特別だと思います。店主の丈も奥さんの萍も二人とも、商売として成功させようっていう気持ちはあんまりないんじゃないかと。この二人は、昼間行く居場所があって商売しながらのんびりして、そこにいろんな人が集まって血のつながりを超えて家族みたいになっているのを楽しんでいるんだと思うんです。二人とも毎日お店にやってくるんですけどいつも口が悪くて客をからかったりして「本当にやる気あるの?」「やる気ないんじゃないの?」みたいな感じで毎日やってるわけです。でもよく見ると、この親父さんはとても心が優しいんです。優しいだけじゃなくて、どこか非常に寂しいなあっていう感じもあるんじゃないかなと思います。たとえば彼はいつも海の近くでタバコを吸うんですが、誰かが帰ってくるのを待ってるような感じでタバコを吸っていたように私の目には写っています。」

――山形で上映前のスピーチで家族の和解を描いた映画だと紹介していらっしゃいました。世界の多くの媒体からインタビューを受けて、いろんな人がいろんな見方でこの映画を見ていると実感されたと思うんですが、やっぱり監督にとってはこれは家族の映画なんですね。

「ひと言で言うと、おっしゃるような内容になると思うんですけれども。撮影の過程で非常に難しい、複雑な展開がありました。編集の段階でこの方向性を打ち出したわけなんですが、この映画を撮り始めたとき、すでに特別な家族みたいだった人々を撮っていたつもりでしたが2019年に香港でいろんな社会運動があってずっとカメラを回していて「一体何を撮ろうとしてるんだ?」と自問自答したこともありました。社会変化の中で、これは世代間の対立なのかとも考えました。それが2020年になるとコロナが蔓延してすべてが変わってしまった。いろんな摩擦が起きた中、この人たちはどういうふうにコミュニケーションを図ろうとしていたのか、どういうふうにお互いを理解しようとしていたのか、最終的にどう和解するのか、そういったことも撮ったわけなんです。でも、あまりにも素材が多すぎて、編集にはものすごい時間がかかりました。一年半ぐらいかかったと思います。その間に大体2030のバージョンを編集してみて、これはだめ、あれはだめ、とやって最終的にやはりいまのバージョンにたどりつきました。」

――編集については、本当にすごいなと思ったシーンがあって。「社会全体が本当に沈んじゃった」って肥美さんが言ったすぐ後に、香港の名物の街のネオンが出てくるんですね。社会が沈んでいるようにも見えるけど香港は生きて行くんだぜっていうような感じにも見えて、編集に気を配られた様子が伝わってきました。一年半かけられたということですが、とくにどんなことに気を使われて編集されたんでしょうか?

「じつは当時は「この映画、難しいな」と思って編集していたんです。どうして難しいと感じたのかというと、映像を通して時代が大きく動いて変貌していくのを大きなバックグラウンドとしてどう見せるのか、同時に、そこに暮らしている小市民たちがこういった時代背景の中で、どう問題解決していくのか、バランスよく見せるのがすごく難しかったんです。
当時、肥美が撮影が半分ぐらい過ぎたころに言ったことなんですけれども「ある場所に長くいつづけると、魂の一部もそこに残ってしまう。そういうものなんだ」と。その話はずっと私の頭の片隅に残ったままで、編集のときにまたそれを思い出しました。だからやっぱりこれが、ひとつの答えになってるんじゃないかなと思います。
私にとって本当に、日泰食堂はいまも変わり続けているわけです。丈さんも年を取って身体を悪くしてお店もいずれはできなくなっちゃうかもしれませんし。実際、肥美は仕事で香港に引っ越して、仲間の中にも結婚した人もいれば海外移住した人も居ます。香港も長もどんどん変わっていくんですけれども、それでも、私たちはかつてここで暮らしていた。私たちの青春、私たちのスピリット、私たちの魂、そういったものはやはり日泰食堂のどこかに残っているんじゃないか。これは多分変わらないと思うんです。
香港もどんどん変わっていって、いずれ私たちがまったく知らない方向に変わってしまうかもしれませんけれども、よく知っていた人も居なくなって、知らない人ばかりになって。でも、そういうことの中で、この映画『日泰食堂』は、長のひとつの縮図、香港全体の縮図にもなるんじゃないかと思いました。
だからこの映画を通して観客の皆さんに言いたいことは、政治的なこととか、運動とか対立とかじゃなくて、そういったバックグラウンドがあってこの世界で暮らしているこのような小さな人物たちがどういうふうにコミュニケーションを取って相互理解を深めてもう一度家族になったか、そういう取り組みを見てほしかったんです。」

――なるほど。社会の変化があまりにも大きいからやっぱりそっちに目が向いてしまうんですけど、高齢化っていう時間の経過も現れていて。それも悲しかったり寂しいこととして映ってきます。最初にお店を家族の物語として撮り始めたときに、相手が高齢化して大変なことになっちゃうって、考えていらっしゃいましたか。時間の経過による変化が現れることを撮影を始めたときにすでに意識されていたんでしょうか。それとも編集されている間、また作品を完成なさって、改めてこんなに変化が起こっていたんだなと、ご自分で気がつかれたような感じだったんでしょうか。

「撮影当時、最初は丈が年を取って変化して行くということはそんなに意識していませんでした。撮っていくうちに、香港社会が本当に凄まじく変化していきました。2019年のデモや運動があって2020年はコロナで、激動ですよね。編集のときも感じました。そうすると、このような背景があってそこで暮らしている人々が、お互いにどういうふうに変化に立ち向かっていくのか、あるいは対応して行くのか。じつは撮影が始まって編集が終わるまで5年かかりました。この5年間の変化っていうのは、本当に激しい、早いと実感しました。そういった気持ちもあって、エンディングであえて結末をはっきりさせずにオープンエンディングの形にしたんです。たぶん皆さんも肥美は再び故郷に帰ったかどうか、このお店はどうなっているのか、知りたいと思うんですけれども。私たちが使った映像は肥美が自転車に乗って長島をあちこち見に行っている一方、丈はいつもの通りテレビをつけてニュースを見てただ聞いている。でもニュースは移民するかしないかみたいな内容で、そういうのを淡々と見せることによって皆さんも映像を見ながらいろんなことを考えると思うんです。つまり社会も人間関係も変わっていくんですが、それでも私たち自身の場所や人々への思い、感情というものはやっぱり変わらないんじゃないかということです。そういう部分をお見せしようとしました。」

――ありがとうございます。日泰食堂っていまでも開業してるんですか?

「いまも開業はしているんですけれども。ただ丈の体調があまりよくないので午後になるとよく一旦昼寝に帰っていて彼の焼きイカのコーナーは営業したりしなかったり、という状態ですね。」

――でもお店は開けてるんですね。

「店が閉まっていても、丈がいなくても、お客さんが勝手にやってきて、店を開けて勝手に飲んだり食ったりします。」

――いいですね! 東京も、たぶん、世界各地の大都市でそうなんだと思うんですけど、再開発で数年で急に変わってしまうっていうことがすごくよくあるので、本当にそういう意味でも、共感しました。

「去年、山形映画祭に行ったときに時間が空いて山寺に行ったんですよ。その時ふっと、長に帰ってきたような気がしたんですよね。すごく人情味溢れる場所で、応対してくれた子どもたちがすごく優しくて、親切で、なんだか自分が長の故郷に帰ったような気持ちになりました。」

――それはよかったです。ところで監督自身はいまどんな生活をしていらっしゃるんですか。何か新しい映画を撮っていらっしゃるんでしょうか。

「いまは結構忙しくて、4作の長編ドキュメンタリー映画を同時進行で作っています。そのうち一本は編集中で、たぶん今年完成すると思うんですが、台湾で8年かけて撮影した映画で登場人物は2人のゲイのインフルエンサーで自分たちのアイデンティティをどういうふうに受け止め、どういうふうに認めているのかっていう話です。あと二作は同じく舞台は長なんですけれども、その内の一本もやはり8年かけてずっと撮ってきたんですけれども、まだとても若い男性の漁師を撮っていて、自分の運命、家族、選択にどう対峙するのかっていう作品です。もう一本はまだいまも撮っているんですけども、まさにうちの家族の映画なんです。私の父親は若いときずっと漁師をやっていたんです。船に乗って海に出て。だからその話。全体としては私たちは漁師ですけれども、遊牧民のような感覚があります。そういう現代の遊牧民を撮った作品です。あと撮って寝かせてあるのがもう1本あります。」

――それはすごく忙しいですね。貴重なお時間をありがとうございます。最後にひとつだけうかがいたかったんですけど。香港はたった6年で、あっという間にあんなに変わってしまったんですけど、長ってどんなふうに変わったんでしょうか。それともあんまり変わっていないんでしょうか。

「長はいまはすっかり観光地になってしまって、毎回そうなんですけれども、帰ったとき「あれ、ここに新しいお店ができている。前のお店はどこに行ったんだろう?」「このお店は一旦閉店して、また新しい店が開いたんですよ」ってよく聞くんですよ。だから街自体、私にとってはなんだか違うところにやってきたんじゃないかっていう印象なんですけど。私が香港に住んでいないから、そういう気持ちが強くなったのかもしれませんが。それでも日泰食堂に行くと、私たちももちろん大人になって、店主の丈も年を取って変わっていってますが、このお店でみんなで集まると、なんだか十何年前、自分が十代のときにこの店に通っていたときの気持ちがまだまだ変わっていないと思うんです。ある種の若さとか、そのときの気持ちが思い出せる。だから毎回集まるとお互いに気持ちを元に戻して「また一緒に頑張ろうね」みたいな、いつも長に帰って変化を見ていて感じることなんです。」

――ありがとうございます。

「(監督がわざわざ手を挙げて)あの、ひと言補足したいんですけれども、イカのことです。」

――是非お願いします。

「どうしても言いたかったんですけれども、日泰食堂の丈の焼きイカは非常にユニークなんです。いまだに炭火で焼いてるんですよ。父親や母親から聞いた話ですが、彼らが小さいときには香港で映画を見に行くと、よく映画館の前でみんな炭火でイカを焼いて売っていたというんですね。いまの香港ではそういった情景も見られなくなっているのに日泰食堂はまだ普通に炭火で焼いている。いまはほかの店はどこでも炭火ではなくて電気オーブンみたいなもので焼いている。イカもたぶん韓国産のイカがほとんどなんです。だから、ここの炭火焼のイカっていうのは、私たちにとっても大事な記憶なんです。」


『日泰食堂』は530()よりユーロスペースほか全国順次公開
写真:太秦提供
公式サイト: nittai-shokudo.com

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