連載「コペンハーゲンの隣から」#4
気取らない贅沢を求めて
“コペンハーゲンの隣” 、マルメではやっと春が近づいてきて、暖かい陽気が続いています。週末に海の近くまで行ってみると、たくさんの人々がただ日光浴をしたり、散歩をしたりしていました。
吹く風はまだ少し肌寒いけれど、水着姿で海に飛び込む人たちも見かけ、冬の長いスウェーデンで暮らす人々がどれだけこの季節を待ち望んでいたのかがわかります。
![]()
スウェーデン・マルメでの暮らしが始まり、はや半年が経ちます。
そろそろマルメのほとんどを知り尽くした気持ちになってしまいそうになりますが、いざ行き先を決めず足の赴くままに散歩してみると、まだまだ知らない場所や通りがあったことに気がつき、その度にまた新鮮な感覚が芽生えます。
新しいお店を訪れることを繰り返すうちに、自分だけの「お気に入りのお店」リストが徐々に出来上がってきています。
休日にゆっくり落ち着きたいなら、甘いホットチョコレートがあるあのカフェ。とにかく腹ぺこで仕方がないなら、大きなフィッシュスープがあるあそこ。
その時の気分によって、今日はここにしよう、と決めるのを楽しんでいます。
ひとりで暮らす中で、そういう場所が一つではなくいくつかあることが、これからしばらく続く生活を自然と豊かにしてくれているようで、それがとても心強いです。
その中でも「誰かを連れていきたい」と思える場所には、少しだけ特別な理由がある気がしています。
今回は、マルメを初めて訪れた人と一緒に行きたいそんな一軒について。
静けさの先に赤く灯るネオンサイン
日がしっかり沈みきった平日の19時、友人と住まいから中央駅方面にしばらく歩いた所にある目的の場所を目指します。
マルメのランドマークとして知られる場所のうちの一つ、Gustav Adolfs torg(グスタフ・アドルフ広場)に辿り着くと、だんだんとお腹が空いてきました。
人気のない静かな通りを抜けたところに見えてくる、赤いネオンサインが目印です。
通りに面した建物の窓ガラスからは、すでに緑のランプに照らされる人々の愉快な雰囲気が漏れ出ています。
![]()
![]()
夢の空間に飛び込むように、ドキドキを胸に抱えながらドアを開きました。
足元には、「ようこそ」と迎え入れてくれているようなタイルで形作られた “Sture”の文字。
![]()
一歩踏み入れただけで、日常から少し切り離されたような感覚になります。まず、入ってすぐ目につくバーの背景を彩るお酒の数々。神々しく照らされ、天井の高さまで敷き詰められたお酒の様には圧巻です。
これからどんなわくわくを体験できるのだろう、そんな期待を胸に感じながら、気さくに微笑むスタッフに案内され、テーブルに着きます。
![]()
![]()
1912年創業の[Sture](ストゥーレ)。創業当時からの歴史を受け継ぎつつ、 現代的なスタイルを取り入れながらも今なおマルメの人々に親しまれているレストランです。Skåne(スコーネ:マルメが位置するスウェーデン南部の地方)らしい精神のもと、週7日、ランチから深夜まで、気軽だけれど十分満足感のあるスウェーデンの伝統料理を提供しています。
メニューをばっと開くと、一面ずらっと並ぶワインリスト。きっとここに来る人は、まず初めにこのリストとにらめっこすることから始めるのだろうと思いながら、どれにしようかと吟味します。
結局フランスの白ワインを。酸味の強いキリッと爽やかな味にしゃきっと背筋が伸びます。
伝統料理を、いつものように
はじめにいただいたのは、 “Stures Sillar” (スチューレ特製ニシンのマリネ)。スウェーデンを代表する食材の一つ、ニシン。中世から続く伝統的な日常食でありつつ、クリスマスやミッドサマーでも食べられる行事食でもあります。
南蛮漬けのような甘酸っぱいもの、ディルと魚卵のサワークリームで和えたもの、そしてしっかり砂糖の甘みを感じるものの3種類。
ニシンのマリネ一つとってもそれぞれ異なる味。スウェーデンの伝統の一端に触れる、はじまりにぴったりな冷たいプレートでした。
![]()
店内からは奥の扉の向こうに明るいキッチンがあり、そこから時々ベルの音が鳴らされます。ちらっと提供間近のお皿が覗き、ぎゅうっと何かを絞るシェフの姿が見えました。
間もなく私たちのテーブルに届いた “Köttbullar”(ショットブッラル)。スウェーデンと言えば、でよく知られるミートボールです。
濃厚なグレービーソースのかかった想像よりも大きなミートボールに、きゅうりのピクルス、さっき絞っていたたっぷりのマッシュポテト、そしてリンゴンベリーが添えられます。
どっしりとした佇まいに見とれつつも、冷めないうちにいただきます。
大きなミートボールを、ナイフで半分に切って一口。すると、ずっしり感のある見た目とは裏腹に、ふんわりと軽い食感のミートボールにソースが絡み、噛むほどにじんわりと甘みが出てきます。マッシュポテトはきめ細かくなめらかで、酸味のあるピクルスと甘酸っぱいリンゴンベリーが、華やかで飽きの来ない味をもたらします。気がつけば、最後の一口。ソースを余すことなく平らげました。
![]()
すっかり満腹なはずなのに、そんな胃袋を騙すように、最後に “Rhubarb pie”(ルバーブパイ) もいただきます。ルバーブは、茎が鮮やかな赤色の酸っぱい野菜。日本ではあまり馴染みがありませんが、スウェーデンでは夏の訪れを感じる季節の野菜で、ジャムやこのようにパイにするのが伝統的な食べ方です。
クランブルが浮かび、じゅわっと熱を帯びたルバーブパイのきらめく表面に冷たいバニラクリームをぽてっと乗せて一口。最後に分け合うのにちょうどいい、春らしいやさしい甘さのデザートでした。
![]()
ふうとひと息、お腹と心が同時に満たされていくのを感じ、背もたれに身を預けます。店内の熱量は、扉を開いた時からほとんど変わりません。大人数での会合や、観光で来ている夫婦、いつものメンバーで来ている常連らしきグループがテーブルを埋め尽くしています。どのテーブルの人たちも、気取らない自然な表情でここでの時間と料理を存分に楽しんでいるように見えました。
また、時折スタッフと親しげに言葉を交わす人々や姿を見て、きっとそれぞれにとって心安らぐ「とっておきの場所」なのだろうと思いました。
[Sture]で楽しむ人々の様子を思い返してみると、日常から少し距離をとった雰囲気と食事でありながら、そこでは誰もが肩肘張らずに過ごしているように見えました。そして、私たちを含め、普段の延長のような心地よさでこの時間を楽しんでいた気がします。
両腕を広げていつでも待っている、そんなひらけた空気感は、100年以上続く歴史の中で、この場所を作ってきた人々、そして集ってきた人々によって育まれてきたものなのかもしれません。
マルメの人々が日々楽しむ伝統料理を存分に堪能し、満ち満ちた気持ちで暗い夜道を帰りました。
そしてきっとまた誰かを連れて、赤く灯るこの場所に戻ってくるだろうと思います。
![]()
2001年生まれ。武蔵野美術大学卒業。北欧の食文化や人々の暮らし方に強い関心を持ち、2025年8月よりスウェーデン・マルメに在住。食にまつわる全てのものが大好き。月に一度スウェーデンでの暮らしについて綴るニュースレターを更新中。
IG @nktmr9