連載「軽井沢の静かな食熱」#1

二拠点生活2年目、おいしい往復を続ける理由


Momoka YasushigeMomoka Yasushige  / Jan 9, 2026

初日は、用意のないキッチンで、唯一鍋に見えた炊飯器の釜を使って、引っ越しを手伝ってくれた友だちと、スーパーツルヤの生そばを湯がいた。

釜の縁から立ちのぼる湯気を見て「これ、正解だよね」と言い合いながら食べた。ちゃんとおいしくて、安心する味。

引っ越しの初日というより、生活が始まる前の、まだ仮置きの食卓。いまでも、東京で会うたびに彼女とこの日の話をする。

仕事の都合で軽井沢に移住することになったのは、2023年。

過去に来たのは一度きりで、ほんとうにそれだけだったので、「ちょっと行ってこよう」くらいの気持ちで、あまり実感のない決断だった。移動に近い感覚だったかもしれない。

東京へ引っ越す当日のお昼まで、フラメンコの会場でケータリングのお手伝いをしていた記憶。

現在は東京に戻り、予想もしなかった2拠点生活にインして1年半。

基本はライフスタイルブランドの広報をしていて、軽井沢へ帰ると、御代田にある[CORNER SHOP MIYOTA]のカウンターに立っています。

宿泊施設とカフェバーが一体になった場所で、旅をするひとと、まちのひとが集まる。仕事であるけれど、いつのまにか会話に混ざっている、という夜も多い。

イギリスの街角に見られる便利な日用雑貨の呼称である「コーナーショップ」を店名に。そういえば韓国のだいすきなお店[in season]も、東と南の角に面している。コーナーには、いつもおいしいものが集まる。

そうして気づけば、結果や目的を追求する普段の仕事のなかで、どこにも着地しない往還が始まった。

帰るたびに、愛おしくて、チャーミングなひとたちがいて、日々の生活を更新している。仕事と暮らしがシームレスにつながっていて、カウンターやお店越しに、食がある。

そして、共同で田や畑を管理するなど、まち単位で見ると、シェアやコモンズの感覚が、食の領域に自然と浸透しているように感じることが多い。

簡単にまとめると、地元のひとと、移り住んできたひとが、それぞれのペースで暮らしていて、そのエネルギーが重なるところに、自然とおいしい場所が生まれている気がする。

ともだちが遊びにくるときは、案内するたびに決まっていったゴールデンルートがある。それはもう、この土地の空気を、ぎゅっと煮詰めたスープみたいな濃度にしたい。写真は、定期的に会いに行きたくなる、インテリアギャラリー[SAMNICON]のおふたり。

縁あり、20代前半を締めくくるように、この土地で出会った等身大のおいしさを書く機会をいただきました。

補足ですが、この連載の言うところの「軽井沢」は、御代田町まで含む広域のエリアです。(もし実際に訪れるときには、車での移動がおすすめ)

御代田は1960年代以降、当時デザイナーたちが移住してきたカルチャーが息づくまちだ。

軽井沢の発地エリアに三越があったころ。この当時使われていた別荘管理の社員寮の小径が、いまはフードロードに変化している。

東京に戻ることが決まったとき、[CORNER SHOP MIYOTA]の仕事も手放そうと思っていた。

そのことを文章にして伝えたら、思ったよりもあっさりしていて、その分、あとからじわじわ寂しくなった。

数日後、シフト終わりの夜に、お店の外のベンチに座って「月に数回でもいいので……」と、弱気に相談した。

「それを可能にできる仕事と、環境とインフラがあること、めちゃくちゃ幸せじゃない?週末に帰ったときに立っていくれたらいいよ。」

オーナーのたつやさんとワイングラス片手に話はあちこちに広がっていたのに、その一言は芯を食っていた。

そう感じたのは、何か新しい考えをもらったからではなくて、すでに身体が知っていた感覚に、名前をつけてもらったからだと思う。

場所を越えるのは大変なことだと思っていたけれど、続けようと後押ししてくれたのは、あのときの秋風のなかのワインとか、ケータリング終わりに食べる賄いとか、そういう食を通した関係性のほうだった。

そうやって考えると、食べものそのものだけではなくて、それを口にするまでの時間や、ひととの距離感のほうが、ずっと記憶に残っている気がする。

軽井沢に来てからも、「これは忘れないな」と思った食の瞬間はいくつもあるけれど、最初に思い出すのは、3年前、移住したばかりのころに畑で収穫したかぶ。

口に入れた瞬間、あまりの甘さに目が開く。一緒にいた友だちは「梨じゃない?」と言い続けていて、違うよと訂正する私も、半分くらい本気で信じていたと思う(笑)。

収穫したらそのまま頬張る!料理という編集なんていらないおいしさがそこにあって、あの果汁はほとんど梨(一緒に食べた友だちは、ずっと梨と言い続けた)。果実を感じる野菜。

カーボロネロ、トレビス。冷涼な気候が、西洋野菜の生を引き出していて、シャキッとする。葉物の甘さに思う、浅間山麓の大いなるパワー。

最近びっくりしたのは白いコーン。弾け飛ぶうまさだった。

それを浴びては、自分がちっぽけだと感じて、それが、心なしか嬉しい!プリミティブなおいしさがここにはたくさんあって、そのたびに幸せをもらう。

そうやって土地のなかで味わう食体験は、そのまま私の仕事の軸にもなっている。

iieatというフードユニットを組み、フードツアーの企画運営や、土地の食材でケータリングを行っている。

かぶが梨だった、その農家さんの野菜をつかって、軽井沢のまちのマルシェに出店することもあった。

他に原宿キャットストリートや横浜みなとみらいをフィールドワークして、収穫したハーブで和菓子をつくるイベントをしたり。

韓国ソウルのカフェスペース[Achim]にて。市場の山菜をつかって、モーニングプレートを提供したときの様子。現地の季節の食材をつかって、和食のプレートに。

空腹を満たすだけじゃなく、「こんなひとがつくっている」という物語に出会うこと。そして、「こんな場所にもハーブが生えている」と、新しい喜びや発見が生まれる景色をつくりたい。”Eat like a journey”!

それは、食事を提供しているというより、風景をつくっているのかもしれない。

私がまだ子どもだった頃、パーティー好きの父が、まちで仲良くなった海外の方を家に連れて帰ってきては、8人がけの一枚板テーブルをかこんだ。

シャイだった私は料理に徹していて、キッチンの向こうからそれを見る。それが、美しいと思った食の風景の、記憶上最初のシーンだ。

当時は、言葉もわからないひととご飯を食べることの意味が良くわからなかったけれど、文化も言語も違いを超えている食は、とても愛に近いメディアだと思う。

愛に近い食の景色。これからの連載では、お店のこともあれば、ひとのこともあるし、何気ない場面も。どこにおいしい出会いがあるかわからないけど、連載のなかで、発見してゆくこともあると思う。

東京から軽井沢へ毎回通うバスは、軽井沢ゆき西武バス。ある便で、隣に座った90歳のおばあさんと3時間話すことに。毎年夏に写真家の弟とやっているという御代田の個展へ。私ぐらいの歳の頃は、アラスカでスキーをしていたらしい。歳を重ねながら、ポップに生きていきたい。

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