小さな駅、美味しい町—Good Local Stations— 006

西小山[小さかった女]の誰もが虜になるカレー


RiCE.pressRiCE.press  / Oct 21, 2025

世界でも指折りのメジャー駅を擁するビッグシティ東京。でも、単路線で乗り換えのない小さな駅も数多く存在。そんな「小さな駅」にスポットを当て、ローカルな魅力溢れる美味しいお店と出会うシリーズ「小さな駅、美味しい町—Good Local Stations—」。

これまでのエピソードはこちら👉
📍駒場東大前駅
001 駒場東大前[888]で出会う新しい家庭の
002 お気に入りのワインを見つけに、駒場東大前[WINE&SUNS
003 美味しい手料理と心地良い時間が待っている、駒場東大前[akko]

📍西小山駅
004 西小山[ホルモン焼 かっぱ]で味わう山形が誇るホルモンと人情のサービス
005 西小山のフランス料理店[caillou]で楽しむ、〆のカジュアルフレンチ

西小山駅前の商店街から少し離れた住宅街にある[小さかった女]。こぢんまりとした店構えはお洒落なローカルカフェのようだが、店の外にかけてある木製看板に目をやると「欧風スパイスカレー専門店」と書いてある。そう、ここは週末の昼時にもなると行列が絶えない、西小山の人気カレー店なのだ。

西小山駅から5分ほど歩くと見えてくる白を基調とした店構え

この日、店に着くとノコギリで木材を切っている女性の姿が見えた。店主の小助川こすけがわ麻里耶まりやさんだ。看板やテーブル、椅子など何でも自分で作ってしまうという彼女は、筋金入りのものづくり好き。内装は壁面と配線を業者に依頼した以外、家具などもほぼ全て手作り。だからだろうか、店内には柔らかくて温かい空気が漂っていてほっとする。小助川さんの好きな本やアートがそこかしこに置かれ、どこを切り取ってもかわいい空間だ。

カウンター4席、2人掛けのテーブルが4席。漫画や小説、雑誌などさまざまなジャンルの本が置かれている。カレーが到着するまでのお楽しみにどうぞ

おいしさの秘密は店主の探究心にあり

北海道・小樽出身の小助川さんは、高校時代から美術を学び、23歳の時に写真学校に通うため東京へ。写真の仕事だけでは食べていけないと、自由が丘にあった蕎麦と和食の店[みつばち]でアルバイトをしていた。その経験がカレー屋を営むことになる事始めだという。

「気がついたら料理が好きになっていました。なんかクリエイティブな作業な感じがして」と話す小助川さん。上京するまで料理経験は全くといっていいほどなかったそうだが、彼女のものづくりに対する探究心は凄まじかった。一度これを作ろうと決めたら、とことん調べ、作っては改良しての繰り返し。2013年に独立した当初は、「ソースライス」という新たな料理を編み出し、間借りで料理を振る舞っていたそう。だが、当時はなかなか理解を得られず、定食やスパイス料理にギアチェンジ。その時に始めたカレーが大好評だったのだ。

店主・小助川麻里耶さん

「当時、大阪でスパイスカレーブームが起きている時期でした。でも私、カレーは好きじゃなかったんです。それでも、自分の嫌いなものは美味しく作れるだろうっていう何かがあって。好きじゃないけど、頭でイメージしたこのカレーなら好きっていうのがあったんですよ。最初は『私が食べるなら』『私が好きなカレー』を軸に作ってました。今は、お客さんのためにこれとこれを足して出した方が良いなとか、お魚もあったほうが良いなと考えてメニューが増えていっています。でも最初のベースとなるカレーは、自分が食べて美味しいと思うカレーをシンプルに。どこで食べても、なんかちょっと足りないな……みたいなことが多かったんです。だからこそ、イメージがめっちゃあるんですよ! 食べてみたら求めてたものと違った時、それをすごく擦り合わせたいんですよね。どうしたら理想に近づくのかなって」

それからというもの、理想のカレーに辿り着くまで試行錯誤を重ねた。そんな彼女が振る舞うカレーは、まさに探究心の結晶といっていいだろう。

うま味を追求したスパイス欧風カレー

11時30分から15時までのランチタイムにお客がこぞって注文するのは、「小山チキン」と「東京キーマ」を両方味わえる「あいがけカレー」。

「あいがけカレー」¥1,500。ランチセットにはドリンク、スープ、キャベツのマリネ付き

注文してまもなく、あいがけカレーが運ばれてきた! まず、そのビジュアルに目を奪われる。ドーム型のライスの上には艶々なキーマカレー。周りにはさらっとしたチキンカレーと大きな鶏肉。味変用の玉ねぎとフライドオニオン、カスリメティが添えられ、キーマカレーの上には黄身とししとうが乗っている。その贅沢で美しい盛り付けに、思わずうっとりしてしまう。その見た目もさることながら、小助川さんの緻密な計算が織りなす味わいがお客の胃袋を掴んでいる。

カルダモンベースのスパイスを使ったキーマカレーは、一口頬張るとキリッとした爽やかな辛みが口いっぱいに広がり、後からじんわりと甘みが立ち上がる。低温でじっくり煮込んでつくられたチキンカレーは、欧風カレーのようなコクのある味わい。トマトの酸味と後から感じるスパイスのほのかな辛みがさらに食欲を掻き立ててくる。二つの味を個々に楽しんだら、次は全部混ぜながら食べてみてほしい。添えてあるカスリメティを混ぜながら食べると少しお出汁っぽさを感じ、はたまた黄身を絡めるとまろやかな味わいに変わる。

スパイスの豊かな香りや辛みも、欧風カレーのようなコクやうま味も感じる一皿。食べ進めるごとに違った味わいを楽しめて、毎日でも食べたくなる。その味わいの裏には、科学的調理が隠されていた。あいがけカレーの場合、鍵を握るのは飴色玉ねぎの成分だという。

「カレーを作る時、『玉ねぎって本当にいるのかな?』って思った時があったんです。時間もすごくかかるし、その時間で他の作業ができるんじゃないかなって。『なぜ飴色玉ねぎにするのか』っていうのを調べ始めると、メイラード反応カラメル化がカレーを美味しくする要素だと知りました。じゃあ、それを別の何かで起こせないかと思って代わりのものを探したんです。今は飴色玉ねぎの代わりに、お酢を飛ばした時に残るアミノ酸と焦がし砂糖を合わせて作った甘味料を使ってます。少し玉ねぎが入っているようなコク深い感じも、チキンカレーのさらっとしたテクスチャーも、この甘味料を足しているからなんですよ」

疲れた体に染み渡る、出汁が効いたハヤシカレー

夜は、昼とはまた違った限定カレーが味わえる。今年の7月からスタートした「ハヤシカレー」は、一日の締めくくりにおすすめしたい一皿だ。

「オムハヤシカレー」(単品)¥1,700。キャベツのマリネ、スープ、ドリンクに加えてスパイスサラダと日替わりのミニおかずが付いた夜限定の定食セット(¥2,300)もおすすめ

この日は、ライスの上にトロトロの卵がのった「オムハヤシカレー」を注文。トマトベースのハヤシライスにスパイスの要素を混ぜ合わせたのが「ハヤシカレー」だが、[小さかった女]のそれには和食の要素が加わっている。

「ハヤシライスは本来ブイヨンを取ると思うんですけど、うちは厨房が狭くて洋食屋さんみたいに場所もないので、取るのは大変で。だから昆布出汁を使っているんです。ハヤシはトマトが入っているので、『トマトに含まれるグアニル酸と合わせるならグルタミン酸だ!』みたいな感じで、グルタミン酸が豊富に含まれている昆布出汁を選びました。そこにセロリとか香味野菜とか飴色玉ねぎをペースト状にしたものがぎゅっと入っています」

食べてみると、優しいお出汁の味がスーッと体に染み渡る。洋食屋さんで食べるハヤシライスとは全くの別物でありながら、日本人の体と心を満たす一皿だ。さまざまなテイストのカレーが揃っているから、どんな気分にもぴったりな味わいに出会えるはず。

店を始めた11年前、小助川さんにとって西小山は聞いたこともなかった街だったという。それでもこの場所を選んだ理由について伺った。

「当時、ここの近くには角の焼き菓子屋さんとアトリエぐらいしかお店はなかったんです。まだ駅前にも赤提灯があったり、昔ながらのお店が多くて。武蔵小山の再開発が進めば、人も他のお店もこっちに流れてくるんじゃないかと思ったんです。じゃあ西小山に賭けてみようかなって。ここ56年は若い方も多く住み始めてきて、だいぶ変わりましたね。ちょっとカルチャーが生まれそうな感じとか、ディープな感じがまだ残っているところが好きです」

果たして彼女の直感は間違っていなかった。今や老舗の隣には気鋭の店が軒を並べ、新旧が入り混じった雰囲気や美味しい飲食店が集まる街として注目されている。

「私は元々社交的じゃなくて、人間関係をあんまり広げないタイプだったんですけど、西小山には仲良くしてもらってるお店もあって。体調を崩した時にみなさんすごくよくしてくださったり。小さな街ですけど、女性経営者の方も多いんですよ。[cizia]もそうですし、[fujimi do 243]っていうモツとロゼのお店もそうで。そこのカウンターを作るのをこの前手伝って来ました(笑)。14時半から飲めるのでおすすめです!」

ものづくりを愛する店主が営む[小さかった女]には、みんなを虜にするカレーがある。細やかで丁寧なサービスや店の穏やかな空気感も、愛される理由に違いない。どんな気分も満たしてくれるカレーを味わいに西小山に訪れてみてはいかがだろうか。きっと、幸せな時間と余韻に浸れるはず。

小さかった女
東京都品川区小山5-25-14 カーサファイブ 1階(Google Maps
11:30〜15:00/17:00〜20:00
月・木(隔週)定休
※臨時休業日はInstagramからご確認ください。
IG @chiisakattaonna

Photo by Taro Oota(写真 太田太朗)IG @taro_oota
Text by Megumi Bunya(文 文屋めぐみ)
Edit by Yoshiki Tatezaki(編集 舘﨑芳貴)
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