
小さな駅、美味しい町〜Good Local Stations
001 駒場東大前[888]で出会う新しい家庭の味
巨大都市・東京。
世界の駅で乗降客数トップ3は、新宿、渋谷、池袋と東京のターミナル駅が独占。次いで、大阪(梅田)、横浜ときて、北千住、東京が続く。他にも品川や高田馬場、新橋、秋葉原などなど都内の駅の多くが世界クラスの人の往来を支えている。
そんな東京において、“小さな駅”の魅力もまた世界に誇るべきものがある。近所の人たちに愛されてきたお店は町のランドマークのようでもあるだろうし、落ち着いた町の雰囲気に惹かれて新たにオープンしたお店が溶け合うのもまたいい。
このシリーズでは、「乗り換えのない」「単路線」の駅にスポットを当てて、おいしい出会いを発信!
広い東京、行ったことのない駅にこそ出掛けてみよう。
素敵で美味しいお店を頼りに。
001|駒場東大前駅
京王井の頭線が走る駒場東大前駅。渋谷駅までわずか2駅だが、その近さが嘘のように閑静で落ち着く空気感が漂っている。駒場東大前駅は1965年、隣接していた「駒場駅」と「東大駅」のふたつの駅が統合して生まれた。北口一帯は東京大学の駒場キャンパスの敷地。緑豊かな大学内では犬の散歩を楽しむ人やサッカーをする少年たちの姿も見られ、地元の人の憩いの場としても親しまれていることが感じられる。街には東京大学のほか、7つの学校があり、東京でも有数の文京地区でもある。日本民藝館や旧前田侯爵邸洋館などの歴史的な建物や自然豊かな公園もあり、ファミリー層にも人気の街。
駅南側の「駒下」と呼ばれる通りにある商店街には、学生の胃袋を支えるボリューム満点な定食屋や地元の人が足繁く通う地域に根差した居酒屋など、昼も夜も楽しめる数々の店が軒を並べている。
“大人の遊び場”[888]で味わう家庭の味
今回紹介する駒場東大前のおいしいお店は、駅の南側の一軒。店名は、8が三つでミツバチと読む。広島県出身の店主・高木祐子さんが2023年4月にオープンしたお店で、昼は定食を、夜は高木さんのアイデア光るおつまみと多種多様なお酒を楽しむことができる。こじんまりとした店内にはカウンターが6席と奥に4人掛けのテーブル席がひとつ。グループでわいわいとテーブルを囲むのも、カウンター席に座り高木さんとお喋りしながらお酒を飲むのも、どんな場面にもおすすめのお店だ。
地元の人から長く愛されたたこ焼き屋[みしま]の跡地にお店をオープンした
お店の魅力はなんといっても高木さんが作る、ほっとする家庭的な料理。だが、そこには家ではなかなかやらないひと手間ふた手間が込められている。旬の野菜を使ったさっぱり系のものから魚や肉を使ったがっつり系の料理まで、その時々のコンディションに寄り添ってくれるメニューが揃い、その数30種ほど。しかも日替わり。この品数を高木さん一人で仕込むというから驚きだ。ランチ営業後には夜のおつまみを休みなくせっせと仕込み、営業中には料理接客をこなしてしまう。
「一人で来るお客さまが多いので、ちょこっとしたおつまみを出してます」という高木さんの言葉通り、一杯やるのにちょうどいい量のアテがリーズナブルな価格で楽しめる。まずは一皿でいろいろな味を堪能することできる、お店の定番・アテモリをいただいた。
アテモリ ¥600。盛り合わせの内容は毎日変わる。もう少しがっつり食べたい!というお客の要望に合わせて、揚げ物をプラスして1,000円で出すこともあるという
お皿いっぱいに盛られたアテは全部で8種。この日のラインナップは、茄子のおひたし、人参ラペ、おいしいアメーラトマトサラダ、クミンで煮た豆、ハツのオイル煮、卵豆腐、あさつきのサンショーおひたし、干しエビラー油春雨。出汁が染みたおひたしは優しい味わいで、はたまたスパイスが効いたアテはクセになる味わい。
それに合わせて注文したお酒は、高木さんが漬け込んだシロップを使った果実酒。この日はりんごシナモン酒や八朔カルダモン酒など、果物とスパイスを合わせたお酒が揃っていた。ほかにも選りすぐりのワインや日本酒、焼酎などドリンクメニューが豊富なのも嬉しい。
「お酒が好きなので、自分がお酒を飲むときに『これ食べたいな』と思うものを作っています」と高木さん。
ほっとする家庭的な味わいの奥に、どこか新しい風味を感じるのは高木さんお手製のスパイスが要のようだ。キッチンの棚に並ぶ透明瓶に詰められたスパイスは全て高木さんのお手製。味の決め手として、ときには隠し味としても使われる。
「スパイスは全部自分で配合していて、すぐにぱらっとかけられるようにしています。ベースとして昆布茶とかを入れているので、ちゃんと家の味がすると思いますよ」
お手製なのはスパイスだけじゃない。カウンター席の後ろにある通称「醬BAR」にも手作りの醬が並ぶ。それにはレシピはなく、同じ味は作れないと笑って話す高木さん。料理の味変としてはもちろん、醬を舐めてお酒を嗜む通なお客もいるのだとか。
変り種の醬は毎日10種ほど用意され、そこからお気に入りの味を見つけるのも楽しい
店主の高木祐子さん。以前は広島で[喫茶点888]というカフェを経営していた。結婚を機に大阪へ移り、その後2018年に東京へ。富ヶ谷にある居酒屋[ネクストバッターズサークル]を間借りし[daygame 888]という屋号で日替わりランチを提供していたが、今の物件に出会い[888]を始めた
「広島の地元におばちゃんがやっていた[みつばち]っていうお好み焼き屋さんがあって。高校を卒業してみんながポケベルを持っていたとき、8を3つ送ると「みつばちに集合」っていう意味だったんです。それが送られてくるとみんなでお店に集まって遊んでました。大人になってもそんな遊び場が欲しいなと思って。『888の屋号は大事にした方がいいよ』って友達からも言われたんです。大阪でちょこちょこ友達のお店を借りてかき氷屋をしている時も[氷屋888]っていう店名でやっていたり、木曜日に間借りしていた時は[木曜日の888]だったり。このお店をやる時も『何ミツバチ』にしようかなって結構悩んだんですけどね」
[888]の屋号で22年。これまで、その地で親しまれる“遊び場”を作ってきた高木さん。広島、大阪の次に駒場東大前を選んだ。
「お店をやろうと何軒か回った末、建物の雰囲気に惹かれてここに決めました。何のゆかりもないこの場所で始めましたけど、駒場東大前はとても良い街ですよ。渋谷から近いのに静かで自然もたくさんある。この歳になってここでよかったなって思います」
こう語る高木さんが思う街の一番の魅力は「人」だという。お店には民藝館帰りの年配女性、東大の教授や学生など、あらゆる世代のお客が集まる。アパレル系やデザイン系の仕事をするクリエイティブな同年代の人も訪れ、みんなで会話を楽しむ時間が高木さんの癒し時間だと教えてくれた。
大人の遊び場として街に溶け込んだ[888]。高木さんが作る料理と明るい人柄に魅了された地元の人たちがカウンターで会話を楽しんでいる。静かで自然豊かな街並みが広がる駒場東大前に訪れ、仕事終わりの一杯を[888]で堪能してみてはいかがだろうか。
888
東京都目黒区駒場1-33-6(Google Maps)
12:00〜(※ランチ数量限定)
17:00〜24:00(food LO 22:00)
※平日の14:00〜17:00はアイドルタイム
月定休
※定休日は変動する場合もあるため、ご来店の際はInstagramをご確認ください。
IG @888_komaba
Photo by Tatsuya Hirota(写真 廣田達也)IG @pppanchiii
Text by Megumi Bunya(文 文屋めぐみ)
Edit by Yoshiki Tatezaki(編集 舘﨑芳貴)
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