カウンターカルチャー「旅先で出くわすカウンターカルチャー」

003 インド、ムンバイの店


Hikaru YamaguchiHikaru Yamaguchi  / Apr 3, 2024

カウンターカルチャーとは?

カウンターカルチャー【counter-culture】

一般的には、1960年代のアメリカを中心に展開した文化の総称で、旧来の保守的な高級文化であるハイ・カルチャーに対する抵抗的なカルチャー(サブカルチャーの一部)を指す。しかし、ここで云う「カウンター」はバーのカウンター、コーヒースタンドのカウンター、あるいは寿司屋のカウンターのこと。一枚板に、L字やコの字…と素材や形状に店舗の味が光る部分でもある。

そんなカウンター越しに生まれるカルチャーがあると思う。店員さん、ほかのお客さん、料理や飲み物…さまざまな登場人物がカウンターを媒介として巡り会うことで、そこに新たなものの見方や感じ方が具現化されていくのではないだろうか。この企画ではそういった切り口でお店を紹介していきたい。


旅先で出くわすカウンターカルチャー

今回は日本を飛び出して、インドはムンバイのお店を紹介したい。ムンバイはインドの西海岸に面する州都で、インド最大の商業都市だ。ポルトガル語のボン・バイア(良湾の意)に由来するボンベイと呼ばれていたこともある。しかし、現地語(マラーティー語)で漁民の信仰を集めていたシヴァ神パールヴァティーの異名、ムンバから取ったムンバイという呼称が定着するようになった。

インドでは呼称が2つある都市が多い。例えば、カルカッタとコルカタ、バンガロールとベンガルール。なぜかというと、イギリス植民地時代に一度英語の名前に改称されたから。その植民地支配のイメージを脱却しようと1990年代頃に元々の呼び名を取り戻そうという動きが起きたのだ。

さて、見知らぬ土地でごはん処を選ぶ際、皆さんはどうしていますか?
ガイドブックでリサーチしたり、ホテルのスタッフにおすすめを聞くのも捨てがたいけれど、一番良いのは通りがかりにビビッと来たお店に吸い込まれるように入ってしまうこと。

前情報ゼロなので、ハズレの可能性も正直ある。しかし、自分の勘だけを頼りに判断した結果なら、それはそれで思い出になるのではないか。

郷に入っては郷に従え

今回実際に吸い込まれて入ったのがこちらのお店。

地元の人でごった返している[JYOTHI LUNCH HOME]。LUNCH HOMEと謳っているが、夜でもこの様子。店内は勿論、店の外にもテイクアウトの受け取り待ちのような人たちが多数たむろしている。外国人が足を踏み入れていいものかと迷い、一度は通り過ぎてしまったのだが、やはりどうしても気になってしまう。行かないで後悔するよりも行って後悔、という気持ちで踵を返して直感を信じて飛び込んだ。

内装・雰囲気どこを切り取っても、ローカルな食堂という印象を受ける。ガイドブックに載っていたりするのだろうか。少なくともこの日は自分以外に海外のゲストはいない。そういう店は信頼できるもの。空いている銀色のカウンターテーブルに着くと、店員さんがメニューを渡してくれた。

看板に「VEG & NON VEG」とあるように幅広いラインナップが用意されている。それで常連さんも飽きずに通うわけだ。最近チキンカレーやベジカレーを食べていたので、ここでは少し気分を変えてエッグカレーを注文してみる(いずれにしても全部カレーではあるのだが)。

「ベジ(菜食主義者)/ノンベジ」という概念は日本でも近年よく耳にするようになったが、海外ではもっと身近なものだ。インドでは特に宗教に基づく考え方と密接といえる。ヒンドゥー教では、牛は神聖な動物として崇拝の対象とされているため牛肉を食べることは禁忌とされている。そこらじゅうの道端で牛が歩いているのだが、歩行者はもちろん普段運転の荒い車でさえも牛を優先する。それほど牛は神聖な存在なのだ。また、豚は不浄な動物とされ基本的に食べることはない。食べられている肉といえば鶏・ヤギ・羊が主だ。

インドではスプーンやフォークを使わずに手で食べることが多い。そのため、大抵の飲食店には手洗い場が設置されていて、食事の前に皆そこで手を洗う。

これは有名な話だが、食事には右手のみを使う。右手は浄、左手は不浄であり、左手はテーブルの下に置くことが多い。日本的感覚では行儀が悪く思えるが、ここはインド。郷に入っては郷に従えということで右手でいただくことにする。

そうこう考えていると料理が運ばれてきた。インドでは複数の料理(カレー)が一つの皿に載って出されることが多い。仕切りのあるお皿の手前に平焼きパンのロティ、奥にダル(豆カレー)と野菜カレー、そして主役のエッグカレー。副菜はマンゴーのピクルスとインドではよくお目にかかる生の紫玉ねぎ。更にこれにライスが付く。

さて、早速ロティを右手の親指・人差し指・中指の3本を使って一口大に割く。左手は使えないからこれが最初はなかなか難しい。エッグカレーはココナッツが入っていて甘くまろやかで美味しい。単体で楽しんだ後、ダルや野菜カレーと混ぜながら3本の指で食べる。それぞれの味が組み合わさって美味しさが増すのだ。不思議なことに邪魔し合わない。

個人的な見解だが、カレーを手で食べるとスプーンで食べるよりも10倍くらい美味しく感じる。なぜだろうと色々と思考を巡らせてみる。きっと寿司と似ているのではないだろうか。寿司を箸で食べるのと手で食べるのでは感じ方が変わる。

まず指で食べ物の感触や温度を直接感じ取れる。そうすることで口に運ぶ前に体が「これから『美味しい』を感じるぞ」という準備ができる。そしていざ口に運んだ際、一口で接する舌+指の表面積が大きくなる、つまり、より広い範囲で美味しいを感じることができるのだ。

この2ステップが「カレーを手で食べるとスプーンで食べるよりも10倍くらい美味しく感じる」理由なのではないか。ポテトチップスも同じで、手につく粉を嫌って箸で食べる方法も昨今広まっているが、何も気にせず手を粉まみれにして食べるのもまた至高なのだ。

翌朝、再び訪れてみる。「どうぞ中へ」と案内され、例の銀色のテーブルに着くと、店員さんがメニューを渡してくれる。昨夜の店員さんだ。「君また来たのか」と口に出してこそ言いはしなかったが、そういった意図が込められたであろう目配せをしてくれた。これがノンバーバルコミュニケーションというやつか。広い懐で受け入れてくれている気がして、店に対しての、延いては街(今回の場合はムンバイ)に対しての親近感がじわじわと増していく。

「地元の奴らはこれを朝食にしてるよ」と言って「Plain Dosa」というメニューを勧めてくれる。Dosa(ドーサ)とは、南インドのクレープ状の料理である。それにスープ状のカレーが2種。一方は酸味がある。タマリンドが入っているのだろうか。もう一方は色が白くて甘みがある。ココナッツをベースにマスタードシードと鷹の爪でピリリとアクセントが添えられている。二つの味が全く違うので飽きずにドーサを完食。

そして食後にチャイを。普段コーヒーにはミルクも砂糖も入れない派だが、チャイにはついつい砂糖を入れたくなってしまう。そもそもインドのチャイにスパイスやミルク、砂糖を加えて飲むのには理由があるのだけれど、長くなるのでまたどこかで。とやかくいわずに郷に入っては郷に従え。

旅と食という体験

食べた料理はもちろんだが、たまたま入ったお店の存在、感じの良い店員さん、食べるという行為をした空間も雰囲気もすべて含めたひとつの体験として、自分にとって掛け替えのない財産になる。旅と食とは切っても切り離せない密な関係だと思うわけで。

ここでは旅の中の一食を紹介したが、反対に一食の中に旅を感じることもできる。例えば、日本でインド料理を食べるとしよう。料理に見たことのないスパイスが入っていて、その正体を店員さんに尋ねてみる。インド出身のシェフが「このスパイスは●●という種類のもので、△△などの料理によく使われるんだ。××のような香りがして〜〜」など詳しく教えてくれる。その背景にある暮らしや文化まで話が広がったりもする。

この一連の流れが、料理や料理人を通じてインドの文化を感じるという行為なのだ。あなたがインドに思いを馳せて料理を五感で感じた時点で、それはもう立派なインドへの旅となるのだ。

旅も食もその周りにはさまざまな出会いが溢れている。そこから感じられるものは“エン”カウンターカルチャー(encounter-culture) と呼べるかもしれない。

JYOTHI LUNCH HOME
Survey 1, Piroza Mansion, PB Street, Maruti Lane, Near Fort, Mumbai
※GoogleMapでは近くの別の建物を指してしまうのでご注意。

Edit by Yoshiki Tatezaki
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