Anders Frederik Steenが語る、ワインとの距離
Wine Followerとしての在り方
[Noma] の元ソムリエ、そしてナチュラルワインの革命児。
そんな言葉から想像したアンダース・フレデリック・スティーンの人物像は、気難しいプロフェッショナルだった。
その予想は、会ってすぐに消え去った。
柔らかな物腰とナチュラルワインに対する圧倒的な愛。その奥には、自分自身と向き合い続けたからこそたどりついたのか、どこか悟りにも似た、しなやかな落ち着きがあった。
2022年に出版した著書『Poetry Is Growing in Our Garden』の日本語版の刊行を記念して来日したタイミングで、書籍のこと、そして彼の考えるナチュラルワインについて伺った。
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――著書『Poetry Is Growing in Our Garden』について聞かせてください。
まず、“poetry(詩)”は、詩集のような詩ではなく、ものを掛け合わせたとき、1+1が2以上となるような相乗効果を生むものを指しています。
ワインを作ることは詩に少し似ていて、ぶどうとその果汁を組み合わせたものに、時間という視点を持ち込みます。そうすると、ぶどうだけでは到達できなかったような美しい表現へと変化していくのです。
この著書のタイトルでは、「私たちが探しているような相乗効果のきっかけというのは、実はどこにでもあって、庭に育っているようなもの」ということを伝えたいのです。
そもそもこの本は、読者を想定して書いたものではなくて、自分の考えを書き起こすことで整理し、必要な時に読み返すためのノートがきっかけなんです。
世界には様々なワインに関する本がありますが、その多くはジャーナリズム的なものや、テロワールの詳細を扱う専門的なものです。
私が実際にワインを作り始めるときに欲しかったのは、ワインの作り方だけではなく、その裏にある考えや感情、疑いなどすべてを説明しているような本でした。
そして今まで自分のために書いてきたこのノートがちょうどそこを埋めるような、今までになかった形のものだったので、様々な人と話していく中で、本として出版することになったのです。
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英語版の著書を携えて訪れた来場者も。
――本の中で「ワインを理解しようとする執着は、ワインを誤解することと同じだと強く信じている。」という一節がありますが、この考えに至った背景やここでの“理解”とは何を指すのか教えていただけますか。
常に変化し続ける何かを理解するということは、ほとんど不可能に近いです。「もう少しで理解できそう」と思っている時点ですでに誤解が生まれているのです。
理解しようとすることは、結論を求めることを意味します。でも結論というのは、面白いものではないと思うのです。
完璧であることは、私にとっては少し退屈です。完結した瞬間に、その先は閉じてしまうじゃないですか。
完璧じゃないからこそ、続きがある。だからこそ、すべての可能性が残されているのです。
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取材当日清澄白河の [FAAR] にて開催された、[SEEALL]とのコラボレーションTシャツのローンチイベント
――アンダースさんにとってワインとは何ですか。
二つの答えがあって、一つは、発酵させたぶどうジュース。
もう一つは、表現手段です。私は、ワインのタイトルを通して、詩的な美しい言い回しから、社会的なメッセージまで、私たちが考えることを伝えることができると考えています。
ただ同時に、風味というものもまた言語形態の一つだと感じています。ワインが風味を通して自分自身について語っているとも思いますし、そのワインによって動かされる人々の感情もまたコミュニケーションなのです。
今回の来日イベントもそうですが、人に消費されるものを作る生産者として、みなさんがワインを飲んだ時にどのような顔をするのかを見届けるということも大事にしています。
幸い、ほとんどの人が好んでくれますが、好ましくないという反応も問題ありません。そういうフィードバックがあることでまた、よりよいワインを作る可能性が生まれるからです。
そう考えると、ワインは私にとって「メディア」なのかもしれません。その瞬間に生活の中で起きたことを、人に伝える方法、と言いましょうか。
ワインを自由にしてあげることで、風味を通して新しいことを表現することができるのです。
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”Come walk with me and wonder a little”
おいで、散歩にいこう。少しだけ、不思議に思ってみよう。
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アンダースさんのバックビンテージがずらりと並ぶ
――「ナチュラルワイン」という言葉をどのように定義しますか。そもそも定義は必要だと思いますか。
ナチュラルワインというのは、ジャズのように完全に自由なフォーマットとして理解されるべきだと思っています。
枠組みを作り始めた瞬間に、芸術的な表現を失ってしまうのです。
自由は絶対性でもあります。
ナチュラルワインは自由であるから、絶対的なのです。
ワインづくりというもの自体が、生産者とワインが自分自身を好きなように表現する場です。なので、定義してしまったら、その自由が失われてしまうのです。
何も足さず、何も取り除かず、コントロールもしません。
ただぶどうを摘んで、搾り、あとは時の流れに委ねます。
何かを足した瞬間から、それはもうワインではなく、“ぶどうを元にした飲み物”でしかないのです。
英語ではワイン生産者のことを”winemaker” と言いますが、私たちは何も”make”していません。
ワインというのは結局、時間と、土壌やぶどうの表現、そして作り手の表現が重なり、生まれるものです。
なので、“wine follower”とでも言いましょうか。
その方が、ずっと実態に近いような気がするんです。
――これからのナチュラルワインの向かう先をどのように考えますか。
もちろんトレンドである側面もありますが、自分の価値観や意思に基づいて選ばれるようになり始めていることも重要だと考えています。
自分たちの体のために、添加物が加えられていないから選ぶ。それと同じくらい、「ぶどう畑にも化学物質が使われていない」ことも大きな意味を持ちます。ナチュラルワインを選ぶということは、自分の体だけでなく、環境にとってもいい選択なのです。
この“環境のために”という考えが、未来を形作ります。なので、ナチュラルワインを意識的に選択するということは、昨日より今日の世界を少しでも美しい場所にしたいという思いを反映しているとも言えるのです。
今日の積み重ねが未来を作るので、“今日なにをするか”が、未来に響いてくるのです。
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「乾杯は、目を見て。」 今回のアンダースさんの来日イベントをコーディネートした [gubi gubi] の平澤淳一さんと。
これまでナチュラルワインをそれなりに飲んできた自負はあるが、それはただ単に「美味しいから」だった。
味やシーンだけで選んできたが、選択すること自体が、ひとつの意思表示だったのかもしれない。
飲む、食べる、そして考える。
今まで見てきたはずの景色が、少しだけ違って見えた。
そしてたぶん、その違いはもう元には戻らない。
<書籍概要>
『Poetry Is Growing In Our Garden』
著者:アンダース・フレデリック・スティーン
版元:twelvebooks
価格:4,500円(税別)Photo by Mishio Wada(写真 和田美潮)IG @mso_340
Text by Terra Owen
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