連載「コペンハーゲンの隣から」#6
太陽の沈みきらない夏の夜
マルメにもいつの間にか夏がやって来ようとしています。暗くて寒い冬からは打って変わって毎日晴れの日が続くスウェーデンの夏の空気は、すかっとして気持ちがいいです。
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マルメでの生活の合間に、ポーランドの北にある港街、グダニスクへ一人旅に行ってきました。
マルメよりもカンカンとした日差しを浴びながら、パステル調の建物が並ぶ旧市街を歩いたり、広い海が見渡せるビーチまで足を伸ばして編み物をしたり、のんびりと過ごせました。
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初めての土地では、観光地らしい場所から少し外れて、人が住むエリアをあてもなく歩くことにしています。
洗濯物を外に干す家、早朝に洗車をする人、通勤前に地元のパン屋に立ち寄る人。そんな人々の日常風景から、地続きの生活を想像するのが楽しいです。
そして、そういえば私にも、毎日繰り返している生活があったな、とふと思い出します。
私が旅をするのは、遠くへ行って新しいものを見つけるためというよりも、そこに住む人たちの暮らしを通して、自分の生活に目を向け、それを続けていくためなのかもしれないと思います。
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ポーランドで食べた Cebularz(ツェブラシュ)というふわふわの生地に細かく刻んだ甘い玉ねぎとケシの実をたっぷりとのせた惣菜パン。学校の購買なんかに並んでいたら嬉しい、どこか懐かしくて素朴な味。
初めての土地を訪れた後にマルメに帰ってくると、ここが今私の住んでいる街なんだ、とほっと安心している自分がいます。
そんな風に思える場所が、自らが生まれ育った場所以外にできたことをいつも嬉しく思います。
そして、雑然の中に流れるどこかおおらかな空気をまとったマルメは、やっぱり落ち着きます。
旅から家に帰ってきて、ひと休憩。見慣れた窓の外にのぞくのは、時間の感覚が無くなりそうな真っ青な空。さっきまでへとへとだった身体が徐々に生き返ってくるのがわかります。
日曜日の20時。まだまだ沈みきらない太陽に、今のうちにたくさん陽を浴びておきな、と背中をとんと押されるような気持ちで家を出ました。
食と人が集うマルメの新しいリビングルーム
小さなポーチだけ携えて、できるだけ身軽な格好で、マルメの中心に新しくできた[リビング]に行ってみます。
おそらくここにいる間一番通った場所であろう図書館を通り過ぎて、もう少しまっすぐ。フードホールを越えて赤い橋が見えてくると同時に、異国っぽい香りが風に乗ってやってきます。
導かれるようにゆるく区切られた入り口を通り抜けると、そこには楽しげな音楽が流れ、西日に照らされる人々の姿がありました。
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“Malmös nya vardagsrum för mat och umgänge.”
(マルメの新しい、食と交流のためのリビングルーム)
[CANTIN] は、そんなコンセプトを掲げて、食と人、文化がゆるやかに交わる場所として生まれた空間です。
隣のコペンハーゲンにある屋外ストリートフードマーケット[Reffen] からも影響を受けつつ、ローカルに根を張りながら、マルメらしいかたちで人が集まる場所になることを目指しているそう。
[CANTIN] の営業時間は、月曜日から日曜日の朝の11時から夜の10時まで。
常時、いくつかのフードトラックとバーが並びます。常設のフードトラックやコンテナのほとんどはリサイクル資材を使ってDIYされたもので、遊び心のあるアットホームな空間です。
毎日やっていることもあり、仕事終わりに一杯飲みに立ち寄る人や毎週末集まる家族の風景を自然と想像できました。
この時間は、活気のありすぎないまったりとした穏やかな雰囲気。丁寧に深呼吸したくなる気持ちいい温度感が、旅を終えた後にはちょうどよかったです。
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この日は、Fish and Chipsやクレープ、インドカレー、あまり馴染みのないアルゼンチンやシンガポールの国旗を掲げるトラックがありました。
一見ただ雑多にありとあらゆる異国の食を集めているように見えるけれど、円を描いてゆるく繋がっている様子が、グラデーションで雰囲気が変わっていくマルメの街全体とも重なっているように思いました。
ぐるっと一周すれば全体を回れてしまうほどのこじんまりとした広さも、この街らしいです。
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目に入るどの人たちもこの場所に「いる」ということ自体を味わっているように見えます。スウェーデンの夏に、こうして外でお酒を飲む人々のキラキラした表情を見つめる時間は至高だなと思います。
ボトルワインを空にしてからもしばらくずっと語り続けている二人、砂浜で天に顔を向けてただまどろむ人、一人で目の前にビールを2杯同時に並べる人。
そんな風景をみていると、食欲が刺激されてくるのが不思議です。
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まだ食べたことのない料理を、と西アフリカ料理のお店に行ってみました。
メニューの一番上にあったピーナッツのシチュー、Tiga(ティガ)はどんな味なんだろうと気になりましたが、この日はあいにく売り切れ。
代わりに勧められたZame(ザメ)をいただきました。
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Zame(ザメ)は西アフリカ・マリやガーナで親しまれている料理。たっぷりのトマトや玉ねぎでぱらっと軽く炊き上げた真っ赤なご飯です。見た目は、世界各地の米料理、ジャンバラヤやパエリアにも似ています。
オレンジ色に染まったバスマティライスは、少しピリッとする唐辛子やクミンの風味がします。
ごろっと牛肉が入ったトマトシチューNandji(ナンジ:西アフリカ・マリの伝統的な家庭料理)はぐつぐつと時間をかけて煮込まれたのがわかる、野菜がぎゅっと凝縮された力強い味。軽いバスマティライスと合わせると、肉、野菜、米が一度に食べれる日本のカレーのようなコンフォートフード感があります。
時折ちょっぴり添えられたオレンジ色の辛いペーストを合わせると、ガツガツ食べる手が止まりません。
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実はこの後、ちょっとした事件が起きました。
夕方のカモメの鳴き声を聞きながら外で食べる時間は、気持ちいいなあと思っていたところ、隣にいた人が忘れ物をしていることに気がつきました。
それを届けて、よし、ごはんの続き〜と振り返ると、代わりにカモメたちが私の晩ごはんを囲んでいます。
慌てて戻ったものの、お肉はほとんどなくなっていました…泣
どうやら夏の気持ちよさに油断してしまったようです。
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心の中で号泣しながら、ご飯を食べ進めようとしたそのとき、ふと通りすがった私と同い年くらいの女性に声をかけられました。
「美味しそうだね。どこで買ったの?」とまさかこんなタイミングで、食を通して会話が始まりました。
話しているうちに、お互いの住む家がものすごく近所なことがわかり、思わぬ偶然にびっくり。年齢も同い年で、近くの中国料理屋が安くて美味しいよと教えてもらったり、好きな映画が同じだとわかったり。気づけばずいぶん話し込んでしまいました。
「ご飯を買いに行こうと思ってたのに、喋りすぎて日が暮れちゃったね。でもまあいっか」
そう言って彼女は、「一緒に帰ろう」と言いました。
マルメで出会う人たちの、そういう軽やかさがいいなと思います。
そんな軽やかさがうつったように、家に着く頃にはカモメに食べられてしまったことも、どうでもよくなるくらい、満たされた気持ちになりました。
こうしたふとした瞬間に、人と繋がる余白がそこかしこにあるのもこの街の好きなところです。
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そんなマルメでの生活も残すところ1ヶ月。この連載も今回でおしまいです。
「マルメはスウェーデンで一番いい街!」と声高らかに言った彼女の言葉に、間を置かずにうんうんと頷けるくらいに、この街のことが好きになりました。
初めての海外暮らし、初めての一人暮らしでしたが、不思議なくらい気張らず、縮こまらずに過ごせた数ヶ月でした。
そう思えるのも、偶然が重なり導かれるようにたどり着いたマルメだったからだと思います。
いつかまた、ちょうどよさ溢れるマルメに「ただいま」と帰ってこられますように。
あわよくば、「ここが私の住んでいた街だよ!」と、大切な人たちを連れて来られたら。
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2001年生まれ。武蔵野美術大学卒業。北欧の食文化や人々の暮らし方に強い関心を持ち、2025年8月よりスウェーデン・マルメに在住。食にまつわる全てのものが大好き。月に一度スウェーデンでの暮らしについて綴るニュースレターを更新中。
IG @nktmr9