連載「京都-逗子日記 街の気配をつれて」#6
雨の春巻き、夏の桃、たくさん寝た日のしらすトースト
この連載の初回、わたしはこんなことを書いていた。
その土地での暮らしが、すっかり自分のものになるには、どのくらいの時間がかかるのだろう。
北へ上がる、南に下がる。お店の名前、通りの名前、季節の行事。そこに飛びかう共通言語には、まだ追いつけないこともある。逗子駅から海までの道なら、きっと瞼を閉じても歩けるのに。
読み返し、首をかしげる。「暮らしがすっかり自分のものになる」とは、一体どういうことだろう。自分の言葉に滲むエゴと焦りが、少し恥ずかしくもなる。きっと自分でも気付かないうちに、肩に力が入り過ぎていたのだろう。早くこの土地を知らないと、馴染まないと、と。
京都に越してきて四ヶ月あまり。
わたしはいまだ、タクシーの運転手さんに「〇〇通りを少し下がったところです」と説明することができず、Google Mapを差し出している。最近は忙しさにかまけて、せっかく京都に住んでいるというのに、満足に散歩もできていない。季節の行事も逃してしまいがちで、先日は6月の終わりに食べる水無月(ういろうに小豆がのった和菓子)を食べ損ねてしまった。
それでもわたしは京都で暮らしている。
通りの名前を覚えられなくても、水無月を食べ損ねても、「まあいいか」と思えるような、ある種の気楽さも、この頃は身についてきた気がする。
たとえば、東京とは明らかに違う梅雨の湿度を感じたり、友人が「蚤の市に行こうよ」と誘ってくれたり、スーパーの豆腐の種類が東京のそれとは違ったり。そうした日々の営みすべてが、この土地での暮らしそのものなのだから、そんなに気合いを入れることはない。それに「水無月を食べ損ねてしまった」という感覚だって、ここに来なければ知らなかった。
「暮らしが自分のものになる」というのは、背伸びしない自分のペースで生きていけることかもしれないね、と今は思う。とにかく、焦ることはひとつもない。(それでもわたしは、つい生き急いでしまうのだけれど)
さて、この連載も今回で最終回。
京都と逗子での暮らしや、食べ物の記憶を交互に書いてきたけれど、最後はこれまで書き留めた日記やメモから、この四ヶ月あまりのことを、断片的に残してみる。時系列も場所も、行ったり来たりしながら。
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2026年6月26日(金)京都 雨の春巻き
台風が接近中。雨の金曜日だった。
飲めないのにハシゴしたい夜があって、今夜はそういう日だった。
[koen]でぶどうジュースを飲んでから、[木原]で蓮根饅頭という夢のような食べ物に出会う。すりおろした蓮根が入った、ふわふわもちもちのお団子に、餡状の出汁。連日の忙しさで疲れ切った身体に染み入る。本当に。頭のてっぺんから、つま先まで染みていく。二軒目は[タルジス]へ。野菜たっぷりの前菜と、これまた夢のような春巻き。はじめて京都で友人とご飯を食べに行ったのが、このお店だった。偶然そのときと同じ席で、そのときも春巻きを食べた。下に敷いてあるパリパリのケールが嬉しい。びしょびしょに靴を濡らしながら帰宅。
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2026年2月28日(土)京都 荷ほどき
無事に荷物も到着。でもまだ段ボールは開封していない。開けてしまったら、荷物と格闘しないといけないので。とにかく東京の部屋を引き払うことが、最大のミッションだったので、一旦はクリア。あとはのんびりやっていけばいい。
ご近所の友人が「ご飯行きましょ」と声をかけてくれて、20時に家のインターホンが鳴る。このラフさ、いいなあ。コートを羽織り、家から15秒の居酒屋へ。2時間ほど食べて飲んで、近況を話し、おやすみ!と解散。すばらしい。
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2026年3月1日(日)京都 浮かれた人々
山積みの段ボールを横目に、春の陽気に誘われて外へ出る。絶対に観たいと思っていた映画「センチメンタル・バリュー」を観るため街中へ。春うららかな日。暖かくて、花粉が飛んでいて、鴨川にひとが集まり、みんな少しだけ浮かれている。いい季節に引っ越してきた。
とてもよかったので、上映後、パンフレットも購入。近くの[六曜社]でコーヒーとドーナツをいただきながらページをめくる。ISOさんの文章が素晴らしく、また落涙。ドーナツもコーヒーも美味しかった。カリッとした表面と水分少なめの、ほくほくの中身。素朴な甘さ。コーヒーと合うドーナツ。
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2026年3月7日(土)京都 カフェオレ
今日はとても寒い。さっき、散歩がてら[珈琲山居]で温かいカフェオレを飲んだ。コーヒーはブラック派だけど、カフェオレはかならずお砂糖を入れる。このカフェオレがとても好き。器も。カフェオレボウルを手で包み込んだときの温かさ。一口飲んだときの、体に落ちていく温かさ。こういう時間が必要だ、と思った。引っ越し前後、やることが山盛りの二週間だったので、さすがに疲れも出てきた。今はベッドに潜って、日記を書いている。
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2026年3月25日(水)京都 味噌作り
人生ではじめて、味噌仕込みをした。[発酵室 よはく]という、左京区にある、日本酒と発酵食品のお店。
大豆を潰すとき、豆粒が残らないように、袋の上から一生懸命、無心でひたすらに潰した。豆は逃げていくので、最後は指圧のようにぎゅっぎゅっと、ひと粒ひと粒、丁寧に潰す。店主の真野さんは、味噌のことや発酵のことを、何でも知っていた。味噌を仕込んだあと、発酵食品と味噌を使ったランチプレートをいただいた。いい時間だった。
「平日の昼間から味噌を仕込む日々なんて、想像もしていなかったよ」と言いながら向かい、「平日の昼間から日本酒を飲んでほろ酔いになっている日々なんて、想像していなかったよ」と言いながら、帰路についた。
冬になったら、食べ頃になるらしい。たのしみ。
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2026年3月26日(木)京都 スタバのアメリカーノ
この街には、すてきなカフェも喫茶店もたくさんある。だけどそういう場所で丁寧に淹れてもらったコーヒーを、ガソリンのように摂ることははばかられる。仕事のときは、コンビニやスタバがありがたい。マグカップにたっぷりのアメリカーノ。仕事の味だ。
窓際の席に座っていたら、2匹のゴールデンレトリーバーが地面に寝転がって、駄々をこねていた。ラッキー。お犬見。
一気に暖かくなって、桜が少しずつ咲き出した。
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2026年5月4日(月)逗子 しらすトースト
昨日も今日も、10時過ぎまで眠った。たくさん夢を見た。昼過ぎ、トーストを焼き、そこに葉山のパン屋さんのランチソースを塗って、さらに葉山の釜揚げしらすものせて、最後に胡椒。窓の外を眺めながら食べたら、とても気持ち良かった。
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わたしの家系には、筆まめな方が多かったみたい。母方の祖父の日記を見せてもらった。祖父はかつて、京大生だったそう。80年前の日付の「京都に来て二ヶ月になる」という日記が出てきて、思わず今の自分を重ねた。
原爆が落ちた日、終戦の日、母が生まれてからの日記。あまりに貴重で尊い、個人の生きた記録、物語。
※後日「KYOTO1000DIARY」に掲載してもらいました
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2026年6月28日(日)逗子 丸久
久しぶりに[丸久]へ。嬉しい。[丸久]の焼き鳥が世界一好き。だれにもそういう店があると思うけど、わたしにとっては[丸久]なのだ。パートナーと一緒に二軒目へ向かって歩いていたら、なんとパートナーの京都の知り合いに遭遇。今は逗子に住んでいて、鎌倉でお店をやっていらっしゃるとのこと。そのまま三人で二軒目に流れていく。いい夜。
「海へ行かなくても、海があるってだけで嬉しいですよね」という話をした。
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2026年6月29日(月)逗子 満月のドライブ
夕方、父が車を出してくれて鎌倉の[ビーナスカフェ]に行った。
こういう店に久しぶりに来たなあと思う。海を見ながらひとりで食事している人が多く、素敵な月曜日ですねと思った。
今日は満月。まるい月が、海の上にぽっかり浮かんでいた。
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2026年7月6日(月)京都 桃
桃の季節がやってきた。去年までこの家の近くにあった甘味処が恋しい。あの店で食べた桃の氷が忘れられない。ぴりりとした生姜のシロップに、瑞々しい桃がたくさん。氷の中にはこし餡が入っていて、横にはぷるんとした白玉が添えられていて。「志るこ氷」という名前のうつくしい食べ物だった。
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2026年4月30日(木)京都 低気圧の日
桜と曇り空は似合うけれど、新緑と曇り空は、新緑のきらめきが消えてしまうので、かなしい気持ちになる。新緑は陽に透けていてほしい。[KAFE工船]のカウンター席に座り、窓の外をながめながら、そんなことを考えていた。
わたし以外、お客さんはひと組で、途中からは貸切に。贅沢だなあと思いながら、窓の外を眺め、コーヒーをひと口飲み、昨日観た「ハムネット」のパンフレットをめくる。これを小一時間、繰り返した。
ここのコーヒーはしっかり濃いので、砂糖とミルクを入れる。二杯目のコーヒーに、コーヒーフレッシュが混ざっていくのを見つめながら、コーヒーカップの表面を見つめる余裕くらいは、持っていたいなと思った。
低気圧の日に飲むコーヒーは、やっぱりおいしい。

- Marketer・Essayist
草間 柚佳 / Yuka Kusama
神奈川県逗子市出身。フリーランスでマーケティングと執筆の仕事をしている。お蕎麦とアイスと犬が好き。2024年、日記本『すくいあげる日』を個人制作。noteで日記やエッセイを更新中
IG @_yukakuu02
https://note.com/mikemochi3