連載「世界の台所から」#3

北から南へ。イタリア縦断の食文化


Ai ItoAi Ito  / Jun 28, 2026

国土が南北に長い国の食文化を一括りに語るのは難しい。日本でも北海道と沖縄では食文化が大きく異なるように、イタリアもまた同じだ。

南北の長さは約1,200km。日本列島(約3,000km)よりは短いものの、アルプス山脈の麓から地中海に囲まれた島々まで、気候も、育つ食材も大きく異なる。その違いは料理にはっきりと表れている。

ロンドン、アムステルダム、パリ、ミュンヘンと巡り、4月末、まだ涼しさの残るミラノに到着した。日差しは強く、日中はノースリーブでも過ごせるものの、夜にはまだ薄手のスプリングコートが必要で、春と夏を行ったり来たりしているような気候だった。

北イタリアには、アルプスから流れる豊富な水とポー川流域の肥沃な土地が広がり、ヨーロッパでも有数の稲作地帯だ。そのため、パスタだけでなくリゾット文化が深く根付いている。

ベルリンで訪れた酒メーカー[REIGEN]のオーナーは北イタリア出身で、100年以上続く米農家の息子だった。「実家のある地域では400年ほど前から稲作を続けている。」と話してくれたことが印象に残っている。イタリアで本格的に栽培が始まったのは15世紀頃とされ、アラブ世界との交易やスペインを通じて稲作技術が伝わり、北イタリアで栽培が広がったそう。

リゾット用の高級米「カルナローリ米」でお酒を仕込んでいる。

また、山々に囲まれた北イタリアでは、肉料理の存在感が大きい。

ミラノ名物のオッソブーコは、仔牛のすね肉を骨髄ごと何時間も煮込み、サフラン香るリゾット・アッラ・ミラネーゼとともにいただく料理だ。

昔、『世界の果てまでイッテQ!』でデヴィ夫人が「オッソブーコ、大好き…。」とうっとりした表情で食べていた姿が忘れられず、イタリアへ来たら絶対に食べようと決めていた。

実際に口にすると、テレビで見たあの表情の理由がよく分かった。自然と頬がゆるみ、目を閉じて、思わず幸せのため息がこぼれる。そんな特別な気分にさせてくれる、贅沢な一皿だった。

コモ湖で食べた淡水魚のリゾットも印象深い。海鮮のイメージが強いイタリアだが、スイス国境に近いコモ湖周辺では、湖魚を食べる文化が今も息づいている。淡白で上品な旨みをもつ湖魚に寄り添うのは、バターとチーズをたっぷり使った濃厚なリゾット。香ばしく焼かれた皮目と、セージやローズマリーの爽やかな香りが全体を引き締め、最後まで重たさを感じさせない。目の前に広がる穏やかな湖の景色も相まって、心までほぐれていくような優しい時間を過ごすことができた。

イタリア各地の食文化を語り始めると複数ページの大作が出来上がりそうだ。今回は中部を飛ばし、一気に南部 パレルモ、シチリアの話に移ろうと思う。

強い日差しと乾いた風が吹く南イタリアでは、トマトやレモンの香りが驚くほど濃い。レモンを買ってサラダに絞り、そのまま皮まで食べるのが毎日の楽しみだった。苦味よりも甘い香りと味わいが先に広がる。

南イタリアはアンチョビの加工が盛んな土地でもある。塩漬けのアンチョビはもちろん、魚醤「コラトゥーラ」が受け継がれる地域もあり、少量加えるだけでパスタの旨味がぐっと深くなる。

レモンやアンチョビを使ったパスタやピザが多いのも、この土地らしい特徴だ。

(左)アンチョビ、ツナ、レモン、水牛のモッツァレラなど南イタリアらしいピザ(右)コラトゥーラを使ったシンプルなパスタ

パレルモからさらに南下し、シチリアへ渡ると、料理は一気に表情を変える。

古代ギリシャ、アラブ、ノルマン、スペイン…。幾度も異なる民族に支配されてきたこの島には、その歴史が料理として残っている。

異国の雰囲気を纏った歴史的な建物もたくさんある

代表的なのが、イワシとフェンネルのパスタ。

イワシと野生フェンネルという地元の食材に、レーズンや松の実を合わせる。甘味と香りを料理に取り入れる感覚には、かつてシチリアを支配したアラブ文化の影響が色濃く残っている。そして仕上げにはチーズではなく、炒ったパン粉を振りかける。香ばしい香りとサクサクとした食感が加わり、一般的なパスタにはあまりない面白い味わいになる。

香りや食感に加え、イワシの旨みやレーズンの甘みなど、多くの要素が重なり合うためか、塩分や油分を控えめにしても驚くほど満足感がある。どこか優しい煮込み料理を食べているような感覚になる一皿だった。

ちなみにフェンネルはヨーロッパのスーパーではよく見かける野菜だ。白い球根部分は玉ねぎのような形をしていて、食感は玉ねぎとセロリを合わせたようなシャキシャキとした歯触りで、加熱すると甘みが増す。香草として使われることも多いが、スープや煮込み料理に入れたり、薄くスライスしてサラダにしたりと、野菜として扱われる感覚の方が強い。

一方、シチリアでメニューによく書かれていた「野生フェンネル」は、自生するフェンネルのこと。栽培種よりも香りが力強く、葉や柔らかい茎をハーブとして使うことが多い。球根は小さいか、ほとんど肥大しないものが多く、スーパーで見かけるフェンネルとは少し別物と考えたほうがわかりやすい。

北はミラノから南はシチリアまで旅をし、さまざまなパスタを食べ、自分でも作ってみた。その中で最も印象に残ったのが、驚くほどシンプルな工程で素材の味を引き出すラグーパスタだった。

今回は、イタリアのパスタ教室で教わった、その作り方を紹介したい。

陽気なシェフの大胆なラグーの作り方

材料
牛ひき肉:250〜300g
玉ねぎ:半玉(約90〜100g)
にんじん:半分(約50g)
セロリ:半分(約40〜50g)
エクストラバージンオリーブオイル:100〜200ml ※野菜がほぼ浸る量
セージ:4〜6枚
ローズマリー:1枝(10〜15cm程度)
ローリエ:1枚
チェリートマトのホール缶:1缶(400g)
赤ワイン:100〜150ml
塩:小さじ1〜1.5程度(味を見ながら)
黒胡椒:適量

作り方

フライパンにたっぷりのエクストラバージンオリーブオイルを入れて温める。

その間に玉ねぎをざっくりと切り、約1cm角に切ったにんじん、セロリと一緒にフライパンへ入れる。さらにセージとローズマリーを加え、最後にローリエを入れる。

オイルは野菜がほぼ浸るくらいたっぷりと使い、泡がくつくつと立つ程度の穏やかな火加減で、じっくり火を通していく。

シェフがローズマリーを手に取りながら、「Fantastico rosmarino!」と嬉しそうに話していたのが印象的だった。香りの強い新鮮なハーブを選ぶことも、この料理のおいしさを左右する大切なポイントなのだろう。

写真は大人数向けのため具材がたっぷり

野菜に火が通ったら牛ひき肉を加える。

最初はあまり触らずに焼き、ある程度火が入ったら裏返し、木べらで少しずつ崩しながら全体に火を通す。

塩・黒胡椒で味を整えたら、形が残ったチェリートマトのホール缶を加えて混ぜる。

シェフが何度も強調していたのは、「塩と胡椒は肉のあと」ということだった。肉を焼く前ではなく、焼き色がついてから味付けをする。肉に香ばしさを残しながら下味を付けるための、大切なポイントなのだそうだ。

最後に赤ワインを回し入れ、全体が均一になるまでよく混ぜ、そのまま約1時間じっくり煮込めば完成。

合わせたのは、トスカーナを代表する平打ちの生パスタ「パッパルデッレ」。これも自分たちの手でこね、広げて作ったが作り方は割愛。幅広の麺にラグーがよく絡み、一口ごとに肉の旨みをしっかりと感じられる。

均一に伸ばし、切るのがとても難しい

この料理教室で学んだのは、パスタ作りの技術だけではない。材料に火を通す順番、ソースに合わせて麺を選ぶこと、そして何より、食材への敬意を持ち、楽しみながら料理をすることの大切さだった。

それ以来スーパーで野菜を選ぶ際には、シェフが「Fantastici pomodori!(最高のトマトだ!)」と声を弾ませていた姿を思い出しながら、一つひとつの野菜をじっくり手に取って選ぶようになった。

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