連載「京都-逗子日記 街の気配をつれて」#3
残る鴨、サンドイッチを頬ばる
春にまつわる季語を調べているとき、本の中で「残る鴨」という言葉に出会った。
春になっても北へ帰らず、その地にとどまっている鴨のこと。
想像したら、なんだか可愛くて、ぽつんと残った一羽の鴨が浮かんだ。今わたしは京都にいるので、自然と鴨川にいる鴨を連想した。桜が見たくて、春まで居座ってしまった鴨。わたしも似ているかもしれない。東京の部屋を手放して、京都にとどまることにした、残る鴨。
この言葉に出会ったのは、街全体が春の気配に包まれたような、三月のある日だった。
本当にお天気がいい日で、家にこもっているのがもったいない気がして、バスに乗って岡崎にある京都府立図書館へ向かった。岡崎を訪れるのははじめてで、図書館の隣に大きな公園があることも、バスを降りてから知った。ぽかぽかした日差しの中、犬も人ものんびりしている。鞄の中には、図書館で食べようと思って、家から持ってきたサンドイッチが入っていた。時刻は正午を過ぎたところ。これはもう、ここで食べるしかないでしょう、と公園のベンチに座り、小さなピクニックをひらくことにした。
サンドイッチの具は、にんじんと卵のサラダ。前の晩に作っておいたもの。春のにんじんは甘くておいしいので、この食べ方をよくする。つくりかたはシンプルで、まずにんじんを電子レンジで温めて、フォークがすっと刺さるくらいまで柔らかくする。同時に、固茹での卵も用意しておく。どちらもできたらボウルに入れて、フォークで勢いよく潰していく。この工程が楽しい。そこへマヨネーズ、お酢、塩こしょうを加えて、好きな味にととのえたら完成。
できたての温かい状態も、ほくほくとしていておいしいけれど、冷蔵庫で休ませると、味がしっかりまとまる。今回はサンドイッチにしたかったので、一晩寝かせておいた。パンは、ヤマザキのダブルソフト。ふかふかしていて、春が似合うパンだなあと思う。
バターは塗らず、パンには粒マスタードを広げる。全体的にまろやかな味わいのサラダなので、粒マスタードがいいアクセントになる。あるとないでは、まったく違う。マスタードを塗ったら、サラダをのせていく。遠慮せず、たっぷりとのせるのが大事。仕上げにもう一枚パンを重ねたら、とても分厚いサンドイッチの出来上がり。形を崩さないようそっと半分に切って、ラップで包む。
公園のベンチに座り、犬たちを眺めながら、距離の近い鳩に少し戸惑いつつ、サンドイッチのラップを慎重に剥がす。よしよし、潰れてはなさそうだ。あまりに分厚くて口に入らなさそうなので、ふかふかの食パンを「ふかっ」くらい潰しながら、思いきり頬ばった。にんじんの甘さがしっかり主役で、それを引き立てるマスタードやマヨネーズの酸味。うんうん、春の味がする。近くのキッチンカーで買ったレモネードを飲みながら、サンドイッチをもぐもぐと食べていたら、ふと「わたしはこの街で暮らし始めたんだなあ」という実感が湧いてきた。
京都にはおいしいパン屋がたくさんあって、今日だって途中でどこかに寄れば、ご馳走みたいなサンドイッチを手に入れられたかもしれない。いつも売り切れのドーナツ屋だって、平日ならチャンスがあったかもしれない。だけど今日は、そういう気合の入ったアイデアは浮かばなかった。だって、焦らなくても時間はたっぷりある。もう住んでいるのだから。桜が咲いたら、きっと何度もお花見をするだろう。友人とも、ひとりでも。そういうときこそ気合を入れて、名店のパンを買えばいい。
わたしは今、京都で暮らしている。もちろん逗子も帰る場所ではあるけれど、桜の季節はできるだけ京都にいたいので、しばらくは残る鴨でいようと思う。
ここから一、二週間で、一気に桜が咲くはず。今年こそ、蕾から満開、最後に花びらが川面を覆うところまでを、すべて見届けたい。

- Marketer・Essayist
草間 柚佳 / Yuka Kusama
神奈川県逗子市出身。フリーランスでマーケティングと執筆の仕事をしている。お蕎麦とアイスと犬が好き。2024年、日記本『すくいあげる日』を個人制作。noteで日記やエッセイを更新中
IG @_yukakuu02
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