「アラサー、パリへ行く」20代最後のフランス滞在記 最終話

ひこうき雲


Chikara YoshimoChikara Yoshimo  / Dec 12, 2025

ついに最終話。

最近は、少し仕事が変わりまして畑仕事の毎日です。
レストランとは違い、畑仕事は夕方には終わるので、毎日家に帰って自炊。
ご飯を食べながら、晩酌しながら、Netflixや日本の古いドラマを見る。

ドラマを見ていたら最終話なんてすぐなのに、
ついつい一気見してしまうのに、
こちらの連載は前回から4ヶ月。

気づいたらフランスについての連載なのにいまはイタリアに住んでいます。

イタリアでも面白いことがたくさんなのですが、それはまた何かで。
フランスでのことを思い出しながら。

ぼくはレストランで1年間働かせていただきました。
今回は多くの時間を過ごしたそのレストランで感じたことを。

前回の連載でも書いたパリ郊外の、これといった特徴の見当たらない町。
そこにそのレストランはあります。

パリから1時間かかるし、厳密にはパリじゃないし、
フランスのどこで働いてたの?って聞かれた時にとても説明に困る。

でも、その場所で働かせていただいたことは大きな誇りです。

特徴的な、庭園と畑に併設したガラス張りのダイニング。食前や、食中でも、ワイングラスを片手に畑をぐるっと巡ることができる。

ぼくは接客サービスを担当していました。

サービスをする中で大きく大事なことは、言葉に自信をもてるかということ。

飲食店に限らず、サービス、接客、の主な役割は、
料理や商材、コンテンツを作ってくれた人がいて、それをゲストに渡す仲介役であること。
営業とかも似てると思う。
言葉や所作や、いろんなコミュニケーション方法を使ってゲストにそれを伝える。

そうである以上は、提供するそのものを理解していること、好きであること、共感できていること、が大切だと思う。
理解、好き、共感、それが大きいほど、自信をもって接客できる。

これまで他のレストランでも働いたり、会社員のときは法人相手の営業もやったりしてきた。
相手に渡すものは、料理であったり、商材であったり、有形であったり無形であったり、内容はさまざまながら、これまで所属してきた組織は、どこも“いいもの”を提供している組織だったと思う。
だから接客や営業をしていても気持ちがよかった。

でも、この前職のレストランほど、
提供する”もの”が近くから運ばれてきて、
どんなプロセスを辿ってきたかが見えるお店は、世界中を探しても珍しいだろう。

そこは大きな畑を併設していて、レストランで提供している野菜、果物のほぼ全てはその畑から。
豚の飼育もしていて、必ずコースの初めに出てくるシャルキュトリもその豚を使用した自家製。
野菜はたくさん獲れるので、他のレストランにも卸しているほど。

Farm to Tableとか、農園併設とか、地産地消とか、
そういったコンセプトのお店は増えている。
でもここまでの規模でやりきっているお店は他になかなかないはず。

魚介類や他のお肉、乳製品もどこからきているかいつもわかる。
残飯や調理ででる端材も、コンポストに。または家畜の餌に。

それを小さな個人店でやっているのではない、
チームで、多くのゲストを招く箱でやっている。

ここすげえ、ってはじめてお店に着いた時に沸いた感情が、
辞める時まで残っていることって、すごいことだと思う。

正直、接客や営業って、どこかごまかさないといけない、上手いこと言わないといけない、そんなシーンがあったりする。

それはお客さんを安心させるためだったり、
お店のイメージを守ることだったり、
売り上げを上げるためだったり、
悪いことのように聞こえるけどぼくは悪いことじゃないと思っている。
それが接客力や営業力、といった技術のひとつだとも思うから。

ただこのレストランの場合は、そんなシーンがぜんぜんない。
背景の全部が見えるから。そのまんま言うだけだから。

だから、言葉に自信が持てる。

異国ならではの珍しい野菜類もあったり、日系の野菜や果実もあったり。

畑の一角から。ここに写っている畑以外にも、森の中で豚の飼育をしたり、鶏小屋もあったり。

森の中でのびのび育つ豚さんたち。

あともうひとつ、いい場所にはいい人が集まる。

畑を併設しているくらいだから、レストランの周りは広大な自然に囲まれている。
ということはいろんな生き物がいる。

大きな、一面ガラス張りの景色のいいダイニングだけれど、
その代わり、ゲストのテーブルに虫が寄ってくるなんて日常茶飯事。
お料理にとまっちゃう、なんてこともふつうにある。

正直、日本だったら、
「お皿替えてください」「お料理替えてください」
って言葉が飛んできそうなシーン。

でもそんなことは一度もなかった記憶。

むしろ、テーブルに虫が寄ってくることをこちらが謝ったら、
「この子も生きてるんだから自由にさせてあげて」
とお客さんから言われた時はなんだか感動した。

虫が入ってくることの良し悪しの話は別にして、
(そりゃレストラン側からしたら虫はいないのが理想)
理解のあるお客さんばかり。

それはお店が、自分たちのやっていることをはっきりと世の中に主張できているから。当然ながらヨーロッパの人々の根底にある常識や価値観も違うからだと思う。

日本にもヨーロッパにも、いろんな考え方の人がいるけれど、
人間も自然界の一部であり、そのなかでどう生きていくか、仕事をするか、生産消費活動をするか。
それを考えたり想像する人が少しでも増えれば、
社会で問題になっていることのいくつかが改善される気がするし、多くの人が、生物が、ちょっとだけ幸せに生きていける気がする。

宿泊もできる。朝食用の小さなダイニングは、朝日が差し込む気持ちのいい場所。

レストランで働いている、と話すと、
じゃあ将来は自分でお店をやるの?と聞かれることが多い。

何をやる予定か、みたいな詳細はここでは書かないけど、
ぼくはこの先レストランで働くことも、レストランを開くことも現状は考えていない。

でも、レストランでの仕事って、
レストランで働くためのスキルを身につけること、はもちろんだけど、
他のどんな仕事にも重要なこと、がたくさん詰まった仕事だと思う。

それは、接客だったり、仲間と働くことだったり、
人間と人間の接点がここまで激しく多い仕事って世の中にそう多くはないはず。
そしてその瞬間瞬間の密度がとっても濃い。

その人間的な部分が、レストランの醍醐味の一つだと思っている。

ぼくは、料理人を志したり、一流のソムリエを目指してレストラン業界に入った、というタイプではない。
なんだか流れるままにレストランで働き出した。
でも、未来にやりたいことはぼんやり見えていて、その過程においてレストランで働く、という時間は重要な気がしていた。

それは間違いでなかったと思う。
レストランで働いていなかったら、人生でフランスに来ることすらなかったかもしれない。

そしてそうやって流れるままにきてしまったフランスで、
そしてそのたった1年間の短い時間の中で、このレストランで働いたことは、
自分自身の人生においてとっても貴重な時間でした。

レストランでの料理、デザートや、ドリンクに使用するたくさんの種類のハーブが植わった中庭。
一度だけ雪が積もった日。四季を通してさまざまな表情が美しかった。

これを書いている今、帰国は2週間後に迫っていて。
ヨーロッパであれもやりたかった、これもやりたかった、という気持ちも少しはあるけど、
帰国してからやりたいことがたくさんあるので、これからの日本での日々がとても楽しみな気持ちです。

フランスでの生活でもイタリアでの生活でも、
特に好きだった景色があります。
それはひこうき雲。

たぶん湿度とか気温とかの違いだと思うけど、とにかくこちらではたくさん見る。

フランスで住んでた家の天窓から見るひこうき雲が、いつもとても素敵だった。

現状は次にヨーロッパに来る予定は決まってないし、
時間的にも(とにかく金銭的にも)次の渡欧はまだまだ先になると思う。

過去を慈しむよりも常に未来を描いていきたいけど、
たまにひこうき雲を見たら、ヨーロッパの乾いた空を思い出しちゃうなーー

 

 

 

みたいなクサいことを言うおじさんにならないように、
帰国後は目の前のことにちゃんと向き合って生きていきたいなと思います。

こちらの生活で出会った皆さん、ありがとうございました!
これからの生活で出会う皆さん、よろしくお願いします!

夏、友人宅で「風立ちぬ」を見た。酔っ払っていたので内容はあまり覚えていない。
#ひこうき雲

 

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