「いいちこ」の、その先の物語
焼酎から「SHOCHU」へ。いま、新しい蒸留酒の未来が動き出している!
誰もがその名を知る 「いいちこ」。清流と霧が入り混じる大分県・宇佐市で、三和酒類がつくる麦焼酎は長い時間をかけて日本の日常にすっかり溶け込んできた。
けれどいま、焼酎は少し違う文脈で語られ始めている。海外のバーテンダーのあいだで、「麹由来のうまみ」という日本ならではの魅力に光が当たりはじめたのだ。ナチュラルワインがワイン文化をアップデートし、クラフトビールが選択肢を広げたように、焼酎もまた、新しいスピリッツとして受け取られはじめている。
その最前線にいるのが、今年6月に登場した『iichiko 彩天』。日本の麹文化が生んだ蒸留酒・焼酎を、どう世界のカウンターで存在感を示すのか。その問いに向き合い、三和酒類が海外のバーテンダーと共に焼酎を考え直した、まったく新しい焼酎だ。
そして今回、この『iichiko 彩天』の誕生を祝い、宇佐神宮でカクテルを奉納するという、前代未聞のセレモニーにも立ち会った。焼酎が「SHOCHU」として世界に飛び出す日は、もうすぐそこに!
甘い蒸気と発酵の音。焼酎ができる場所
いいちこが仕込まれるのは、玖珠、由布岳、耶馬溪、そして阿蘇山の山々に囲まれた大分県・日田市。九州の連なる山々に降った雨が、長い時間をかけて岩盤層を通り、ミネラルを含んだ清らかな水となって日田に集まってくる。この土地の地下には、天然フィルターを何度もくぐり抜けた水脈が広がる。
実際に口に含むと、すっと喉を通り、まろやかでとろんとした口当たり。澄んだ水は、美味しい焼酎づくりに欠かせない。
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山の上に建つオレンジ色の建物が、「いいちこ日田蒸留所」だ。煙突からは真っ白な湯気が立ちのぼり、麦を蒸した甘い香りが漂う。
白衣と帽子を身につけて工場内に進むと、巨大な発酵タンクが並ぶ空間へと導かれた。この中で、焼酎が育まれている。
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いいちこの麦焼酎づくりは、原料の大麦から始まる。ここで重要なのが「精麦」という工程だ。日本酒づくりと同じように、麦の外側を三割ほど削り取る。こうすることで雑味を落としながら、麦本来の風味を残すことができる。精麦を終えた麦は浸漬され、蒸されることで、ようやく麹づくりの土台が整う。
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焼酎の味の核となるのが、この麹。日本酒づくりで使われる黄麹菌とは違い、いいちこの焼酎づくりには白麹菌が使われる。温暖な土地で発展した焼酎にとって、雑菌の繁殖を抑えるクエン酸を生む白麹菌は欠かせない存在。さらに麹は、麦のでんぷんやタンパク質を分解する酵素をつくり、焼酎独特の香りをつくる役割も担う。
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麹ができると、次は発酵の工程へ。まず、「一次仕込み」では、麹に水と酵母を加え、「二次仕込み」
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「櫂入れ」は、発酵を均一に進めるための大切な作業。参加者も実際に体験し、もろみの温度や香りを間近で感じた
一次仕込みで酵母が増えたもろみに蒸した麦を加えていくのが「二次仕込み」。ここで発酵は一気に進み、焼酎の香りとうまみが形を帯びていく。
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ぷくぷくと絶え間なく泡が立ちのぼる。発酵が元気に進んでいる証だ
そして、発酵を終えたもろみは「蒸留」の工程へ。蒸留機内の圧力を外気と変えずに蒸留し、素材の力強さを引き出す「常圧蒸留」と、蒸留機内の空気を抜き、気圧を下げた状態で蒸留し、軽やかな香味を生む「減圧蒸留」。焼酎の表情は、このひとつの工程でも大きく変わるのだという。
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天井まで届く巨大な蒸留器。ここで発酵を終えたもろみが蒸留され、焼酎へと生まれ変わる
実際に、常圧・減圧・樽熟成の3種類の原酒をテイスティングさせてもらった。常圧は麦の香ばしさが際立ち、減圧は華やかでクリア。樽熟成はレーズンやバニラの甘い香りが広がる。同じ焼酎でも、製法が変わるとここまで違うのか。三和酒類が長い時間をかけて磨いてきた技術の幅を実感した。
日本の発酵文化を、スピリッツの言葉で語るなら?
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焼酎づくりは奥深い。原料、水、麹、発酵、蒸留と、どれをどう組み合わせるかで味が決まる
この技術の引き出しを、カクテルのために使ったらどうなるか。それが『iichiko 彩天』だ。
まず採用されたのは、全麹づくり。一般的な麦焼酎は一次仕込みにしか麹を使わないところ、二次仕込みにも麹を使うことで、うまみを最大限に引き出す。麹が生むアミノ酸の厚み、香りの輪郭、発酵の奥行き、すべてを削らず、前に出す味わいだ。次に、常圧蒸留のみという選択。減圧蒸留の軽やかさではなく、素材の香りとコクを残す。カクテルにしたとき、他の素材に負けない芯を持たせるためだ。そしてアルコール度数は43%。ウイスキーやラムと同じ、バーで扱われるスピリッツの標準的な度数だ。
結果、立ち上がりはスピリッツらしく力強いのに、口に含むと焼酎らしいうまみがふわりと広がる。海外のバーテンダーとともに、「ジンでもテキーラでもラムでもない、”日本の味”をどう届けるか」を考え抜いてできあがった。
未来のカクテルに、焼酎という選択肢を
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『iichiko彩天』は、新しいスピリッツであると同時に、日本の発酵文化の延長線にある酒でもある。世界を目指す酒だからこそ、その誕生をどのように世に送り出すべきか。
三和酒類が選んだのは、地元・宇佐市の宇佐神宮だった。全国に4万社あまりある八幡社の総本宮として古くから土地のものづくりを見守ってきた場所で、『iichiko彩天』のカクテルが祈願奉納された。
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1978年、「iichiko」も宇佐神宮から出発した。『iichiko 彩天』も、同じ場所からいざ、始まる!
奉納を終えたあとは、場所を移して『iichiko 彩天』を使ったカクテルの披露会へ。この日のために集まったのは、日本のバーシーンを代表する3人のバーテンダーたちだ。
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左から、山下和弘氏(福岡[Twins BAR]・一般社団法人日本バーテンダー協会 九州本部 本部⻑)、上野秀嗣氏(東京[BAR HIGH FIVE]・一般社団法人日本バーテンダー協会 会⻑)、松葉道彦氏(大阪[Bar. K]・一般社団法人日本バーテンダー協会 関⻄本部 本部⻑)。それぞれの街でカウンター文化を牽引してきた名手たちが、宇佐に集結した
東京[BAR HIGH FIVE]の上野秀嗣氏は、日本のバーシーンを長くリードしてきた“レジェンド”と呼ばれる存在。日本人として初めて米国の名誉あるアワードを受賞し、2023年には黄綬褒章、さらに「現代の名工」にも選ばれている。
福岡[Twins BAR]の山下和弘氏は、九州のバー文化を支える職人肌のバーテンダー。 日本バーテンダー協会九州本部のトップとして、若い世代の育成にも力を注ぐ。
大阪[Bar. K]の松葉道彦氏は、関西のカウンターを長年牽引してきた名手。数々のコンペティションで優勝し、NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』では技術指導も担当した。
この日、3人がつくったカクテルは、いずれも 『iichiko 彩天』を主役に据えたもの。
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上野氏が考案した3つのカクテル。「白麹麗人」は、ホワイトレディの骨格を持ちながら麹由来の旨味がふわりと立ち上がる一杯。「天空の翅」は、鮮やかなブルーが目を引く爽やかなカクテル。「神麹」は、ワインとグレナディンシロップを加えた穏やかで品のある味わいだ
同じ焼酎をベースにしながら、それぞれの個性がグラスの中に立ち上がる。これこそが、焼酎が持つポテンシャルの証明だった。
披露会のあと、三和酒類の社長・西和紀氏はこの日のセレモニーを振り返りながら、こう語ってくれた。
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「焼酎を、ウイスキー、ブランデー、ラム、ウォッカ、ジン、テキーラなど世界の主要な蒸留酒と一緒に肩を並べたい。ここに、焼酎の居場所をつくりたいんです。」
日本の麹文化が生んだ焼酎は、世界に誇るべき蒸留酒だ。その価値を世界へ届けるためには、バーテンダーの存在が欠かせないと、続ける。
「ソムリエがワインを最適な状態で出すように、バーテンダーは焼酎を美味しく、飲みやすく仕立てる重要なパートナーです。腕利きのバーテンダーと組めば、焼酎の魅力はもっと引き出せるし、世界にも伝わっていく。焼酎は、他の蒸留酒と比べて唯一無二であると自負していますし、必ず世界に通用するものだと信じています」
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世界のスピリッツは、ジンやメスカルの登場で大きく更新されてきた。「次に何か?」それは、世界中のバーテンダーが常に探し続けるテーマだ。そのヒントが、「麹由来のうまみ」にあるのかもしれない。まだ形の定まらない「SHOCHU」というジャンル。その未完成さこそが、世界のバー文化をもう一歩先へ押し出す力になるはずだ。
Photo by Kumi Nishitani(写真 西谷玖美)IG @___umum
Text by Sakurako Nozaki(文 野﨑櫻子)