
石川県だけが許された
禁断のグルメ「ふぐの子ぬか漬け」
ふぐを食べる。現代において毒にビビる必要はない。飲食店であれば、資格を持った調理師がきちんと処理してくれているから、ふぐの一体どこに毒があるのか。それすら知らない人のほうが多いのではないだろうか。
答えは内臓。テトロドキシンという猛毒があり、ごまふぐの卵巣であれば5〜6人の致死量の毒が含まれている。
しかし、あえてその卵巣を食べる文化が石川県に残っているのはご存知だろうか。別に度胸試しでも、何かの余興でもなく、至極まっとうにふぐの卵巣=「ふぐの子」を食べるのである。
取り出されたごまふぐの卵巣。
全国でフグの卵巣を加工・製造することを認可されているのは、実は石川県のみ。それを継続しているのは、たった6社しか残っていない。材料になるふぐは金沢中央卸売市場に入荷してくる日本海で漁獲されたものを使用している。非常に希少な食文化であるといえる。
石川県白山市美川地区。北前船の寄港地であったこの地に、ふぐの卵巣加工が許されているメーカーが5社ある。そのひとつ[あら与]に向かった。ふぐの卵巣を加工した商品は「ふぐの子ぬか漬け」。ホームページには「禁断のグルメ」なんてエキセントリックな文字が踊っていてドキドキする。
卵巣のぬか漬けと、さらにかす漬けにした商品も発売されている。
「日本人の“なんでも食べてやろう”という貪欲さでしょう。普通、卵巣を引っ張り出して、塩漬けして、発酵させてまで食べようとは思いませんよね」
そう話してくれたのは1830年(天保元年)創業、あら与の7代目・荒木敏明さん。つくりかたは代々、口伝でしか継承されていない。それを変えていないのだが、変えてはいけない事情もある。実は石川県だけが製造を許されている理由には、過去に並々ならぬ努力があったのだ。
昭和50年、ふぐの内蔵は加工品であっても食べてはいけない、すべて廃棄しなくてはいけないと法律が改正された。しかしそれでは、江戸時代から続く美川地区の地場産業がなくなってしまう。そこで、あら与の先代を中心に資料や制度を整え、県と国に直談判を行った。その努力が報われ、昭和58年に石川県だけがふぐの卵巣加工を認可されることになったのだ。
木樽にぬけ漬けする作業が行われていた。
原料となるふぐは、日本海で捕れるごまふぐ。卵巣は5〜6月に捕れるふぐにしか入っていない。上記の条例により、
1.最低2年間は塩蔵すること
2.調理免許を持つこと
3.毒性検査をすること(10マウス以下)
が規定された。
「あら与では1年間塩漬けし、さらに1年〜1年半の間、ぬか漬けします。ぬか漬けの際に、塩分濃度の濃い魚醤で味付けしているので、それも塩漬けとして認められています」
塩漬けが終わった卵巣にぬかをまぶす。
卵巣を1年間塩漬けしたあと、小さな木樽にぬかと糀と一緒に漬けられる。オケのまわりはワラで縁取られていて、ふたをすると、そこからイワシの塩漬け汁、いわゆる「魚醤」(=いしる)を絶えずじっくりと注いでいく。味付けはこの魚醤によるところが大きい。塩だけだとしょっぱいが、イワシが持つ自然のアミノ酸が旨みを加えていく。
塩の浸透圧で毒が流れ出て、糀の発酵作用でゆっくりと分解されるというが、実は毒が抜けるメカニズムは、未だに科学的には解明されていないという。もちろん完成後に検査を受け、無害であることは証明されているし、これまで中毒例は皆無である。塩と糀。時間さえ味方につければ、解毒効果まで高い最強のバディなのかもしれない。
パラパラと撒かれているのは糀。
最後にぬかでしっかりと蓋をし、周囲をワラで囲む。このあと木蓋をして石を重しにする。
ぬか漬けを入れた木樽で発酵させている貯蔵庫に向かった。温度管理などをしているわけではなく、自然のまま。この日は真夏の炎天下で内部はサウナ状態。だからこそ発酵が進んでいくのだと感じられた。
年季のある貯蔵庫に、たくさんの木樽。ひとつは約30キロ。
あら与では、ぬか漬けは4年を限度としている。
「それ以上つけると、だんだん黒くなってしまいます。発酵食には旨み、甘み、酸味、苦み、いろいろな味が混ざっていますが、どうしても、時間が経つと渋みが強くなってしまいます」
下の木樽と上の木樽を入れ替えるのが大変な作業とか。
現在は、春に穫れたふぐの卵巣を塩漬けし、翌春にぬか漬けを始めるものと、さらにもう少し置いて秋に始めるものと時間差をおいている。気候変動で暑くなり、夏に発酵が進みすぎてしまうから。湿度と温度の管理が重要だ。
「昔はそんなこと考える必要ありませんでした。春になるとふぐとイワシ、秋になるとサバ、と決まっていた」
春にふぐとイワシがとれるから、この食文化が生まれた、といっても過言ではない。いまは技術が進んでさまざまな保存や加工が可能になったが、それぞれの地域ごとに育まれる季節感というものがあったのだ。
2年以上塩蔵しているとあって、「ふぐの子ぬか漬け」はかなりしょっぱい。そのうえ、ぬか漬けなのでかなり強烈な香りがする。味も香りもファーストインパクトでは驚かされるが、それを活かして日本酒のアテとしてちびちびいくのもいいし、イワシつながりでアンチョビ的にパスタに和えるのもいい感じだ。
個人的におすすめしたいのは、シンプルに温かいごはんに乗せること。噛むほどに旨みが出てきて、ごはんのやわらかさ&甘みとともにふわりとマリアージュする。2年以上かけて毒を抜き、旨みを蓄えてきた歳月と同様に、珍味をじっくりと味わう時間は格別だ。
[あら与]
https://arayo.co.jp/
石川県白山市美川北町ル61
Tel:076-278-3370
写真 田川 紘輝(Photo by Hiroki Tagawa)
IG @/hiroki_tagawa
文 大草朋宏(Text by Tomohiro Okusa)
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