[ウシオ]を引き継ぐ新ブランド

広島・尾道で[ナウイチョコラトル]が本格始動


RiCE.pressRiCE.press  / Feb 10, 2026

広島県・尾道。瀬戸内の海と山に囲まれたこの街に、ひとつのチョコレート工房が生まれたのは2014年のことだった。福岡出身の中村真也さんが立ち上げた[USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)]である。クラフトチョコレートという言葉がまだ一般に浸透していなかった時代から、カカオ農園とのダイレクトトレードを実践し、ミルクを使わず、カカオ豆と砂糖だけで仕立てるシングルオリジンチョコレートを作り続けてきた。

これまでの歩みと、いまの率直な思いを語る中村さん。

その味わいは国内外で評価され、日本のクラフトチョコレートシーンを語るうえで欠かせない存在となっていった。しかし、そうした歩みの末に、[ウシオチョコラトル]は20256月、その歴史に静かに幕を下ろした。

閉店が告げられたとき、尾道だけでなく全国から惜しむ声が届いた。地域の人々、遠方から足を運んでいたファン、そして[ウシオ]のチョコレートに影響を受け、自ら作り手の道へ進んだ同業者まで。その声の多さと広がりは、[ウシオ]が単なる一店舗ではなく、ひとつの“体験”として人々の記憶に刻まれていたことを物語っている。寄せられた言葉の一つひとつが、同時に、これまで積み重ねてきた時間の重さを浮かび上がらせていた。

「ウシオは、残したほうがいいと思ったんです」。

そう語るのは、[Nahui_Xocolatl(ナウイチョコラトル)]のオーナー・佐藤しおりさんだ。[ウシオ]の閉鎖が現実的になったとき、佐藤さんも外部の立場でありながら、その時間や哲学が途切れてしまうことに強い悲しみを覚えたという。

「真也さんから全部終わらせるしかない、という話を聞いて。違う形でもいいから、絶やさずに続ける方法はないのかな、と考えました」。そんな佐藤さんの思いをきっかけに、かたちは変わりながらも、チョコレート作りを引き継ぐ新たなプロジェクトが動き出した。こうして誕生したのが、[ナウイチョコラトル]だ。

製造の準備をするスタッフのカーンこと三瓶さん(写真左)とオーナーの佐藤しおりさん(写真右)。

「正直、続けられない状況でした。だから“ありがたい”という気持ちが一番大きかったですね」。中村さんはそう振り返る。

チョコレート作りをやめるかどうかを考える以前に、やめざるを得ない現実があった。資金面、体制、継続の見通し。積み重なった事情のなかで、[ウシオ]は幕を下ろすという判断に至った。そんな折に差し伸べられた佐藤さんからの言葉は、閉じることしか考えられなかった中村さんにとって、驚きと同時に救いでもあった。

[ナウイチョコラトル]には[ウシオ]時代のメンバーも全員参加。そして、中村さん自身も製造とクオリティを担う立場として関わることになった。こうして、積み重ねてきた哲学と技術を受け継ぐ新しい場所として、同じ尾道の向島に新たな工房を設置。[ナウイチョコラトル]は静かに動き出したのだ。

テンパリングの工程。チョコレートの温度を細かく調整し、口溶けのよい質感へと整えていく重要な作業。

[ナウイチョコラトル]でも、[ウシオ]で積み上げられてきたレシピや思想、味の方向性を変えるつもりはない。「真也さんがやってきたことを、そのままやってもらえればいいと思ったんです」。佐藤さんはそのための器を用意することが、自分の役割だと考えている。

一方の中村さんにとっても経営の重圧から距離を取り、再び現場に立てる立場になったことも大きかった。「ウシオ時代は、最初の23年くらいしか製造に入っていなかったんです」。代表としてブランドを率いる一方で、次第に現場から離れざるを得なくなっていた。だからこそ[ナウイチョコラトル]では、改めてチョコレート作りの最前線に立っている。自ら手を動かし、味を確かめ、細かな工程を見直す日々。その中で、かつてとは違う感覚が芽生えたという。「もう一度ちゃんと作る側に戻って食べてみたら、正直もっと美味しいチョコレートが作れると思ったんです」。

名前の「ナウイ」は、アステカ文明の言葉から着想を得たもの。意味に縛られすぎず、響きの心地よさを大切にして名付けられた。[ウシオ]時代に中村さんが初めて訪れたカカオ農園の原体験も、静かに重ねられている。

レシピや思想は[ウシオ]から引き継ぎながらも、すべてを踏襲するわけではない。メランジャーの回転速度、負荷のかけ方、摩擦熱の入り方。わずかな違いが、香りや酸味の立ち方を大きく左右する。その変化を、時間単位、時には数十分単位で確かめていく。「30分、1時間で全然味が変わるんですよ。その変化をみんなで共有しながら、どこに着地させるかを考えるのが、いまはすごく面白いですね」。

型に流し込んだチョコレートを、リズムよく叩いて空気を抜きながら成形。仕上がりを左右する重要な工程を、中村さんは手慣れた動きでこなしていく。

[ウシオ]ではできなかった、“探求する” 時間。[ナウイチョコラトル]ではそれを、チーム全員で重ねていく。トップダウンで決められた正解をなぞるのではなく、それぞれが考え、選び、試していく。そのプロセス自体が、いま中村さんが目指すチョコレート作りのかたちだ。

「こうしたい、ああしたいって、僕個人の理想はあんまりないんです」。あるのは、作り手の顔や熱量が自然とにじむこと。誰が、どんな想いで、この一枚を作ったのかが伝わること。作る人のバイブスがそのまま味になるチョコレートを、ここから育てていきたいと考えている。

中村さんもメンバーも皆同じ目線でチョコレート作りに向き合う。[ウシオ]時代とは立場も役割も変わり、いまはフラットな関係性のなかで現場に立つ。その距離感こそが「ものづくりの楽しさをあらためて実感させてくれる」と中村さん。

中村さんがチョコレート作りを続けてきたなかで、何度も支えられてきた出来事がある。ある場所でのポップアップ出店中、母親と訪れた高校生の女の子が、自分でアルバイトをして貯めたお金を使ってチョコレートを何枚も購入していった。理由を尋ねると、「ウシオのチョコを食べて、初めて“美味しい”という感覚が分かりました」と話してくれたという。

それまで食べることに特別な楽しさを感じていなかった彼女は、その体験をきっかけに食事が楽しくなり、日々の気持ちが前向きに変わったと語った。その話を聞いた中村さんは、「それだけで、やってきてよかったと思えた」と振り返る。

一枚のチョコレートが、誰かの感覚や日常に静かに触れることがある。そうした実感があったからこそ、一度は区切りをつけたチョコレート作りに、もう一度向き合おうと思えた。積み重ねてきた時間が確かに誰かに届いていたという事実は、いまも中村さんの背中をそっと押し続けている。

[ウシオ]時代から変わらず六角形はそのままに新たにデザイン。チョコの表面には[Nahui]の頭文字のNが「海」「人」「山」を表す3つの線で描かれている。

現在の拠点はラボとしての役割が中心だが、カフェスタンドの準備も進んでいる。そこでは、チョコレートに加え、ドーナツ、コーヒー、そして[ウシオ]で親しまれていたドリンクメニューも提供する予定だ。

工房の前では、カフェスタンドの建設が進行中。完成すれば、チョコレートをもっと身近に楽しめる場所になる。

「先のことは、まだ決めていません」。
そう語る佐藤さんの言葉は控えめだが、その根底には一貫した想いがある。“いいものを作ってきた時間を、途切れさせないこと”。

休憩中に談笑する中村さんと三瓶さん。[ウシオ]時代からの仲間たちは、それぞれに個性があり、グッドバイブレーションな魅力を持つ人ばかり。現場にはいつも前向きな空気が流れている。

クラフトチョコレートが全国に広がり、シーンが成熟するなかで、[ナウイチョコラトル]はあらためて「作ること」そのものへと立ち返っている。

[ウシオ]での10年間のエピソードは終わりを迎えたが、その精神や作り手の思いはこれからも、尾道の地でチョコレートの中に生き続けていく。

[ナウイチョコラトル]の商品ラインナップ。[ウシオ]時代から引き続きパッケージのイラストは異なるアーティストがデザイン。左から「タンザニアクランチ(by LAF)」、「コーヒーアンドチョコレート(by AI KINOSHITA)」、「ジンジャープラネット(by KENTARO TSURU)」、「醤油の向こう(by BULL)」。

左から「海と太陽(by NUTTSPONCHON)」、「ネクストホワイト(by YUKIKO SHIMIZU)」、「バニララバー(by MEGUMI SHIOKAWA)」。

𝗡𝗮𝗵𝘂𝗶 𝗫𝗼𝗰𝗼𝗹𝗮𝘁𝗹
広島県尾道市向東町8626-8 1F
https://nahui.jp/
IG @nahui_xocolatl

Photo by Mina Okada (写真 岡田美菜)IG @mn_hal_
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)

RiCE編集部からお便りをお送りしています。

  • 最新号・次号のお知らせ
  • 取材の様子
  • ウェブのおすすめ記事
  • イベント情報

などなど……RiCEの今をお伝えするお手紙のようなニュースレターを月一回配信中。ご登録は以下のページからアドレスとお名前をご入力ください。

ニュースレターの登録はコチラ
PARIYA CHEESE STAND Minimal Bean to Bar Chocolate
BALMUDA The Kitchen
会員限定の最新情報をいち早くお届け詳しく