私の作品にはフォイエルバッハ哲学の要素が入っている。

イザベル・コイシェ監督インタビュー


Kyoko EndoKyoko Endo  / Nov 6, 2026
『ムクドリと人生とレモンパスタ』の主人公マルタ(アルバ・ロルヴァケル)は高校の体育教師。7年付きあっていた人気レストランのオーナーシェフのアントニオ(エリオ・ジェルマーノ)に振られてしまった矢先、大きな病気が発覚。自分を見つめ直して食生活も変え、日々を大切に生きるマルタだったが…。イタリア人作家ミケーラ・ムルジャの原作を映画化したのは『死ぬまでにしたい10のこと』や『マイ・ブック・ショップ』で知られるイザベル・コイシェ監督。表題のレモンオイルとルッコラのパスタや、ジェラート、マルタが丁寧に用意する日々の食事など食べ物に彩られた物語で、さらに注目すべきことには食べ物の影響について述べた初の哲学者フォイエルバッハとその著書がピックアップされている。そこにどんな理由があったのか、監督に聞いた。

――コイシェ監督は地元のバルセロナに留まらず、イギリス、カナダ、東京でも映画を撮っていらっしゃいますが、今回の舞台はローマでしたね。

長編映画のロケをイタリアで行ったのは初めてでした。ローマは世界中の映像作家が憧れる街で、フェリーニやソレンティーノなど尊敬される映画作家たちが映画を撮った歴史ある場所ですが、私は自分の好きなローマを撮りたいと思いました。ですから歴史的な施設や先輩監督がこれまでに撮ってきた中心地ではなくて、日本で言えば高円寺や下北沢のような場所を撮ったんです。

――日本語訳が出ていなくて原作を読んでいないので頓珍漢な質問をしたら申し訳ないんですけれども、主人公のマルタが本当に不平ばかりで食生活も不健康なうえ、彼氏にケアされることが愛情表現だと思いこんでいて自分からは思いやりも示さない人物として登場します。すでに相手をうんざりさせているのに、本人はそれに気がついていない。同性から見てもちょっとウザい感じで、変容を見せるためだということはわかるんですけど、あのアルバ・ロルヴァケルがここまで魅力のない人物になったのも驚きでした。マルタの妹は快活で人生を楽しむ人として登場しますね。

私はマルタが不機嫌で感じ良くない女性として映る方がいいと思いました。やはり少しずつ進化、変容していって、最後にこんな女性になるというところまで描けたらと考えたんです。初めにこういう人だと決めつけてそのまま距離を置く人も多いかもしれませんけれども、実際はマルタをどう思うかは自分自身の反映だと思います。マルタは自分の鏡なんです。ですから映画の最後に観客の皆さんがマルタにどういう感情を抱くかが、私にとっては非常に興味深いところでした。

原作とイタリア語版のタイトルはTre ciotoleで、まさに3つの器。景品でもらった皿に丁寧に食事を盛りつけ、食生活を変えていくマルタを象徴している

一方マルタの妹を快活で人生を楽しむ人物にしたのは、同じ家族環境で育ちながら正反対の生き方になる姉妹に非常に興味があったからです。家族の中で性格や生き方がまったく違うふたりを描きたかったのです。そのために外見が似ていない俳優たちを意図的にキャスティングしました。私の兄は青い目ですが私はそうではありませんし、ヨーロッパでは姉妹でもこのように外見が違うことはよくあることなんです。

まったく似ていないし人生観も違うが仲のいい妹

――私はこの映画で初めてフォイエルバッハについて知ったんですけれども、フォイエルバッハは哲学者として最初に食と宗教についてテーマにした人なんですね。カントやヘーゲルは名前が会話に出てくるだけなのに対して、フォイエルバッハのほうは著書『人間とは食べるところのものである』がタイトルまでしっかり映りこんでいました。フォイエルバッハはもともと原作に入っていたんですか?

原作には入っていません。でも私は大学でフォイエルバッハを学んで、非常に重要なことを言っていると思ったのです。120年前に生きた人が現代社会では非常に重要なことを予見して書いていたんだと知って、感動しました。おそらく私の映画のそこここにフォイエルバッハ哲学の要素が入っていると思います。食事というもの、私たちが何を食べるか、どんなものを食べているかということは、飾りのような表層的なことではなくて、その人の生き方の現れであり、人物を描写するための重要な価値があると思っています。楽しんで食べている人は満足して幸福感を得られると思いますが、例えばマルタがクラッカーにケチャップをつけて食べていたときのように、ファーストフードを食べている人は満足もせず食欲も湧かないという感じで、まるで自分で自分をいじめているみたいじゃないかという描写ができます。ですからマルタがジェラートを食べるシーンでは、そこでもう一度、生きることの喜びを取り戻そうとしている姿勢が表せたと思っています。

子どもが道に落としたジェラートを見て同じものが食べたくなる

――はい。とても印象的なシーンでした。主人公が、自分の食生活を大事にしていく、丁寧に器に盛って大切に食べるようになっていくところも非常に印象的でした。同時に、主人公は気ままな振る舞いで元彼に振られてしまうんですけど、彼女のそういう価値観がいいっていう新たな彼も出てきます。監督が描きたかったのは、正しい、正しくないっていうことをジャッジすることからの自由だったんでしょうか。

マルタは私にとっては大変興味深い人物で、彼女は初めからやりたくないことはやらないって言ってるんですね。社交的な人間でもないし、レストランのオープニングパーティーに行くのも嫌だし、そういうことに時間を費やしたくないということがすごくはっきりしているわけです。死を前にしてもそこは全然変わらない。というより、もっとそれ以上に自由になっていくことが描かれていると思います。

元パートナーは人気レストランのオーナーシェフ

私もマルタと同じでやりたくないことはやりません。オープニングパーティーも退屈だと思いますし、映画も劇場公開はいいですけれども、映画祭などの社交的な集いは機会さえあれば逃げ出したいと思っていますし、可能であれば行かない判断をしています。ですから、マルタは私ととてもよく似ていて、私の一部だと思っています。

――じゃあジャッジからの自由とか何かからの自由とかいう以前に、マルタはそもそも根本的に自由っていうことなんですね。

初めからマルタ自身はもっともっと自由になれると思っていた可能性もあります。彼女は本当に見る人の鏡なので、見る人がどういうふうにマルタを捉えるか、マルタを読んでいくかということが、まさに反映されるわけです。これまで何カ国でもこの作品を公開してきましたが、観客一人一人が自分自身を投影する意味で、マルタがどのように自由な人間なのか、どのような自由を欲しがっているのかということを理解していくんだと思います。もちろんマルタの中にも矛盾はありますし、人はそれぞれ自分の中に矛盾を抱えています。でも私は先ほども言いましたけれども、私自身がマルタと非常に似ていると思っています。

ローマの街を自由に自転車で移動するマルタ

――マルタの変容について、健康について重大な宣告をされたことも、やっぱり彼女が人生に対する態度を大きく変えていくきっかけになっていますよね。監督は『死ぬまでにしたい10のこと』も撮られていますが、どうして人間って死を意識しないと大事なものを選べないんだろうとお考えでしょうか。

そのご質問は、私も自分に対していつも問いかけています。そして答えがまだ出ません。なぜ人は自分が死ぬことを思い出さないと、習慣や寂しさや失ったものの大きさ、過去への後悔などをずっと引きずってしまうのか。これはいつも私が自分自身に自問していることで、とても悲しいことだと思っています。

イザベル・コイシェ監督

『ムクドリと人生とレモンパスタ』
11月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開

監督:イザベル・コイシェ 脚本:エンリコ・アウデニーノ、イザベル・コイシェ 出演:アルバ・ロルヴァケル、エリオ・ジェルマーノ、シルヴィア・ダミーコ(2025/イタリア、スペイン/122分)配給:チャイルド・フィルム

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