低気圧の日に飲むコーヒーはおいしい


Yuka KusamaYuka Kusama  / Jun 5, 2025

空が牛乳みたいに白い日は、大抵わたしの顔も白い。爪も白くなる。昔から気圧の変化にひどく弱いのだ。

低気圧の日は、起きた瞬間に「そうだ」とわかる。頬と指先がうっすらつめたくて、全身の血がうまくめぐっていない感覚。どうにか布団から出て熱いシャワーを首元に当てると、幾分かはましになるけれど、まだ一日を乗り越えるのにじゅうぶんな気力は湧いてこない。だから仕事のことはいったん考えずに、ただ「コーヒーを飲むために」という気持ちだけで、自分のことを部屋の外へ引っ張り出す。

日比谷線に揺られ、六本木駅で降りて、ファミマに向かう。いつもはMサイズのコーヒーを買うけれど、低気圧の日はLサイズ。 ファミマのコーヒーマシンを使うたび、不思議に思うことがある。それは、SサイズとMサイズは、普通のブレンドか「濃厚」かを選べるのに、Lサイズに限っては、なぜか「濃厚」のボタンしか用意されていないこと。Lサイズを飲むなら、潔く濃いめを飲めということだろうか。いつもほんのりとした圧を感じながら、「濃厚」のボタンを押している。空っぽのカップにコーヒーが落ちていくのをぼんやり眺めていると、今日の会議のこと、締め切りのこと、返さないといけない連絡のことが、泡のように頭の中に浮かんでくる。そして熱いカップを取り出して、プラスチックの蓋をぱちっとはめると、自分の奥の方でもぱちっとちいさくスイッチが入る。それは「今日も頑張ろう」にはまだ届かない、世界と自分がようやく薄くつながった、くらいの感じ。それでも、起きたてのわたしよりはずっといい。まだ一口も飲んでいないのに、もうコーヒーの恩恵を受けている。

ファミマを出たら、すぐコーヒーを飲む。この一口が、本当においしい。 ほとんど毎朝ファミマのコーヒーを飲んでいるけれど、低気圧の日は、まったく別物。まず香りが脳をちいさくノックして、それから一口、二口と、空っぽの身体にコーヒーが落ちていくたび、徐々に血管が広がり、血がめぐっていくのを感じる。これが「五臓六腑に染み渡る」ということだろうか。酒好きが「仕事終わりのビールが一番うまい!」と言うような感じで、わたしも「低気圧の日に飲むコーヒーが一番おいしい!」と言いたくなる。真っ白な顔で。

午前中をLサイズのコーヒーと過ごすうち、だんだんと頭が働きはじめて、午後にはなんとなく血色も戻っている。実際のところ、身体の中で何が起きているのかはわからないけれど、プラシーボ効果でもいい。じゅうぶん助かっている。

本当は、晴れた朝に爽やかな気持ちでコーヒーを飲みたいし、気圧による不調も改善したい。でも、今のところはこれが、わたしなりの低気圧の乗り越え方。「明日は爆弾低気圧」というニュースを見ても、「明日はコーヒーがおいしく飲める日だ」と思うと、少しだけ気が楽になる。

とはいえ、コーヒーを飲んでもどうにもならない日もある。そういう日は、早く帰って、早く眠る。睡眠に勝るものはありません。

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