4年ぶりの写真集『写真の体毛』発売記念

「写真家が写真になる時。」佐内正史特別インタビュー


RiCE.pressRiCE.press  / Jun 28, 2022

RiCEでは創刊号より連載していた「アラレー」、そしてリニューアル後もレギュラー掲載している「お〜いお茶のある風景」でお馴染みの写真家・佐内正史。前作『銀河』から4年ぶりとなる新写真集『写真の体毛』が2022年6月6日に発売となった。全512ページという大ボリュームにダブルカバーで前後どちらからも見ても大丈夫という斬新極まりない造本だが、一枚一枚めくっていると不思議な「写真の時間」が立ち上る。このなんともヘビー&ポップな一冊を発表した写真家に話を聞いた。

『写真の体毛』https://taisyo.thebase.in

 この本には争いがない、写真のやさしさがあるんだよね

ーー佐内さんから「写真の体毛」という言葉は以前から度々聞いていました。

『銀河』が出てから直ぐ、写真を整理していて。90年代には選べなかった写真も今はプリントできるようになって、どれをプリントしようかなってセレクトしているときに、写真から”毛が生えてきた”、”ちょっと毛が生えてきた”と”毛が生えてきてない”みたいな分け方をしていたんだよね。

写真を言葉にしようとした時に、毛が濃くなったとか、もじゃもじゃとか、そういう言い方がいいなって思って。そうして”毛が生えてきた”写真をまとめた箱には、なんとなく仮で『写真の体毛』って書いといた。人の温かさには争いがあるような気がする。猫の温かさには争いがない。この本には争いがない、写真のやさしさがあるんだよね。だからこれは猫の、動物の体毛に近いね。

ーー『銀河』の時からより写真集のフォーマットにハマらず、造り方が変わった印象があります。

今回はページ数を増やしてみて、『銀河』の倍近くになった。薄いコート紙で512ページあって。ページ数があることで、写真一枚一枚の印象が弱まる。パラパラと止まらずにめくれる。そうすることで“循環”が生まれてるなって。風合いある紙で、厚めで、ってなると循環より“写真の印象”が強くなる。そうなると自分が思う場所とは違う場所に行くと思うから。紙が薄くて柔らかくて、(写真の)印象が弱くなるのがいいかなと。それにあわせて構成もなだらかに、柔らかに、を意識した。

おそらく擬態屋(ミュージシャン・曽我部恵一との“よみきかせ”ユニット。1stアルバム『DORAYAKI』が発表された)の影響もあると思う。擬態屋のちょっと隙間があり、流れていくような詩で繋がる感じ。そんな空間があるような感じを今回は出したかった。

写真で何かを表現したいってわけじゃない。表現ではない表現といわれればそうだけど、ただ撮ってるだけなんだよね。そうしてると、“写真家”じゃなくて“写真”になってきちゃった。写真家の”家”が取れた感じかな。写真だから人間への憧れも出てきちゃったぐらい。人間になりたいなって思う時もある。俺は憧れがない人だったんだけど、今は「人間っていいな」って思う。自分が写真になってきちゃったから、人が作ったものはすごくいいなって。

人の人生には時間が進んでるけど写真には時間がないじゃない。人生は時間が進んで解決したりするものだけど、写真の中には時間がないから、時間が進まない世界っていうのは人生がないことなんだ。自分には懐かしさとか 記憶・思い出とかがない。

ーー佐内さんは写真を撮っているからこそ、思い出を持たないのではと思いました。

たしかに、写真を撮った時のことを思い出したりはしないし、懐かしいとも思わない。昨日撮った写真も25年前に撮った写真も同じように存在しているからね。全部同じ。『スタートレック』みたいな話にはなるけど、時間が進む中で人は生きているけど、時間がない中で自分は生きていかなくちゃだから、時間を忘れる。完全に写真になってしまうと時間のない世界に行ってしまうから、友達とご飯行ったりとかの時間は大事。一応現実に踏みとどまらないとさ。記憶がないっていうはなんだかこの世界とは違うとこに行っちゃう感じ。写真の世界にいるとなんか記憶がない人になるんだよ。

 写真が部屋に溜まっていくから本にしたいなとはいつも思ってる。写真が「そろそろいこー」って言ってるのかもね。

あとはちょっと矛盾しちゃうけど、忘れたいから撮っているっていう部分もある。例えば、目の前にあるなんでもないテーブルの丸みとかが頭の中に残ってしまうけど、1人でそれを覚えていたくない。それを自分だけが憶えているとなると、宇宙空間に投げ出されたような感じがする。だから一度気になったら戻って撮りにいくこともある。ほとんど誰も把握してないでいいことだからこそ、自分が撮らなきゃって思う。

ーー今回は浅草やカムデン(ロンドンの街)などの観光地も多いような気がしますが。

そうそう、カムデンは、街全体が観光地な感じで可愛くてなんか変!って思って。異物というか違和感とか幽霊が見ている感じ?

あとは観光地には循環があるじゃない。人の循環。だから合ってるなって。道の駅とかサービスエリアもそうだけど、人の循環のあるところがその先に何か明るい感じがありそうでいいよね。濁らないっていうのかな。濁らないところに向かっていってる気がするし、どんどんこれからも濁らないところに行けるといいな。

ーー両開きの表紙にも循環を感じましたがそれは意識されたんでしょうか。

写真という時間が止まったものの中でも、それをめくってる時間は流れるじゃない。本になったことで見ている時間が存在するから、前から見ても後ろから見ても、止まれる場所が見つかるようにしたかった。見るたびに止まる場所が違うっていうのがいいよね。

写真を撮ってプリントしているだけだと部屋に溜まっていく。だから本にしたいなとはいつも思ってる。なんかそろそろ出かけなきゃなって時ってあるじゃん。そんな感じで作るけど、写真が「そろそろいこー」って言ってるのかもね。だからそこに意味はなくて本当にただ出かけようってだけ。ずっと部屋にいてもこもるから、窓開けて、外に出てるだけ。

実は次の写真集の仮タイトルも考えてて。それで、『写真のマー』ってどう? 今回(写真の体毛)は柔らかく、スーって感じだけど、次はもっとリズミカルにてん、てん、てん、って感じのにしたい。だから『写真の〜』シリーズをもう一回くらいやろうかなと。最初は仮タイトルは『写真の毛毛毛』だったんだけど、そのモフモフの猫が、「マー」って鳴くんだよ。だからなんか『写真のマー』いいなって。どう?(笑)

佐内正史(さない・まさふみ)
●写真家。静岡生まれ。1997年、写真集『生きている』でデビュー。2003年、写真集『MAP』で木村伊兵衛写真賞を受賞。2008年に独自レーベル「対照」を立ち上げて写真集を発表しつづけている。2022年6月6日、最新写真集『写真の体毛』が発表される。GEZANマヒトゥザピーポーが監督する映画『iai』では撮影を務め、公開が控える。曽我部恵一とのユニット「擬態屋」では、佐内の詩と曽我部の音合わせをしたサウンド作品、1st Album『DORAYAKI』(2021年)をリリース。舞城王太郎との共著『詩集百花子』を制作中。
7月3日(日)15時〜17時
SPBS TOYOSU にて『写真の体毛』発売記念イベントが開催されます。
くわしくはこちらから。
Instagram:@sanaimasafumi
HP:www.sanaimasafumi.jp

Interview & Edit by Hiroshi Inada
Text by Ami Yamazaki

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