第4回次世代ガストロノミーコンペティション開催

食の都・鶴岡が見つめる“次の10年”。


PromotionPromotion  / Dec 11, 2025

ウェルビーイングをテーマに描く食の未来

202412月、山形県鶴岡市は「ユネスコ食文化創造都市」認定から10周年という節目を迎えた。国内で初めて同認定を受けたこのまちは、在来作物や精進料理など、土地と信仰に根ざした食文化を育んできた地域として国内外から多くの注目を集めている。そんな鶴岡市は“これからの10に向け、食の未来をどう描いていくのかという新たな問いに向き合っている。

その中心となる取り組みが、2019年度から隔年で開催されてきた「次世代ガストロノミーコンペティション」だ。若手料理人の発掘と育成、そして食文化の継承と革新を目的に実施され、今回で第4回を迎えた。その模様をレポートする。

プロフェッショナル4名、学生1チームが最終審査に

今年のテーマは「ウェルビーイング鶴岡から未来に向けた最高の一皿」。鶴岡の食材や文化を生かしつつ、心身の健康、環境への配慮、インクルーシブな視点など、現代に求められる“より良い生き方”を料理でどう表現するかが問われた。

プロフェッショナル部門には、県内在住の45歳以下の料理人・調理師8名が応募。学生部門には、25歳以下の2グループがエントリーした。書類審査、調理プレゼン動画による二次審査を経て、最終審査にはプロフェッショナル4名、学生2チームが進出した。

(プロフェッショナル部門)
小田斉司[東京の味 佐々木(酒田市)
宮本景子[老人保健施設のぞみの園(鶴岡市)]
五十嵐笑[サテライト老健のぞみ(鶴岡市)]
橋本佳之[オステリアシンチェリータ(南陽市)]

(学生部門)
今野拓真、鈴木咲、齋藤玲偉[酒田調理師専門学校 1年]
大石陸翔、石川樹、三浦匠[酒田調理師専門学校 1年](※当日都合により欠席)

最終審査の会場となったのは、鶴岡市の[グランド エル・サン]。当日は、地元鶴岡市の奥田政行氏[アル・ケッチァーノ]をはじめとする9名の専門審査員に加え、市民等から選出された一般審査員10名が参加。調理のライブパフォーマンスと実食審査を通して、テーマへの理解、技術、創造性、そして“鶴岡らしさ”が総合的に評価された。

小田斉司[割烹 東京の味 佐々木]

一人目の小田斉司さんがテーマに据えたのは「発酵とウェルビーイング」。腸を整えることが、心の調子にもつながる。そんな視点から、低FODMAPを意識しながら消化器系に負担をかけない設計を行ったという。

皿の中心にあるのは、鶴岡の地元野菜と発酵食品をかけ合わせた穏やかな甘みと香り。口に含むと、ふわりと広がる柔らかな発酵の香気が、静かに身体へ染みていくような印象をつくる。

さらに小田さんは、料理の背景に「利他的・協同性」という価値を重ねた。“つながりの中で食が生まれる地域性”を大切にし、ウェルビーイング=人と人が支え合って生きる状態という考えを一皿の中に封じ込めている。

割烹の現場で鍛え上げられた確かな手つきで調理。大胆な蟹の処理で魅せ、繊細な味わいで寄り添う。そのコントラストが、小田さんの料理に確かな説得力を与えていた。

壮麗二味皿(鶴岡の幸 合い盛り)

腸を整え、ふわりと感じる優しい甘みと香りが心の調子に寄り添う発酵がテーマ。低FODMAPかつ消化器系考慮を意識。地元産野菜+発酵食品をメインで構成し、利他的・協同性、地域のつながりと幸福感を合わせ、ウエルビーイングにアプローチしている。

実食審査では審査員から、「なぜ“腸”を中心テーマにしたのか?」という質問などが投げかけられた。

宮本景子[老人保健施設のぞみの園]

二人目は老人保健施設で働く管理栄養士の宮本景子さん。彼女が手にした笹の葉から、ふわりと立ちのぼる香りが会場の空気をやわらかく包む。

宮本さんが作るのは、庄内の伝統食・笹巻き。「嚥下障害の有無に関わらず、誰もが同じ食卓で笹巻きを楽しめるようにしたい。そしてこの文化を次の世代へつなぎたい」そんな思いから、今回の一皿は生まれたという。

嚥下食としての安全性を守りつつ、伝統的な餅のような弾力も残す。その“絶妙なやわらかさ”を実現する手元には、管理栄養士としての経験が宿っていた。「食べる力が弱い方でも負担なく食べられるように。でも“笹巻きらしさ”もきちんと残したいんです」と宮本さん。

子どもでも食べやすい味に調整するため、使用したのはきな粉。一度煎り直して香りを最大限引き出し、懐かしさと新しさが同時に立ち上がる一口に仕上げた。添えられたアイスクリームも「ゆっくり食べても溶けにくいように工夫しました」と宮本さん。食べる速度が人によって違っても、最後までおいしく楽しめるよう配慮されている。

そして、皿の上でアクセントとして輝いていたのが黒蜜ディップ。食べる瞬間に小さな驚きと楽しさを届けたくて」と、やわらかい笹巻きとの対比を生み、記憶に残る一口を作り出していた。

笹絵巻〜想いをつなぐ嚥(えん)結び〜

笹の香りに包まれ、昔話に花が咲く「笹巻づくり」は心をほぐすぬくもりのひととき。その喜びをすべての世代へ届けたいと願い、嚥下食の技でやわらかく仕上げた笹巻きと、現代の感性を融合。懐かしさと発見を分かち合う時間が、世代をつなぎ、地域の伝統を未来へ紡ぐウェルビーイングの一皿。

嚥下食の技術を取り入れた新しい笹巻きの開発経緯を、審査員に向けて説明する宮本さん。管理栄養士としての知見と庄内の伝統食への思いが重なる瞬間。

五十嵐笑[サテライト老健のぞみ]

三人目も同じく老人保健施設で働く管理栄養士の五十嵐笑さん。今回五十嵐さんが用意したのは「フルーツパプリカの肉詰め」。「子どもから高齢者まで、障害の有無にかかわらず、みんなで同じ料理を囲めること」。ウェルビーイングというテーマを、彼女は共に食べる喜びの共有として解釈し、一皿に落とし込んだ。

中心となるには、嚥下が難しい方でも安全に食べられるよう、ペースト状にした庄内豚を固めた特別な生地を使用。「飲み込む力が落ちた方でも、肉料理を楽しんでほしい」。そんな願いがこの選択に込められている。水分を抱え込ませることで、従来の嚥下食にはないふんわりとした肉らしさを実現していた。

肉を包むのは、甘みの強い庄内産フルーツパプリカ。その明るいオレンジ色は、食べやすさへの配慮と同時に、料理全体の華やかさも演出している。さらに皿をまとめるのは、鶴岡に根づく“餡かけ文化”を取り入れた、やさしい餡。とろみが具材をしっかり包み込み、嚥下の負担を減らしながら、どこか懐かしい味わいを生んでいる。

「安全なだけでなく、美味しい嬉しいがある食事を届けたい。施設の食事は安全性が優先されるあまり、満足度が下がってしまうことも多いんです。どうすれば普通の食事に近づけるか──それをいつも考えています」と五十嵐さん。嚥下障害を抱える人も、子どもも、高齢者も、誰も取り残さない。“みんなで食べる”というシンプルで大切な幸せを、料理で形にした一品。五十嵐さんの料理は、会場に寄り添うような温かい余韻を残した。

フルーツパプリカの肉詰め

飲み込みの力が落ちている方でも安全に肉料理が食べられるように、ペースト状に固めた庄内豚を使用。甘みの強い庄内産フルーツパプリカと、高齢者にもなじみ深い鶴岡の餡かけ文化を取り入れることで、子どもから高齢者まで年代を問わず、嚥下障害がある方も含め、みんなが一緒に楽しめるウェルビーイングな料理を目指した。

“餡かけという鶴岡の食文化を、どうウェルビーイングの視点で再解釈したのか。その工夫を語る五十嵐さんに、審査員もじっくり耳を傾けていた。

橋本佳之[オステリアシンチェリータ]

プロフェッショナル部門の最後に登場したのは南陽市にある創作イタリアン[オステリアシンチェリータ]の橋本シェフ。米沢出身の彼は故郷の食文化を象徴する「鯉」を使ったメニューを提案した。

「米沢では鯉を食べる文化があるんです。甘辛く煮る鯉のうま煮は子どもの頃からの味で、大好きなんですが……とにかく骨が多いんですよね」橋本さんはそう笑いながら、“誰でも食べられる、骨のストレスのない鯉料理を作りたかった”という。

山形県長井産の鯉を捌き、前日まで18度で蒸しては冷まし、一本一本骨を抜く作業を繰り返したという。しかし、頭や尻尾はどうしても骨が多く、抜ききれない。そこで急遽、骨切りという別のアプローチに切り替えて仕上げた。「若い人でも美味しいと思える鯉料理を作りたい。伝統を守りながら、今の感覚で食べられるようにしたかったんです」

自身の出身地の置賜地方の鯉を使った伝統料理を参考にした鯉とソバの実のリゾット仕立て。長井産の鯉と鶴岡産のソバの実やフィンガーライムなどの野菜を使って仕上げた。

魚恋(こい)

地元の食材を生かし信頼できる生産者とのつながりや自然との共生と調和を表現。この料理で伝統料理が進化し、地域の文化や健康、心の豊さが味わえる料理に仕立てている。

料理の完成度を称賛されながら、「ウェルビーイングの解釈」を問われる橋本シェフ。鯉文化へのまなざしと未来への提案が、言葉として紡がれていく。

今野拓真、鈴木咲[酒田調理師専門学校 1年]

学生部門で唯一の最終審査への参加となったのが、酒田調理師専門学校の今野拓真、鈴木咲さんのチーム。まだ1年生とは思えない落ち着いた表情で、しかしどこか初々しさも残る二人。その手つきからは、地元の食材への敬意と、テーマへの真剣さがしっかりと伝わってきた。

彼らがつくり上げたのは、鶴岡の食材で仕立てた体にも心にも優しい茶漬け。「ウェルビーイングというテーマに合わせて、食べる人の負担が少なく、消化を助けるような料理を考えました」。

中心の食材として選んだのはヒラメ。「収穫量が安定していて、これからも地域で食べ続けられる魚だと思ったんです」という言葉どおり、持続可能な食材を使用。未来を見据えた学生らしい視点が光る。アラや骨、赤かぶの葉まで余すことなく使い、食品ロス削減も意識していた点も印象的だ。

「地元で採れた食材を使うことで、地産地消にもなり、地域の経済にもつながるはず。環境にも優しい料理にしたかったんです」。

まっすぐな言葉が、若い料理人たちの未来とフィールドをそのまま映し出していた。

庄内溢れるヒラメの彩り茶漬け

今回のテーマ「ウェルビーイング」に合わせて、鶴岡の食材を使った心と体に優しい料理を提案。さらさらと食べられる茶漬けを選んだ。体に優しい点として、長芋を使うことで、吸収をサポート。食品ロスも意識されている。

審査員からは、基礎に忠実な調理技術への高い評価とともに、「なぜ料理人を目指したんですか?」という質問も。鶴岡の食の未来を担う若い二人への期待が寄せられた。

一般審査員10名が真剣な表情で料理を味わう。

グランプリに輝いたのは、橋本佳之さん

調理のライブパフォーマンスと実食審査、さらに市民審査員10名の得点を合わせて総合的に評価した結果、橋本佳之シェフがグランプリに輝いた。

審査員、来場した市民らが集まり、緊張感と期待が交錯する表彰式の様子。

会場から大きな拍手が湧き起こり、橋本さんは一瞬だけ驚いたように目を見開き、その後ゆっくりと笑みをこぼした。郷土・米沢の鯉文化を再解釈し、誰もが食べやすい新しい鯉料理へと昇華させた一皿が、審査員と市民の心をしっかりと捉えた結果だった。

グランプリ受賞の喜びを語る橋本さん。

発表の瞬間、会場に大きな拍手が響き渡った。約20年のキャリアを持つ橋本さんにとって、今回が初めてのコンクール挑戦だったという。

「今回が最初で最後のコンクールだと思って参加しました。グランプリとなりとてもうれしいです。ありがとうございました!」緊張の中にも、まっすぐな思いがこもった言葉に、会場から再び温かい拍手が送られた。

準グランプリには、嚥下食の技術で挑んだ五十嵐笑さん。審査員特別賞は、同じく嚥下食をベースに笹巻きを再構築した宮本景子さんが受賞した。

そして、橋本さん・五十嵐さん・宮本さんの3名は、鶴岡市から 「鶴岡食のアンバサダー」 に任命されることが決定。これから市内外に向けて、鶴岡の食の魅力を発信する役割を担っていく。

学生部門では、酒田調理師専門学校の今野拓真、鈴木咲、齋藤玲偉さんのチーム が「未来のスター賞」 を受賞した。初々しさの中に確かな技術と視点が光り、会場からも大きな期待が寄せられた。

審査員を務めた弊誌RiCE編集長・稲田は、参加者たちが ウェルビーイングを丁寧に昇華した点を称賛。鶴岡が積み重ねてきた食文化に寄り添い、RiCEとしてその輪を広げていきたいと語った。

今回のコンペティションに集まった料理は、どれも鶴岡の土地と向き合い、食べる人の心や身体にそっと寄り添う“ウェルビーイング”というテーマに真正面から向き合ったものばかりだった。

伝統を受け継ぎながら、新しい解釈で次の世代へつなぐ料理人。食べる力が弱い人にも“美味しさ”を届けようとする管理栄養士。そして、純粋なまなざしで地域を見つめる学生たち。

それぞれの一皿は、鶴岡がこれまで大切に育んできた食文化の奥深さと、これからの10年に向けた確かな希望を静かに示していた。自然と人、伝統と革新が交わり、ゆるやかに循環していく街・鶴岡。今回の挑戦者たちが生み出した一皿一皿は、この土地が“次の食の未来を描く場所”であり続けることを、あらためて私たちに教えてくれる。食を通じて人がつながり、未来がひらけていく。その景色が、これからも鶴岡から広がっていくことを期待したい。

審査員 五十音順
荒川和晴(慶應義塾大学先端生命科学研究所所長)
石川伸一(宮城大学食産業学群教授)
稲田浩(弊誌RiCE編集長)
萩原和歌(鶴岡市出身 郷土料理研究家・料理家)
奥田政行([アル・ケッチァーノ]オーナーシェフ)
君島佐和子(フードジャーナリスト)
小林寛司([villa aida]シェフ&farmer)
五領田小百合(山形大学農学部助教)
杉山乃互(日本料理店[茶懐石 温石]店主)

 

鶴岡食文化創造都市推進協議会
HP https://www.creative-tsuruoka.jp/
IG creative_tsuruoka

Photo by Yuki Nasuno (写真 那須野友暉)IG yuki_nasuno
Text by Shingo Akuzawa(文 阿久沢慎吾)

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