五感で味わうペアリング

CONCENT by Aman Tokyo -食の景観- レポート


RiCE.pressRiCE.press  / May 29, 2019

4月26日から28日まで、アマン東京のイタリアン・レストラン、アルヴァで料理を“音”とともに味わうディナーイベント『CONCENT by Aman Tokyo-食の景観-』が開かれた。

選りすぐった日本の食材を使ったイタリア料理に世界各国のワインを合わせ、さらにハイテクな音楽機器を使用して音を楽しむもので、いまのハイエンドな東京のレストランのハイブリッド性を可視化するような食体験を発信する試みだ。

CONCENT第一弾は、新しい音楽と気鋭のシェフ、ソムリエと日本酒の専門家たちの一夜限りのコラボイベントとして、2017年3月に表参道ヒルズのフラテリ パラディソで開催された。今回は場をアマン東京に移し、アルヴァ総料理長の平木正和とソムリエの梁世柱(ヤン・セジュ)が新たな食の景観を提示する。

平木はかつてヴェネチアのザ・バウアーホテルに13年間勤務、最後の3年間は総料理長を務めていた。その彼が、CONCENTでは屈指のDJを集めたディレクターのGHI亀井達也とともに、岩手から鹿児島まで4000キロの道のりの素材を集める旅をした。

レストランの名前となっているArvaはラテン語で「収穫」という意味。そこで今回のCONCENTは素材の収穫の音を聴きながら食事をする趣向となった。たとえば最初の『千葉県産マスクメロン 24か月熟成サンダニエーレ』では、イヤフォンからメロンを切り取るパチンパチンという鋏の音が鳴り出す。畑を踏みしめる足音、小鳥の声も聞こえてくる。

「前回はユースに向けてのフードカルチャーの提示で音楽も若いDJに任せたのですが、今回はアマンなので自然音を意識しました。アマン東京はアマングループの中では最初の都市型ホテルですが、もともとアマンは自然に寄り添うラグジュアリーリゾート。サウンドスケープからフードスケープへ、食材がひと皿の料理になるまでの旅の記録を感じてほしい」とCONCENT主催のGHI大野謙策。

普通、ヘッドフォンをつけながら食事すれば、耳が圧迫されて顎関節の動きが不自由になり、料理の味わいが変わってしまうし、会話も楽しむことができない。ではスピーカーから音を流すか。音をどうするか悩んだ末、オープンイヤーのステレオヘッドセットを採用。これで耳を覆わず、テーブルの同席者やサービスマンとの会話も可能になった。

使用されたのはソニーモバイルのSTH40D。最初にサービスマンがオーダーの確認と水の好みを聞いてくれるのだが、そのときにヘッドセットを渡され、使用法を説明される。前菜からメインまで7種類の料理に合わせて7つの音の景観を聴く。ひと皿ひと皿に変わるscene(シーン)の音を聴くのだが、その操作もサービスマンがさりげなくやってくれるのだ。

ひと皿めは先述のメロン。生ハムメロンとはどクラシックな組み合わせだが、せっかくの食材なので王道で良さを味わってもらいたいという平木の想いがあった。「生産者を回ることで、変にアレンジした料理で彼らのイメージを潰したくなかったのです。奇抜なことをやったら何がなんなのかわからなくなる」

しかしプレゼンテーションはモダンでシックだ。芳しく甘いメロンはボンボン・ショコラくらいの大きさにカットされ、2年間熟成され塩気がまろやかになった生ハムにくるまれている。合わせるのはスパークリング。N.V Andrea Arici,Franciacorta Dossagio Zero“Nero”。ピノ・ノワール、いや、ピノ・ネロ100%でちょっと重め。熟成香が生ハムとよく合う。

次の皿は『鹿児島県産グリーンピース 三重県産アオリ烏賊 ペーストジェノベーゼ』ヘッドフォンからは少しだけ鋏の音。続いて海鳥の声と波の音。あ、漁港に来たんだな、とわかる。漁師さんがかけあう声、船のエンジンの音もする。音を聴きながら口の中ではグリーンピースと烏賊の甘みがジェノベーゼのチーズの塩気でまとめられる。豆の蔓もおいしい。

合わせるのは2017Folias de Baco, Uivo Renegado。赤と白、あわせて25種類もの葡萄を使ったポルトガルのワインだ。ソムリエの梁は2017年のSomms of the Worldに、世界のベストソムリエ50人のうちの一人として招聘された。

今回は「アヴァンギャルド&ナチュラル」をテーマにオーガニックワインを選んだという。イタリア料理にイタリアワインと限定せず、世界のワインを組み合わせる自由さが爽快だ。

3皿めは「岩手県産山菜、バーニャカウダ」。ヘッドセットからは雪を踏みしめる音、そして突然おばちゃんの声が聞こえる。「ほら、これはね、こう取るの。根元から折って…」ここまでの音声が環境音楽的だったから急にはっきりした言葉が聞こえてびっくりするけれど、なんだか温かみがある。

山菜はわさび菜、行者にんにく、ぜんまい、野生のしいたけ。わさび菜は生のまま、ほかはさっと湯がいてあるのを、イタリアのおばあちゃんに教わったというバーニャカウダソースにつけていただく。このソースが…おいしすぎて買って帰りたかった。バターの香りがして、アンチョビとにんにくが全然とんがっていない優しい味。おばちゃんの山菜に、おばあちゃんのバーニャカウダ。家庭で受け継がれる日本とイタリアのマンマの味。ワインは2010 Ronco Severo Friulano Reserva。父の代から無農薬という畑の葡萄で造られたオレンジワインだ。

続いて「香川産ホワイトアスパラガス、相模原有精卵のフリット、イタリア産鮪のボッタルガ」。これもまたクラシックな組み合わせだが、玉子をフリットにしてあるのが新しい。下にはアスパラガスの根元で作られたペーストが敷かれ、粗めにおろされたボッタルガがたっぷり。

ワインは2016 Odinstal,Silvaner Nature。自然の酵母だけを使ったドイツのビオディナミ。ボッタルガと有精卵のパンチの効いた味に負けない力強さだ。音声は養鶏場へ。養鶏といっても平飼いで、雄鶏もいる自然な環境で行われているから鶏たちの声ものんびりしている。雄鶏がいなくても玉子の質も味も変わらないらしい。

なぜそこに玉子を生まない雄鶏を経済的な効率を下げてまで入れるのかとと尋ねたら「オスが鳴くとメスが反応して玉子を産むのが自然なんだよ」と生産者は答えたという。

「鹿児島県産蚕豆 アニョロッティ カチョエペぺ」。アニョロッティはラビオリのように中に具を入れ込んだパスタで、リコッタチーズ入りのアニョロッティに定番のペコリーノチーズと蚕豆を合わせた。こうあるべし、というふんだんなチーズ。チーズってお茶やコーヒーなどと同じで、一定以上の量が使われていなくては話にならないのだ。

ワインは2015 Strohmeier, Wein der stille。不耕起栽培の畑の葡萄から造られたオーストリアのワインで、NOMAのソムリエなども買いつけていてなかなか手に入らないという。そんな貴重なワインが、チーズと一緒だとするすると喉を通っていってしまう。非凡な料理を食べながら、音声はまったくのどかで山鳩が鳴いたりしている。

魚料理は「長崎県五島列島値賀咲イサキのソテー 山形県産アスパラソバージュ、フレッシュトマトプッタネスカ」。値賀咲(ちかさき)は長崎県北松浦郡小値賀町で水揚げされるブランドイサキだ。疑似餌で一本釣りされた天然のイサキがすっきりと引き締まった身はふっくら、皮はパリパリに焼き上げられている。

それに梁は赤ワイン2014 Cascina Roera, Barbera “La Roera”を合わせてきた。完熟葡萄を自然発酵させたピエモンテの赤。

「焼いた魚と白ワインという定番の組み合わせはもう頭打ちです。でも、どうやって赤ワインを合わせようかと考えたらもっと世界が広がる。イサキにトマトが入るので赤とも合う。赤だからこそ全体を拾えるんです」確かにこのトマトがキーだ。ケイパーとオリーブとトマトを合わせたソースが娼婦風=プッタネスカだが、トマトがフレッシュなためくどくない。このソースでパスタを食べたい。アスパラソバージュはもともとはフランスの野草だが、日本での栽培は珍しい。気候が似た山形で10年をかけて収穫が可能になった。

音声は波の音、漁師のおじさんたちの声。海鳥の声。釣り人は席を立って海に行きたくなるような音だが、料理に引き留められるだろう。

オーラス、肉料理は「山梨県産中村農場ホロホロ鶏のぺヴァラーダ、山梨県産北山農園有機野菜のアッロースト」。ホロホロ鶏のローストとレバーのペースト、と書いてしまうと普通で申し訳なくなるけれど、ぺヴァラーダは鶏レバーで作るソース。これを酸味も抑えて野趣あふれる粗めの仕上がりにしている。

ワインは2011 Roagna, Barbaresco Paje。「全イタリアでいちばんいいワインを造っている造り手で、まだ30代。飛び抜けた天才です。欧米ではスーパースター中のスーパースター。あっという間に出会えないワインになりますよ」と梁。柔らかく、脂の乗り方も絶妙でピンク色に完璧に焼き上げられたホロホロ鶏と、樹齢50年以上の葡萄からしか造られないワイン。もうおいしいという言葉しか頭の中に浮かんでこない。

ここから背景音は懐かしのウインダム・ヒル・レーベルを思い出すピアノ音楽に。ちなみにこのホロホロ鶏は、どうしたらおいしくなるか味を追求してケージの中で育てられているそうで、亀井と平木が有精卵の鶏の平飼いと比較して「効率か愛か」と言っていたのが面白かった。

根がついたままグリルした牛蒡や、茎がついた人参も、土を落として洗う手間を考えれば、かえってハイエンドなレストランでしか食べられないもの。野菜を食べているときにサービスマンが料理について聞きにきたので「バーニャカウダがすごくおいしかった!この野菜にもつけたいくらい」と言ったらバーニャカウダソースを持ってきてくれた。
フードライターとしてはまったくアウトなのだが、こうした融通が効くところこそラグジュアリーホテルで食事する楽しさだと思うので書いておく。

 

さて、デザートはティラミスとメリンガータ。ティラミスはグラスに入ったスタイルで、アフォガータのように濃いコーヒーがかけられる。メリンガータは、いちごのソースとの紅白の対比が美しく、下の上でほろほろ儚く溶けていく。

話しながら食べているので小菓子もテーブルに並べられる。ボンボン・ショコラとマカロンとサクリスタン。ここにも食後酒を合わせる。Quinta do Infantado, Porto Reserva Tawny BIO。ポートにもビオがあるのだ。ポートだというのにジュースのように飲めてしまう危険な飲み物。いつもペアリングでは量を少なめにしてもらうのだが、このディナーではビオだけの組み合わせだからかまったく悪酔いせず、ほろ酔い状態のままずっと食事が進んでいった。ペアリングはリーズナブルという以上で、頼んでよかったというより最低限なくてはならないものだった。

今回、実は料理以上のプライスのプレミアム・ワイン・ペアリングもあった。それについて梁は「誰もが知っているものは入れませんでした。誰もが知っているワインを凌駕している新世代の偉大なワインというコンセプトでワインを選びました。小さくて手作りの酒造で生産量が少ないものや、古すぎて数が少ないものなど、どれも貴重なワインです」

その古すぎて稀少な1963 Warre’s Vintage Portを味見させてもらったが、この馥郁さと比較すると蜜のようなQuinta do Infantado, Porto Reserva Tawny BIOでさえ、まるでボジョレヌーヴォのように感じられてしまう。

ワインマニアのためにプレミアム・ワイン・ペアリングのセレクションを書いておく。料理以上のプライスといえども、これならリーズナブルだと納得した。

2006 Marguet, Sapience Premier Cru

2014 Becker, Pinot Noir “La Belle Vue”

2016 Olivier Bernstein, Corton Charlemagne

2015 Christian Tschida, Non Tradition

2014 Graci, Sicilia Rosso “Quota 1000”Barbabecchi

2016 Chateau D’Esclans, Garrus

2007 Roagna, Barbaresco Crichet Paje

1963 Warre’s, Vintage Port

CONCENTはこの先も進化を続け、東京を飛び出す可能性もある。どんどん成長するイベントに期待は膨らむばかりだ。

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