
連載「食べるためのタイ案内」 #4
バンコク屈指の食街。シーロム編
バンコクを拠点に、タイを「食べるため」に歩き続けてきた筆者が、観光ガイドではなく、腹と感覚を頼りにしたバンコクのフード案内。
この世には、どうしようもない格差がある。同じ人間にも関わらず、位の違う存在…。
例えば、私とヘイリービーバー。
猫界では、人の言葉を自由に話せるほどの知性があるのに、電撃で飛ばされて雑魚扱いのニャース。その対局では、表情筋を一ミリも動かさずとも老け知らず。真顔でも世界から「kawaii」と言われ、半世紀以上、アイドルの座を後輩に譲ろうとしないクイーンKこと、ハローキティ。つくづく世は不公平だが、これに涙する人もいない。
野菜界もまた世知辛い。スーパーの棚の最前線に並び、毎日のように鍋や炒め物へ駆り出される庶民派野菜群がいる一方、花山椒のように、ふかふかの箱に丁重に詰められる、箱入り娘(まさに)のような扱いの食材。なかでも、黄韮には後光が差しているかのような神々しささえある。黄韮の箱を両手で天に掲げれば、大奥のように長い廊下の左右の襖がばばばっと一斉に開いて「黄韮さまのおな〜り〜」と、思わずひれ伏したくなるのは、きっと私だけではないはず。
そして、それは氷界にもあると思う。位の高い氷は、セクシーである。
その話は後述するとして、一方でカラオケのドリンクバーからジャリジャリと排出される小石みたいな氷。あれは、歯にあたる。冷たい。痛い。
口にするたびに、小さな不快とノイズを提供しつづける。しかもすぐに溶けて、飲料を薄める爪痕も残す。食事の邪魔をすることに全力を注ぐ、小物ヴィラン。少々辛辣だが、はっきり言ってしまうと長所がない。あの氷で飲む、焼酎ソーダ割りほど惹かれないものはない。
では、位の高さを感じる氷とはなにか。まずは、バーで出会う氷だ。ピッキングで丁寧に削られた氷は、南極の香りを運び、水晶のように澄んで、工芸品のような佇まい。溶けていく時間まで計算されたような、滴る造形美さえもある。
だが個人的に、もうひとつ高貴な氷がある。それが、タイのビールに浮かぶ氷だ。アイロンビーズのような円柱型で真ん中に穴が空いた氷。見た目だけなら、いたって庶民的。しかし、タイのビールグラスに浮かべば、とたんに黄金色の輝きを放つ。
位の高い氷に必要なのは、氷そのものの造形だけではない。
グラスといかに美しく呼応するか。
バーのロックアイスが、カランカランと涼しい音を立てて煌めくなら、タイの円柱氷は、グラスの中で浮き輪のようにぷかぷかと漂う。
その浮き沈みする姿は、どこか無邪気で、まるで孫の行楽でも眺めるばあばのような気分にさせる。コップが白く曇り、小さな水滴が集まると雨のように流れ落ちて、食卓をビチャビチャにする。その少々お行儀の悪い様子までも、やれやれ、と微笑みながら、タイならではの風物詩として受け入れてしまえる。

この円柱氷なしではタイビールは成り立たない。シンハー(獅子)も、LEO(虎)も、チャーン(象)も、すべてこの氷に手なづけられ、我々を素晴らしい屋台体験へと導いてくれる。今回は、そんなビールが完璧においしく飲める屋台から、紹介していこうと思う。
エリアは、シーロム。
シーロムは、スクンビットと同じように人が多く、いつも賑わっている繁華街のひとつ。ただ、スクンビットよりも少しオフィス街の色が強く、ランチタイムになるとOLやスーツ姿の会社員たちがぞろぞろと街へ繰り出す。また、夜になると目尻を垂れ下げた40’s〜50’sをよく見かける歓楽街もある。
シンプルに人が多いので、デパートもおいしい店も多い。ローカルな店がある一方でAsia’s 50 Best Restaurantsに入るような高級レストランも点在している。
チャオプラヤー川方面にも出やすく、スクンビットへのアクセスもいい。泊まる場所としても動きやすく、なかなか便利でおすすめのエリアだ。
BTSチョンノンシー駅から徒歩数分ほど。「綺麗すぎないローカルな人たちが集まるイサーン系屋台に行きたい」、と先輩から面倒な注文があっても心配無用。ここに連れてこよう。
かつて歩道にずらりとテーブルを並べ、客が増えるたびに、店舗区画という概念を横に置いて、縦に細長くどこまでも伸びていった。ところが、今年4月に訪れたら、すぐ横に校庭のような平地ができていて、店舗区画という概念を横に置いて、野外フードコートのように超拡大していた。人気店の様子が窺える。(家賃はどこからどこまで発生して、誰に払っているの?探偵ナイトスクープ出張希望)

ここで必ず食べるのがラープペット(アヒルのラープ)。粗く刻まれたアヒル肉はぷりっと弾力があり、ほどよい脂身とハーブの香りが重なり、ビールが止まらない。さらにおすすめなのが、「ピークガイトート」というアヒルのくちばしの唐揚げ。食べなれない、見慣れないものだが、ビールを飲むならこのサイドで脇をぜひ固めていただきたい。

さらに、「チムチュム」というイサーン地方の鍋料理も食べられる。七輪の上に素焼きの土鍋をのせ、肉と野菜を煮ながらつつく。スープにはレモングラスやコブミカンの葉などのハーブ類が入り、清涼感がありつつ、にんにくの香りが食欲を増幅させる。具材はタレにつけて食べるのだが、これもまたニクい旨さ!ビール泥棒め!なんてテンションが上がる。
グラスに円柱の氷をたっぷり入れ、ビールを流し込む。夕方からスタートするこの店で、夕暮れとビールとアヒルと私。そんな夏休みのような至福の時間を、まりもっこりのようなエロ目で噛み締めていたら、筆者だろう。

📍[ソムタムジェイソー]
BTSサラデーン駅から徒歩8分ほどのイサーン料理店。こちらはランチがメインだ。この辺りはオフィス街なので12時になると人気店は一気に満席に。ランチ戦争は避けたかったので、戦略的に11時台にインするも、ほぼほぼタイの方で満席の人気店。オーダーは、注文用紙があり、そちらに記入してオーダー。壁には写真付きのメニューも貼られていて、ひとり客殺しの豊富なバリエーション。店内脇には、炭火の調理場があり、豪快におじさんが肉料理を焼く姿が、気分を駆り立てる。

炭火料理も食べたい、ソムタム系も食べたい。胃袋は一つ。ということで私は、ソムタムコームーヤーン(豚トロのソムタム)とカオニャオ(もち米)を。大人数であれば、名物のガイヤーンや、他の炭火焼きも合わせて頼みたい。タイ人で賑わう店は間違いないことを、再認識する納得の美味。後から知ったのだが、シタール奏者の石濱匡雄さんもこの店を訪れているのをインスタでみかけた。以来、石濱さんの嗅覚に厚い信頼を寄せている。

こちらもBTSサラデーン駅から徒歩5分ほど。[ソムタムジェイソー]へ向かう途中、コンベント通り沿いにある人気のクアイティアオ屋台。昼時になると店先にはタイ人の行列ができるものの、神保町の[丸香]のように、回転はかなり早いので、意外とすんなり入れる。

“タイラーメン”ことクアイティアオの専門店で、汁あり、汁なし、トムヤム味などを選べる。今回は、トムヤム味の汁なし麺を注文。店のおばちゃんが、丼に麺を放り込みながら、調味料をぱっぱっと手際よく加えていく。軽量スプーンとか、計量カップに出番はない。計量デフレを目の当たりにする。その日のさじ加減で、辛味や酸味に少しブレがあるのもタイらしい魅力だが、全体としてのバランスはおいしい。値段は一杯70〜80バーツほど。日本円にすると400円ほど。有難い屋台。
[Vesper]
バンコクのバー好きなら、一度は名前を聞いたことがある名店。実際、Asia’s Best Barsにも長年選出されていて、夜になると世界中のバーラバーたちが肩を寄せ合う。こういう人気店は、早い時間なら比較的入りやすいものの、22時を過ぎる頃には待ちが出ることも多い。確実に行きたいなら、予約しておくのがスマート。

コンセプトは、イギリスの四季をテーマにアレンジしたオリジナルカクテル。価格はサービス料と税を含めて、一杯およそ2,500円ほど。今の為替では、財布に堪える相場感…。
夜はかなり賑やかで、静かにしっぽり飲むというより、活気ある雰囲気の中でカクテルを楽しむタイプのバー。ただ、味はやはりどの一杯も完成度が高い。中でも印象に残ったのは、卵白を使った「Cream & Rhubarb」。まるでケーキのような甘くやわらかな味わいで、提供前にちょっとした”映え”なパフォーマンスが入る。
そうだよな、今はSNS全盛期。動画を強いられるテンションの高い瞬間には、斜に構えてしまうひねくれ者も、スタッフのフレンドリーな距離感により、しっかりとスマホに収め、この場に浸かるように楽しんだのであった。Highly reccomended!
上で紹介した[クアイティアオ ケー ソイコンベント]、[Vesper]と同じ並びにあるソムタム屋。昼から夜まで通しで営業しているので、こちらも覚えておくと、井之頭五郎のように、突然腹が減る人種にも頼りになるだろう。

私が頼んだのは「ソムタムコラート」。コラートとは東北地方のひとつの県名で、発酵魚のソース、プラーラーが少し入っている。
辛さは控えめにしたはずなのに、ひと口目から唐辛子が殴りかかってくる。タイの洗礼に脳を揺さぶられるが、その後ろから旨味がすぐに追いついてくる。辛いし、痛い。が、ビビッドな味で素直においしい。

特筆すべきは、巷のソムタムとは一線を画すシャキシャキ度。青パパイヤは、シュレッダーに通したかのように均一さ。青椒肉絲の「絲」とはこのこと、ウーウェンさんもお褒めになられるだろう。手本にしたくなるほどの端正な細切りは、食感だけでもイケてしまう。この日だけなのか、通常もこの精度なのか、ぜひその真相を確かめて欲しい。
📍[ラープ メープック]
シーロムから少し離れ、次回紹介予定のジャルーンクルン通りにも近いエリア。少し範囲外だが、どうしても追記したかった本命屋台を一つ。以前訪れた際は、休みだったため、今回辿り着いたのは、カオニャオ(もち米)のようにねちっこい執着で(なんつて)。

なにはともあれ、初訪問なので、店名にもなっているラープペット(アヒルのラープ)と、コームーヤーン(炭火豚トロ焼き」、カオニャオの基礎セットを注文。
そして、不意にもコームーヤーンの真髄に辿り着くことになる。10分ほどで着丼。見た目から只者ならぬオーラがあるが、食べれば、ぷるんぷるんと弾む豚トロ。噛むたびに、肉の間からじんわりと溶け出す脂のピュアな甘み。そして炭火の香ばしい香りが重なり、気づけば目がガン開いて、アドレナリンが沸き立つ。これぞ、私が求めていたコームーヤーンの正解。モンサンミッシェルにつながる一本の道のように、目指すべき場所が照らされた瞬間であった。

ピリ辛のジャオ(つけだれ)をつけて、ビールを流し込む。ともに、カオニャオも外せない。「少し硬めに炊かれた粒感のある」もち米は、豚の脂と食べるとその真価を発揮する。なぜ、これほどまでに相性がいいのだろう。
ラープペットは、ぷりぷりの肉でそもそものレベルが高いが、この日は酸味が少しだけ強かった。ただ盛り付けは綺麗。2品とビールで280バーツ。完全に虜になった。
📍[ラープウボン]
散々飲んでから「お願い、もう一軒だけ」と、先輩から無茶振りがあっても心配無用。ここに連れてこよう。
[BKK Social Club]のバーテンダーが、仕事終わりに行く店として名前を挙げていたこちら。朝4時近くまで営業しているうえ、かなりの大箱。屋根付きなので、雨季でも突然のゲリラ豪雨に打ち勝てる。店名の通りイサーン料理が豊富で、ラープやソムタム、焼きもの系まで幅広い。20年以上続く老舗ともあり、納得の活気。
大人数でいろいろ頼みながら、わいわい食べるのに向いている。ただ、味に関して言うと、個人的には[ラープペットヤソートーン パークソイシーロム9]に軍配があがる。とはいえ、深夜まで開いていて、この規模感でイサーン料理を楽しめる頼もしい一軒だ。
ヒップな空気感で、ナチュラルワインが飲みたいなら、こちらの選択肢も。感度の高い内装や音楽のセンスも含めて、“今っぽいバンコク”を感じられる一軒で、客層も海外からのゲストが中心。(つい先日も、ファッションブランド「Kitsune」とコラボした様子がインスタにあがっていた)

ただし酒税の関係で、ナチュラルワインは、日本で飲むよりも価格帯は体感1.5倍以上の高さなのでご注意を。ちなみに、この店はオリジナルグッズもかわいい。どこか二次流通したミッキーを思わせる、少し意地悪顔のキャラクターがあしらわれたTシャツやワインオープナーなど、ワイン好きへのお土産にも気の利いたものが見つかる点でもおすすめだ。

📍[Craftsman Roastery and Brew Bar]
シーロムからバイタクで10分ほど南へ。朝、作業したい時や、おいしいコーヒーを飲みながら休憩したい時に立ち寄っていた店。どこか清澄白河の[Blue Bottle Coffee]を思わせる、工場のような大きな建物をリノベーションした空間。こういうスケールの大きい店に入ると、バンコクの街のダイナミックさを改めて感じる。東京では成立しないサイズ感の店が多いのも、この街の面白さ。

朝7時頃から営業しているので、ノマド利用にも重宝できそう(小声)。午前中は比較的ゆったりしているが、昼に近づくにつれて混雑する。お気に入りは、Yuzuとコーヒーを掛け合わせた「YUZU SOUR」。

- editor / writer
野﨑 櫻子 / Sakurako Nozaki
1991年生まれ。雑誌とウェブの制作に携わったのち独立。学生時代に習得したタイ語を武器にバンコクへ赴き、最新グルメからローカル屋台まで練り歩く。日本では良き酒と肴を求めて夜な夜な酒場へと集う日々。IG @rako_noz
Sakurako Nozaki
Hiroshi Inada 
Jinsuke Mizuno 
Keita Sasaki 
Yuki Higuchi 
Chisa Okayama 
RiCE.press 














