連載「京都-逗子日記 街の気配をつれて」#5

今夜はラム、一日はこれから


Yuka KusamaYuka Kusama  / Jun 4, 2026

夕方より少し前を狙って、海へ行く。昼から夕方にかけて、太陽と風がいちばん心地よく混ざり合うあの時間帯が、好きで好きで仕方ない。

逗子海岸では映画祭が開催されていた。この風景も、もう15年目になるらしい。二、三年目くらいの頃、ボランティアスタッフとして参加していた。あの頃のわたしは、まだ二十歳かそこらだった。「はたちです」と言うたびに、周りから「若いねえ」と返された。あの頃は、“はたち”が自分の最大のアイデンティティになっていた季節だったなあと、その賑わいを眺めながら思った。

映画祭の賑わいをBGMに、浜辺に腰を下ろしてリンゴのクラフトビールを飲みながら、エスカベチェを食べる。リンゴのクラフトビールは想像していたよりずっと酸っぱくて、こんなに酸っぱいのなら「とても酸っぱいです」と書いたPOPを貼っておいてほしいな、と思うほどだった。

たくさんの犬たちが通り過ぎるのを眺める。白くて毛の長い、すらりとした犬が夕陽に向かって凛と立っていた。なんて神秘的なフォルムだろう。はじめてあの犬を見た人類は、あれを犬だと認識できただろうか。神様だと思ったのではないだろうか。これを書きながら「神様みたいな犬」で検索してみたら、ちゃんと出てきた。ボルゾイ。

夜はみんなで食卓を囲んだ。最近すっかりひょうきんになった二歳半の姪っ子が、みんなをげらげら笑わせてくれる。母が涙を流すほど笑っているのを見たのは久しぶりだった。前に覚えているのは、わたしがレッサーパンダのフェイスパックをしていたとき。部屋に入ってきた母は、わたしの顔を見るなり「ああ、おかしい」と涙を流して笑っていた。

今夜のメインは、オーブンでローストしたラム。山賊の宴かと思うほど豪快に盛り付けられたそれは、いかにも母らしい料理だった。前の連載記事「パンプキンパイ焼くから帰っておいで」でも書いたけれど、母は昔からオーブン料理が得意で、「オーブンに入れちゃえば、なんでもおいしくなるのよ」が口癖だ。テーブルには大きなボウルに入ったサラダも並んでいた。具材はカブ、キュウリ、トマト、わかめ。わかめは地元の漁港でとれたもので、ぷりぷりした歯ごたえがたのしい。サラダの彩りに、夏の訪れを感じた。

その夜、一体どれだけラムを食べたのだろう。ハーブとスパイスでしっかりマリネされた肉は、噛むほどに旨みが出てきて、ついつい食べ過ぎてしまった。食後、母が手作りのデザートを出してくれた。苺のクラフティ。これもやっぱり、オーブンで作ったデザートだという。プリンとタルトの間のような食感のそれは、やさしい甘さで美味しかった。ふうとお腹をさすっていたら、姉が 「こどもの日だから」と柏餅も出してくれたけれど、さすがに食べ切れなかった。

姪っ子には、こどもの日のプレゼントということにして、逗子駅のスタバで買った小さなクマをあげた。実のところ、わたしはこどもの日のことをすっかり忘れていて、それは完全に間に合わせのプレゼントだったけれど、姪っ子はとても喜んでくれた。

翌朝、起きてきた姪っ子の手には、その小さなクマが握られていた。ずっと握りしめて眠っていたのだろうか。小さなクマは、ホカホカになっていた。

二日目のラム肉を食べてから「またね」と家族に手を振って、京都へ帰った。この往復の生活にも、随分慣れてきたように思う。逗子にいると京都の空気が、京都にいると逗子の空気が恋しくなる。京都ではあたらしい人や場所に出会うために出かけていき、逗子ではよく知った人や場所に帰っていく。ふたつの街の空気を纏いながら、こうして行ったり来たりを繰り返す日々が、一体いつまで続くのかはわからないけれど、今はこれが心地よく、自分に合っていると思う。

逗子と京都を行き来する今の暮らしは、夕方より少し前の海に似ている。太陽も風も気持ちのいい時間帯。わたしの人生が24時間なら、いまは15時とか16時とか、そのくらいではないだろうか。

そう思って、ChatGPTに聞いてみたら、全然違った。

なんだ、まだ起きたばかりだった。

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